第12話 魔大陸へ
――魔大陸。
そこは、魔物生誕の地とも伝えられている、セントリア大陸北西部に位置する小さな島である。
かつて、魔族との戦争が続いていた時代。
魔族は数こそ少なかったが、魔法を使って人類を圧倒した。
人類は魔法こそ使えなかったが、その繁殖力と知恵によって魔族を圧倒した。
互いに消耗し合い、戦争が小康状態になった頃のこと。
一人の研究者が禁忌の研究に手を出した。
生物兵器の創造に着手したのである。
人間たちはこれ以上同志を亡くすことを耐えられなかった。
ゆえに、研究者の研究を支援した。
時には個人が、時には国が……大なり小なり、かなり多くの人間が、その天才研究者に協力を申し出た。
結果として、生物兵器は出来上がった。
動植物を強化し、洗脳し、死すら恐れない兵隊に……彼は幾多の失敗と挫折の果てに、新たな兵器『魔物』という存在を造り出した。
この兵器の投入によって人類が優位になる。人類の誰もがそう思ったが、実際にそうはならなかった。
魔物は、人間たちの思惑を遥かに超えた兵器であった。
屠った魔族の魔力を吸収し、地上に漂う魔力を吸収し、今までよりも強力に、その上凶暴に、圧倒的な速度で進化を遂げるという恐るべき生物兵器であった。
さらに、進化した個体は命令を聞かなくなるという致命的な欠陥が発見された。
人間たちは魔物を脅威と見做し、魔物生産計画を停止した。
しかし、その判断は遅かった。
魔物は驚異的な生命力と魔力、そして単性生殖という異常生態を発揮し、あまねく世界に蔓延した。
魔族と人類の戦争は、有耶無耶のうちに消滅した。
魔物の大量発生によって、両陣とも多くの犠牲と力を払い、気が付いた時には共闘する同士となっていたのだ。
そしてしばらくの時を経て、現在の関係に至る。
「その研究者はどうなったんだ?」
「多数の説があります。魔物に食われたとか、処刑されたとか、自身が魔物になったとか、他色々ですね
「で、あの微かに見える陸地に、その魔物研究所があったわけだ」
「そうですね。ありえない説ですが、魔大陸にいる魔獣たちは全て魔物に変えられたという話もあります」
「そうか。ところでジン、ボート製作は順調か?」
「順調じゃないです。姐さんも手伝ってくださると助かるんですけど……」
「私に繊細な作業は無理だ」
ジンは小声で「人使いが荒いんだからもう」とかぶつくさ言いながら不格好なボートを魔力でつくっている。
こうしてよく見ると、ジンはなかなかマメな奴だ。連れてきて正解だったかもしれない。
ありがとう、森の長。今度会ったら何か土産でも渡してやろう。
しかし、こうやってボートを造らせなきゃいけない羽目になったのも、こうして無為に時間を潰されているのも、私が崖から落ちて死にかけたのも、それもこれもあれもどれも、海を隔てた向こうにある魔大陸が悪い。
どうして陸続きじゃないんだ? 徒歩でいけるようにしとけよ! 橋でも架けとけよ!
そもそも昔は栄えていた港町が廃墟になってるなんて聞いてないよ!!
「遠い昔には栄えていたみたいですが、魔物の脅威性が認知されてからは完全に放置されたようです」
「そんなことは分かってるんだよ」
分かって言ってるんだよ。察しろよ!
あーあ、誰かさんが飛行魔法が使えないって言うからこんなことになってるのになぁ。
そう思いながらジンの頭を見ていると、ジンはいきなり私に振り返って叫んだ。
「姐さんは、狼が空を飛べると本気で思ってるんですか!?」
「それをどうにかするのが魔法だろうが!」
「魔法でもできることとできないことがあるんですよ……」
「私が背負って飛んでやるって言ったよな?」
「高いところから落ちたら死んじゃうんですよ!?」
ジンが悲痛な叫び声を上げる。
そう、こいつは高所恐怖症だったのだ。
なんのために風を操作する魔法があると思ってるんだ。
風を身体に纏って空を飛んだり、衝撃を空気のクッションで吸収したりするためにあるんだろうが。
「そんなことできませんよう……」
「みっともないから泣くな。良いからさっさとボートを作れ」
ジンは涙を拭き、時折しゃくりあげながらも、ボートの製作を再開し始める。
しかし、高いところが怖いなんて臆病なやつだ。連れてきたのは間違いだった。
森の長め、面倒なやつを押し付けやがって。今度会ったら一度締める。
よく考えたら、悪いのは魔大陸じゃなくて高所が怖くて空も飛べないこいつなんじゃないだろうか? うん、そんな気がしてきた。半分は冗談だけどな。
そう思いながらジンのつむじを見ていると、ジンはボートを作りながらボソっと鋭く呟いた。
「……魔王蟲をここに逃がした姐さんの組織が悪いに決まってるじゃないですか」
……だよな。どう考えても私達が悪い。私は悪くないけど、私の属する機構はきっと悪い。
その中でも研究者たちは極悪だ。そんな奴らに目をつけられた私の不幸な人生に巻き込んでしまって本当に悪いと思う。土下座か? 土下座が必要か?
「いえ、姐さんが苦労してるのは分かってます。でも俺だってこれでも苦労してるんです」
「ああ、下っ端は辛いよな……」
「ですね……」
なんとも言えない微妙な空気の中で、漸くボートが完成した。
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