第7話 魔法
私とナビが言い争いを終えた頃には、すっかり日が暮れてしまっていた。今更もう文句は言うまい。言ってもまた無駄に時間を浪費するだけである。
さて、周辺を見聞しても暗いし静かなだけで、何もないように感じる。
かと言って無音というわけではないから、変に緊張することもない。
そこかしこで虫が鳴いているし、どこかで獣が鳴いている声も聞こえる。
空を見上げると、厚い雲が広がっている。星の明かりは少しも見えない。
電灯などという利器なども当然無いから、どこを見ても真っ黒闇である。
とは言え、私は人間ではなくサイボーグになったのだ。
光源の全く無い闇夜という空間の中でも、赤外線のセンサーで物が視える。
まぁ、視えなくても問題ない。ある程度は周辺の生命反応や物体の位置関係は全て把握できるからだ。
気を練って体外に広げれば良いだけの話である。当然、生前の肉体でもできたことだ。
サイボーグのありがたみが全く感じられない。困ったものだ。
≪そんなことができるのはマスターくらいのものですよ≫
そんなことはないぞ。
師匠は私よりも探知範囲が広かったからな。
≪瑣末なことは置いときましょう。魔法について説明します≫
ああ、よろしく頼む。
≪魔力は全ての物質を構成している元素に含まれる方向性の一つです。つまり――≫
あのさ、もう少し分かりやすく説明してくれないか?
ゲームみたいな説明の仕方で良いから。
≪了解しました。魔力はゲームや漫画で言う、『気』や『オーラ』みたいなものであり生命の根――≫
はい、分かった。ありがとう。
≪まだ説明が終わっていないのですが……≫
それだけ聞けば大体分かるもんなんだよ。
空想世界に対する妄想が逞しい日本人を舐めるなよ?
まぁ、私はほとんど山暮らしだったけどな。
≪貴女はもう人間ではありませんけどね≫
お前はたまに人間の小姑みたいなお小言を言うな、ナビ。
まぁ、それはともかくとして、イメージしてやってみるわ。
サポートをよろしく頼む。
≪了解しました≫
『気功』なら、師匠から徹底的に叩き込まれたから余裕で出来る……はず。少なくとも、生前はできた。
……基本に忠実に、初歩からやっていくことにする。
まず、身体中に流れる血液を実感し、そこから生命力を練り出すイメージをする。
仄かに温かい印象を感じたら、生命力が僅かに出ていると思ってもらっていい。その温もりが体内を巡っていることを実感できたら、それを体外に流すイメージをする。
次いで体外に流出した生命力を、体外に纏わりながら流れるようにイメージする。これがなかなか最初は難しかった。今の私なら余裕だけど。
成功すると体にすぐに変化がある。
身体全体がぽかぽかと温かくなってくる感じがするのだ。
心もち頭がすっきりし、体も軽くなり、周囲に存在する生命の息吹を感じとれるようになる。
自分の心や思考は落ち着き、冷静に状況を掴めるようになる。身体全体に、気という名の生命エネルギーが一定の流れをもって通っているのが実感できる。
どうやら気功は、この身体になっても変わらず使えるみたいだ。
生前より気の総量が少ないように感じるのは、私がこの身体にまだ馴染んでいないからだろうか。
しかしその割には、すぐに気が身体を覆った気がするが……スペックが高いからかね。
ナビ、どうだ?
これが『魔力』で合ってるか?
≪魔力に似ていますが、少し違うようですね≫
ふむ? 生命エネルギーを練り出す『気功』とあまねく世界にあるだろう『魔力』は似て非なるものなのか。いや、でも魔力に似ている? 生命力と魔力は親戚みたいなものなのか? うーん?
ちょっと魔力の説明を一言で中二病っぽく表現してみてくれないか?
≪宇宙の意思であり全ての事象の根幹を為します。そこに人間の意志が介入し、魔法という事象を為します≫
ナビ、お前はこう言いたいのか?
個人の意思、或いは意志が、世界そのものに働きかけるのが魔法だと。
≪Exactly≫
うーん、やっぱり『気功』は『魔力』に干渉できる別エネルギーみたいな感じなんだろうか。よく分からん。
気功を応用するだけで魔法が使える気がしないでもないが、とりあえず落ち着こう。
まずは簡単な魔法でも良いから使ってみたいんだ。
気功を練って落ち着きながら、少し考えてみる。
個人の意思が宇宙の根幹に、つまり個人の生命力が宇宙、或いは世界の構成力たる魔力に働きかける。
魔力が個人の意思を汲み取って世界の改変を行うのが魔法だとするなら……。
無意識的にしろ意識的にしろ、個人の意志が世界の構成に関わっているのなら、地球でも魔法が使えたはず……。
古くから伝わる祈りや祭りはどうだったのだろう?
あれも一種の魔法だったのか? 分からんな。
ナビよ。個人の意志を世界に伝える仲介者、あるいは媒介があった方が魔法は使いやすいのか?
≪この惑星の人間は、基本的に自然の具現である精霊と契約し、精霊を仲介者として世界の意志に働きかけ、魔法という事象を成します≫
で、今の私が魔法を使うにはナビが必要ということで良いのか?
≪そうですね≫
冗談で聞いたのに、本当にナビが仲介して魔法が使えるのか……。
≪私はいつでも準備万端です。ばっちこいですよ≫
とすると、私の気功……つまり生命エネルギーそのものを媒介にしたら、ナビに仲介してもらうまでもなく世界の構成力に介入できそうだな?
≪できなくはないと思います。しかし≫
しかし? なんだ?
≪おススメはしません。もし生命力そのものを媒介にするなら、貴女はすぐに意識を失ってしまうほどに疲労し、下手をすると死亡……良くて廃人になってしまうでしょう≫
ふむ……意識を保ちつつ、この身体に気功を慣らしながら、初歩的な魔法を反射的に使えるようにするのが今回の修行目標だな。
≪欲張り過ぎじゃないかと≫
いやいや、それくらいできなきゃ魔法なんて使えても役に立たんだろ。
気功も魔法も、目的を達成するための道具に過ぎないんだからな。
まぁ、今はただ単純に、魔法という新しい道具を使ってみたいっていう好奇心も多分にあるがね。
≪魔王蟲の駆除を忘れてはいませんか?≫
この修行は、そいつを駆除するために必要なことだと思っているさ。思っているとも。
≪どうだか……≫
大丈夫だって、問題ない。
この身体は生前よりも動きやすいし、それにかなり優れているっぽいからな。
ある程度納得のいく練度になったら、さっさと出掛けるし。
それに、修行に失敗して私が使い物にならなくなったとしても、軌道上で待機してる連中に魔王蟲を駆除してもらえば良いだけのことだろう?
≪……いつ、駆除隊に気がつきました?≫
ついさっき、気を練り直した時にちょっとね。
観察されている感じがしたから、逆探知してみたらビンゴだったってだけの話だ。
≪人外もいいところじゃないですか……≫
いや、そんなに褒めてもらうとくすぐったいね。
≪別に褒めてはいません≫
では早速、魔法を使えるようにするべく魔法の鍛錬をするかね。
おっと、気功は魔力の親戚みたいなもんだから、さっきから魔力の鍛錬をしてることにもなるのか?
どちらにしろ、気功を本格的に通して練るのは久しぶりになるな。
そうだナビ、周囲の警戒はよろしくお願いするよ。
久しぶりに気功を使うから、集中がおろそかになってはいけないからな。
≪では、周囲の警戒及び索敵を行います≫
じゃあ、私もちゃっちゃと始めますかね。
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