第8話 森の長
鍛錬をしていて気付いたことが幾つかあった。
まず第一に、気功で練った気を使うだけで、一応は魔法が使えたということ。
とは言っても、人間離れした量の気を練って使って、出た魔法が一瞬にも満たない光程度だったのは驚きだったが。
≪むしろ、自分自身の力だけで魔法を行使したことに驚嘆するんですが≫
それと第二に、気功によって練った気をナビに仲介してもらい、世界を構成する魔力に働きかけることで、より強い魔法が使えることが分かった。
あと、よくファンタジーで見る魔法の六大属性も表現できることも分かった。ちなみに六大属性とは、火、水、風、土、光、闇のことだ。中二っぽくて良い。
それ以外にも幾つか発見はあったが、これから練習しようってときに探知網に反応があった。
≪敵性反応が210、10個のグループに分かれてこちらを包囲しつつ向かって来ています≫
こちらも気で生命探知を行っていたので、先ほどから周囲の気配を随時確認している。
加えて練習も兼ねて、練った気をナビに介してもらって変換した魔力により生命探知も行っていたから、抜かりはない。
一応漏れが無いように、ナビにも警戒を頼んでおいて良かったと思う。答え合わせもできるしな。
さて、210という数字は最初の実験台としてはなかなか多い数字なのではないだろうか。
一匹あたりの強さは、恐らく魔王蟲の配下よりは弱いだろう。弱いとしておく。
これだけの数だが、練習相手としては申し分ないだろう。
タイミングとしてはいまいち良い感じではないが、これ以上やってもキリがなかったのは確かだ。
集中が切れちゃったから、ここらでもう一区切りつけよう。
≪そうですね、頑張ってください≫
ああ、それと気になるのが一つ。
210匹のうち、強い気を……というか、これが多分魔力というやつなんだろうけど……発しているのが1匹いる。これがボスだろう。
こちらの準備はすっかり整っているし、どうやって相手をしようかね……。
ボスに突っ込んで群れの統率を掻き乱すのも面白いし、このまま待機して敵の出方を窺っても良い。
これだけの群れを統率しているボスとなるとなかなか強そうではあるし、面白くなりそうだ。
思わず口の端が釣りあがってしまいそうになるが、我慢我慢。
と思った瞬間のことだった。
樹上にいたのだろう鳥たちがギャーギャー喚きながら飛び立ち、周囲の生命反応はあらかた死んだかのように静まり返り、私を囲んでいた210の気配も気を隠して足を止めてしまった。
これはもしかして、もしかすると……。
≪マスターが油断して僅かに洩らしてしまった攻撃的な気を浴びて、萎縮してしまったようですね≫
だよね、やらかしちゃったよね……。
仕方ない……私から群れのボスのところに出向くか……。
なにやら怯えた視線をそこかしこから感じる気がするし……。
ボスに話が通じるならそれに越したことはない。
……練習はお預けだが。
≪マスターの油断が引き起こしたんですから、自業自得です≫
だよなぁ……。
ちょっと気配を濃くしただけでこれでは……全くお話にならない。
練習はしばらくお預けになりそうだ。
戦意の無い相手と戦っても練習にならないし。
仕方ないかね。
――――
『長……今の気配は……!?』
傍らの同胞が目に見えて狼狽えている。
いや、傍らだけではない。
同胞達全員が恐らく、例外無く浮き足立っているはずだ……。
この森に突如現れた侵入者は、何を目的としてこの森に足を踏み入れたのか。
何度も同じ場所を通り、その割には森の動物達に手を出さず、何かを取ったり探ったりしている様子は見られない。
道中で会したろう血気の盛んな動物たちは手も足も出せずに殺られてしまったようだ。
それだけかと思えば、我が同胞たちが手を焼いている魔の生物を、魔法を使わず殺意も出さずに葬り去る程の力を持っている。
敵ではないように思える。
かと言って味方であるとも断言できぬ。
判断材料が足りないため、決断を下すことは出来ない。
奴が何を求めてこの森に現れたのか、皆目見当がつかないのだ……。
それでも奴を放っておくことは、同胞の命が危険に晒される可能性があることには間違いない。
戦える同胞を連れていけるだけ連れて、奴の真意を問いただしてみよう。
その真意が純粋なものだったら、同胞達に手を出さぬよう忠告すればそれで良い。
そしてその真意が邪なるものだったら、私が囮になりつつ、包囲を狭めて囲み殺せば良い。
と思っていたのだが……。
傍らの同胞をチラリと見る。
哀れなほどに震えている。
牙はガチガチと大きな音を鳴らし、身体全体が激しく痙攣している。
目はすぐ先の暗闇を見つめており、そこから逸らす余裕は無い。
逸らした瞬間、化け物が飛び出してくるかも知れないという恐怖と幻想に怯えているのだ。
迂闊に視線を逸らしたら即、死ぬかも知れぬという極限の状況。
そう、今の状況はそれほどまでに不味い状況だ。
理性が逃げろと叫んでいる。
本能も警鐘を鳴らし、足を無意識に震わせる。
これは、恐怖が齎す生命への渇望だ。
命に直接働きかけた絶望感が、身体の筋肉を極限にまで硬直させている。
先ほど、一瞬だけ感じた気配はそれほどまでに脅威であった。
形容し難い程の暴力的な威圧が、奴から漏れ出した。
いや、もしかしたら、奴にとっては威圧ですら無いのかも知れない。
その微かな魔力を含んだ膨大な気配は、か弱い獲物を見つけた捕食者の歓喜にも似ていた。
私だけがそれを感じたのなら、まだ良い。
だが、奴の気配は生命の根源を直接刺激する程に濃密だった。
恐らく、我が同胞達は誰も彼もが恐怖に囚われたに違いない。
それも、瞬時に逃げ出せない程の圧倒的な絶望感と共に……。
奴からは絶対に逃れられないのだ、と誰もが諦めの境地にいる。
だが、同胞の命をむざむざと散らすなど、この森の長としてできることではない。
我が命に代えても、この森に棲む同胞達は護り通さなければならぬ。
覚悟を決めて闇の中にいるであろう奴を見据える。
奴は必ず、この視線を感じて私の方にくるだろう。
そして、私を容易く殺すに違いない。
だが、ただでは殺られない。
少しでも抗い、その間に幾らかの同胞達は逃がしてみせる。
一つでも多くの同胞の命を護れるのなら……この命、惜しくはない。
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