第5話 指令
「フー……歓談はここらで終わりにして、本題に入ろうか」
そう言うと同時に、おっさんは真面目な表情を取り繕った。
だが、内面はウキウキしているのが丸分かりだ。嘘がつけないタイプだな、こいつ。
でもまぁ、隠しているつもりなのだろうから、私も真面目な表情を作ってやる。
尤も、私の表情筋は死んでいるのでちゃんと作れているのかは不明だが。
「君には、緊急の仕事を一つ頼まれて欲しい」
「仕事? まだ私は目覚めたばかりなのにか?」
おっさんの真面目な表情は一瞬にして疲労困憊のそれに変わった。
どうでも良いがこのおっさん、表情が豊か過ぎである。それが却って外面と内面が一致していないことを相手に気取られるということを知らないのだろうか。
まぁ、多分知らないんだろうな。私も指摘するのを止めておこう。
しかし……ほんの少しでも良いから、その生きている顔面筋肉を私に移植してくれないものだろうか。
いや、移植されても動かせる気はしないけどな……そもそも動かす気もないし。
「あれだけ暴れられるのなら十分だよ……それに、時間もあまりない」
おっさんはため息を吐きながら、手を二回鳴らした。
すると部屋は徐々に暗くなり、壁の一面がゆっくりと淡く白く光りだす。
何やらそれはモニターの役割をしているようであり、奇妙な形をした生物の画像がクッキリと映し出されている。
その生物は、言葉にできないほど気色悪い姿形をしているため、私の表現力では到底言葉に出来ない。
あらゆる美意識を冒涜するような形をしているとだけ言っておこう。あと、無性に磨り潰してやりたくなるような気持にさせられた。
「これは一体なんだ? 随分と趣味の悪い生物のようだが……」
「これは『魔王蟲』と呼ばれている。第三種指定災害生物であり、早急な駆除が求められる。君にはこれの駆除に当たってもらう」
「いきなり言われても何がなんだかさっぱり分からないんだがな? もうちょっと落ち着いて、詳しく説明しろ」
この後におっさんが愚痴りながら説明してくれたことを簡単にまとめると、魔王蟲は星を滅ぼしてしまう生物の一種だということらしい。
おっさんの所属する班の研究者達の部下が、この魔王蟲を機構の観測下に置かれている惑星の一つに誤ってゴミと共に放流してしまったようだ。
一応は班の責任者であるおっさんは、研究者達に問いただした。
研究者たちが嬉々として語ってくれたことをまとめてみると、それがまた実に馬鹿馬鹿しい理由であった。
どうやら、私の稼動実験のデータを取りたかった、とのことらしい。
うん、理由はたったそれだけのシンプルな答えだそうだ……。
おっさんがわざとらしく涙を流しながら話した内容を聞く限りでは、研究者達の頭は相当イカれてそうである。
さて、その肝心の魔王蟲だが、駆除は一ヶ月以内という期限付きだ。
というのも、その蟲が星を絶滅させるのに掛ける日数は大体一ヶ月程と統計が出ているためらしい。
魔王蟲の生態というのは、業が深い。
住みついた星のありとあらゆる生命体を食べ、自分の命令を聞く忠実な配下を生み出し、地中に巨大な巣穴を巡らせるという。
巣穴を作るとそれ以前よりも食欲が増し、配下に生命体を次々と捕獲させ、全て捕食するそうだ。
その食事量は大変なものであり、自重の何千倍もの量を軽々と吸収・消化するという。
そして食事量に比例して配下を増やし、星に存在する生命を全て食べつくしてしまう。
そこまでいくと、次には配下をも捕食し、遂には自分の身体をも食らい、やがて餓死するという極めて貪欲で生命力の強い化け物であるとのことだ。
余談だが、魔王蟲は自然発生の生物ではなく、機構所属ではないどこかの阿呆な研究者が面白半分に作った創造生物だそうであり、魔王蟲以外にも傍迷惑な生物を幾つも創造していたそうだ。
もっとも現在はそのような研究は行われておらず、その研究者は大分前に捕らえられて獄死したようであるが……。
さて、閑話休題。
「――というわけで、魔王蟲が脅威なのは異常な食欲と繁殖速度、配下の数が爆発的に増える点にある。早期解決が目標とされるのはそのためだ」
「その惑星に行って倒してこいっつーことね。でもなぁ、でかい虫の駆除とか苦手なんだけど?」
「その点は心配要らない。君の脳には幾つかチップが埋め込まれていて、あらゆる感情をコントロールできるようになっている。また、チップにはナビゲート、辞書や翻訳、戦闘技能、その他諸々の能力が記憶として保存されている。分からないことがあったときには念じてみれば良い。ナビゲートが君の行動を手助けしてくれるはずだ」
思っていた以上に私は改造されていたらしい。
でもまぁ、今更な気がしないでもないから、別に構わないけどな。
さっさとその害虫を駆除して、惑星で少しばかり観光を楽しんでみたいところだ。
「ところでおっさん、その害虫を駆除した後はどうすれば良いんだ?」
「ああ、しばらくはその惑星で待機することになるかな。すぐに船に戻って他の惑星に行くと言うこともないと思う。君はまだ機構の局員になったばかりで、仕事もまだ正式には決まっていないから。それに、魔王蟲の向かった惑星の環境は君にとっても十分楽しめるだろうと思われるから、しばらくはゆっくり過ごしてくると良いよ」
「楽しめるとは、どういうことだ?」
「その惑星は、よくある剣と魔法のファンタジーの世界なんだよ。君のような暴れん坊なら、十分に楽しめることだろう」
これは良いことを聞いた気がする。
さっさと害虫を駆除しよう。そうしよう。
その後はドラゴンと殴り合いのバトルをしたい。
……って言うかちょっと待て。
「剣と魔法のファンタジー世界って……この世にそんな世界が実在するのか?」
私の驚いた声がよほど面白かったのか、おっさんは愉快気に笑った。
「自分の目で確かめてくると良いよ。ちなみに、その惑星は魔法文明が発達しているというだけであって、君の住んでいた地球でも魔法自体は使えるんだからね? 尤も、全く別方向の文明体系を進んでいるからほとんどの地球人は気がついていないけどね」
害虫のことなんかどうでもよくなるような信じられない言葉が、おっさんの口から放たれてしまった。
もう今の私の興味は、ファンタジーの世界にしかない。
さっさと害虫を駆除して魔法の修行やらドラゴン退治やらをやりたくなってきた……。
生前に読んだ冒険小説のように、冒険者ギルドとかにも登録して、新人に絡んでくる荒くれ共をぶっ飛ばしたい……。
「おい、頼むからさっきのことは魔王蟲を退治してからにしてくれよ……?」
おっさんが何か焦ったような顔で私に話しているようだが、余計な心配というものである。
惑星でどうやって過ごしていくかを考えるのに忙しくて、おっさんの話が全く頭に入ってこないが、私に掛かれば魔王蟲の一匹や二匹くらい楽勝である。
と言うか、さっさと話を終えろよおっさん。私は早くその惑星に降りて、害虫駆除して、その後は色々と冒険してみたいんだ。
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