第六話 空き缶の主題による三つの変奏曲

主題テーマ


 缶は缶である。それ以上でも、それ以下でもない。



【バリエーション1 アダージョ】


 世の中に『いい子』と言うのは存在しない。それは『悪い子』が存在しないのと同義である。


 その思考、言動、行動を計る尺度はしばしば絶対視されるが、結果を許容できるかどうかは単にその観察者の忍耐の問題であり、万人が認める絶対性を具有するものではない。従って子供を良否で分別するのは、自身の歪んだ物差しを愚かしくひけらかす行為に過ぎない。


 だが、それとは別の事実も厳然と存在する。それは、缶飲料と空き缶に酷似している。すなわち。


『いい子』は、飲まれる(搾取される)。

『悪い子』は、蹴られる(罰せられる)。


 ……ということである。



【バリエーション2 アレグロ・マ・ノン・トロッポ】


 成人男子の九十九パーセントが女を求め、成人女子の一パーセントが男を求めたとする。それは、今の世界と何も変わらないであろう。


 成人女子の九十九パーセントが男を求め、成人男子の一パーセントが女を求めたとする。それは、いわゆる蟻の世界になるであろう。


 そのいずれの世界であっても、男も女も求めない少数の者が支配者になるだろう。私たちは、それを『もの』と呼ぶ。


 物は。一個の空き缶であっても一向に構わない。



【バリエーション3 アンダンテ】


 年を経れば熟成するという考えを安易に是認してはいけない。それはしばしば腐敗と同義であり、それが一目瞭然であるからだ。


 年を経ることで経験が増すという幻想を抱いてはいけない。新たに積み増しされる経験よりは、失われていく脳細胞の方がはるかに多いからだ。


 年を経ると思慮深くなるという通説を信用してはいけない。偏った価値判断を正せる部品はどんどん在庫切れとなり、経年劣化は保証外とされるからだ。


 誰しも年を経ることからは逃れられないが、それにことさらの意味はない。


 放置されている空き缶を見るがいい。金ぴかの新しいものでも、錆の浮いた古いものでも。それは、単なる空き缶に過ぎないのだから。



主題テーマ


 缶は缶である。それ以上でも、それ以下でもない。

 そして、私は缶であり、缶ではない。



【 了 】

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