第7話


 昨日の朝、目を覚ました僕は、隣で眠るケンオを起こさないように、ゆっくりとベッドからおりようとした。しかし、何か違和感がして、彼女を振り返った。


 その瞬間、世界は確かに凍りついた。


 ケンオは、ケンオは――息をしていなかった。外見では、それとわからないほど自然だった。しかし確実に……でいた。


「……ケンオ?」


 肩をゆすってみた。反応が無い。もう一度、強く、とても強く揺さぶってみた。目を開けない。頭が必死に、現実を拒否する。違う、そんなはずはない。そんなはずはないんだ。目を覚ませ。目を覚ませ!


 昔の記憶が再び甦ってきた。両親の顔を思い出す。ふたりの、首に現れた奇妙なあざ。人間の目のような形をしたそれは、『カスト』によって命を失ったことを示す印。


 ケンオの細い首すじにも、それは浮き出ていた。間違いない。以前に見たものとまったく同じ。それは『カスト』だった。もう、手遅れだという事を、僕は悟った。あの二人のときもそうだったのだ。なにもかもが、もう、遅い……。


 しかしそれでも、僕には到底、信じられなかった。あまりに突然すぎる。悲しむ余裕すらない。泣く暇すら与えられない。ひとは、人の死は、こんなに簡単なものなのか……?


 彼女の頬に手を触れてみた。ひどく冷たい。冷たい。冷たい……。


「ほんとうに……?」


 確かめるように、僕は聞く。ケンオに。僕自身に。瞳が、涙を一粒おとして、それに応じた。


 それが答えだった。僕の心は、ケンオの死を受け入れはじめた。


「ううう…………」


 僕はケンオの顔を抱きしめて、泣いた。その日はずっと、そうしていた。ケンオの寝顔は、最期まで美しかった。




 いつしか眠っていた僕は、目を覚ました。真夜中らしく、外はもう真っ暗だった。いろんな夢を見た。そのすべてが、ケンオと過ごすものだったが、やはり現実の彼女はもう僕とは暮らせそうになかった。目を閉じたままだ。


 ケンオ、ともう一度だけ呼んだ。最後に、呼んだ。


「なあに?」と応えた気がした。そんな気がしたと思い込んだ。それだけで、十分だった。


 このままにしておけば、やがて体は腐敗が始まるだろう。それはあまりに可哀相だ。


――葬式。そうだ、葬式をやらなくちゃ。


 よろよろと立ち上がる。何も考えたくなかった。なに、体が勝手に動いてくれるさ。


 ドアをあけ、部屋から一歩踏み出す。しかしそのとき、ふと、ポゥくん、と誰かに呼ばれた気がして、振り返った。


「っ…………!?」


 ……いなかった。部屋のどこにも、眠っていたはずのベットの上にも。


 そこに、死んだはずの魔女の姿は、無かった。


――わたしが死んでも、わたしを探してほしい。


 僕は、ケンオの言葉を思い出していた――。

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