第3話
ケンオが僕の家に居候をはじめてから、三ヶ月ほどたったある日。
父のお使いで、ケンオと二人、用事を頼まれた。離れ小島に住む古い友人に、届け物をして欲しいのだと言う。伝統的なガラス細工だった。割らないように、二人で注意しながら、贈り物を届けた。
ゴンドラに乗った帰り道、船頭の女性が軽やかに、いつもの船上歌を唄い上げる。
「人と恋は出会うもの。時と水は流れるもの」
素敵な歌ね、とケンオが微笑んだ。それに見とれた僕が、そうだね、と照れながら頷く。
話題に困った僕は、魔女の『ちから』について少しだけ聞いてみた。
どうやら、初対面の人間の名前を当てるのは、魔女の『ちから』の基本中の基本らしい。曰く、名前には、とても強力な『ちから』があるというのだ。
「だって、何年も同じ名前で呼ばれているのよ。周りの人も、そしてあなたも、あなたがポゥくんだということを知っている。だからこそ呼ぶし、応える。その人の存在そのものなのよ。わたしたちから見ればね、一目瞭然なの。まるで顔に書いてあるみたいだわ、僕がポゥ・ティアーノ・ロッシです! って」
はぁ~、と僕が感心したように頷くと、ケンオはくすくすと笑った。どうも僕のしぐさが彼女には可笑しかったらしい。しかしすぐに暗い表情になって、でもね、と付け加えた。
「簡単に分かるけど、あまり普通の人には言わないわ。心を読んだみたいで気味が悪いって言う人もいるの」
「じゃあ、なんで僕には言ったのさ」
すると、ケンオはまたくすくすと笑い出し、怒らないでね、と前置きした。
「だってポゥくんは、そこまで頭が回るとは思わなかったからよ」
「な、なんだよ、それ」
「だから、怒らないでって。なんとなく、そう思っただけよ。魔女というよりは、女の勘かしら。この人は、わたしのことをきっと理解してくれるって思ったの」
僕はがっくりと肩を落とした。そんなことを言われては怒るに怒れない。
「ずりぃよ。ケンオはいつもそうやって誤魔化すんだから」
「あら、本当のことよ?」
「もういいって。わかったよ」
スネた振りをしながらも、ケンオのその言葉が、僕にはけっこう嬉しかった。彼女が受けてきた、魔女に対する偏見や、親がいない天涯孤独の寂しさ、居候であるが故の疎外感など、すべてを理解するには、僕はあまりに子供過ぎた。けれど、それでも彼女にそう思われていたというのは、嬉しい。例えそれが、口からのでまかせだったとしても。
「仲の良い『姉弟』になれるわよ。わたしたち、きっと」
細い目をさらに細くして、彼女は楽しそうに笑った。まるで何年も作り続けてきたかのような、それは完璧な笑顔だった。
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