(6) 陰陽師・下


 ――くす、くすくすくすくす。


 どこからか笑い声が聴こえてくる。

 不気味なようで、どこか楽しそうで無邪気にも聴こえるその声に、唄は眉を潜めて出所を探す。


 見つけたのは、太い木の枝に腰掛ける少年。唄たちより幼く、まだ中学生ぐらいだろう。


 黄色の髪をおかっぱぽくカットしている少年は、楽しそうに笑い灰色の瞳で窓から飛び降りてきた三人を眺めていた。少年は、物語で語り継がれる陰陽師が着ている、作務衣を半袖半ズボンにアレンジして、ラフにした格好をしていた。


「陰陽師」

「あいつか」


 ヒカリが唄の前に一歩出る。

 唄は少年から目を逸らすことなく訪ねた。


「あなたは誰? どうして私たちを襲ったのかしら」

「くく、それにボクが答えるとでも?」

「答えないのなら、力尽くにでも訊きだすよ」


 風が動いた。


 少年が瞬きするより早く、風羽の姿が揺らぎ消える。

 瞬きしている間に、風羽は少年の背後を取っていた。


 木の枝に立つ風羽は、いやに無表情だ。

 ヒカリが声を上げる。


「答えろよ! 俺たちを、変な式神使って、襲ってきただろ!」

「ヘン、な?」


 笑顔を浮かべていた少年の顔が歪む。

 怒りを露わにした少年は、ヒカリを睨みつけると叫んだ。


「貴様っ! ボクの式神を侮辱するな! ボクの、大切な、大切なッ」

「静かにしないかい?」


 ひんやりとした声で、風羽が少年の肩に手を置いた。

 ビクッと肩を震わせ、少年がキッと風羽を睨む。


「何だよ」

「さっき唄が質問しただろう? 君は誰で、どうして僕たちを襲ったのか。それを訊いてもいいかな?」

「それは、試しに……ッ、くッ、言うものか!」


 風羽の圧力に屈することなく、少年は懐に手を入れた。

 どうやら新しい式神を取り出すようだ。


 風羽が警戒して風を熾す。


 少年の眼前に、風羽との間に、手のひらサイズほどの炎が灯った。


「やめなさい、琥珀」


 呆れの滲んだ男性の声が響いた。


「よう、せい……くッ」


 歯噛みするように、琥珀と呼ばれた少年は唇を噛む。


「怪盗メロディーの皆様、お騒がせして申し訳ありませんでした。琥珀、勝手なことをせずに、帰ってきなさい」

「陽性ッ! ボクは、貴様の言うことなんかッ」

「あの人が、帰ってきなさいと言っているんだよ」


 その冷たい声か、それとも「あの人」という言葉に反応したのか、少年の顔色が変わった。

 炎は徐々にしぼみ、消えて行く。


「帰るのかい?」


 戦意を失った琥珀に、風羽が問いかける。


 くっと唇を噛み、口を開いた琥珀が木の枝から飛んだ。

 懐から式神を取り出し呪文を囁くと、式神が八つの尾を持つ灰色の狼に変化した。


 唄の目の前に着地した狼の背に乗り、琥珀は唄とヒカリと、それから風羽を一際強く睨みつけ、何も言うことなく狼の背に乗ってどこかに消えてしまった。


 琥珀が従えている狼がどんな力を持っているのか分からず、下手に手出しができないと悟った風羽が構えを解く。同時にヒカリも光の杖を消し、腕をだらっとさせた。

 


「なんや、呆気なく終わったね」


 窓から水練が見下ろしてきた。


「そうね」


 腕を組み唄は唸る。


 何も訊きだすことができずに逃げられてしまった。こちらはまだ本気じゃなかったとしても、陰陽師の彼の目的は分からずじまいだ。それに、彼が本物の陰陽師だとするのなら、太古から生きている能力者の末裔だとするのならば、唄たちは足元にも及ばないかもしれない。


(厄介ね)


 いろいろ気になるものがあるものの、唄はひとまず一息つくことにした。


「あいつ、なにしにきたんだろうな、唄」

「知らないわよ。それと気が散るから私に話かけないで」


 近く出騒ぐヒカリでストレス発散して、唄は歩きだす。


「帰るのかい?」

「ええ。不本意だけど、今考えていてもしょうがないから。それに」


 空を見上げて、唄は少し微笑む。


「また、どこかで会えそうだし」


 一体なんの目的があって人文たちを襲ったのか、それから式神を操る少年と、妖精と呼ばれた炎遣いらしい声の持ち主が誰なのか。わからないことだらけだが、きっとまたどこかでまた会えるだろう。理由は、その時に尋ねればいいだけだ。


 唄はそう直感していた。

 


「え、ちょっと、唄ぁ! 俺と一緒に帰ろうぜー!」


 ヒカリが唄の後を追って行く。

 その後姿を眺めていた水練が、意地の悪い笑みを消して風羽にチラリと視線を投げかけた。ため息を吐き、気怠そうに囁く。


「あーあ、窓の修理費どうしようかなぁ」

「……僕がどうにかするよ」

「へぇ、ホンマに?」


 したり顔で水練が微笑む。

 風羽はどこか遠くを眺めていた。



 赤らむ空は、夕暮れ時を示していた。

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