(5) 陰陽師・上
「ごめんなさい。遅れてしまったわ」
部屋の中に入って行くと、にこにここちらに視線を向けてくるヒカリを無視して、唄はパソコンの画面を覗き込んだ。
そこには虹色に輝く宝石が映っていた。
水練がどや顔で胸を張る。
「すぐみつかったで、これ。簡単やったわぁ」
「ありがとう、水連。……いつも」
「構わんよ。これがあたしの役割やからな。それよりも、本当に虹色のダイヤモンドを盗むの?」
またこの質問。
朝に風羽からも同じ質問をされたことを唄は思いだし、辟易しながらも答える。
「ええ、もちろん」
「何でや?」
「それは……」
口ごもる。
理由はある。が、それを二人に言うのは嫌だった。幼馴染のヒカリは、その理由を知っているはずだが、唄が何も言わないのでどこか気まずそうな顔をしている。
それをなんと受け取ったのか、ふうんと意地の悪い笑みを浮かべた水練は、くるりと回転椅子を回してパソコンに視線を戻した。
「まあ、ええわ。言いたくないんやったら」
「……そうね」
風羽は無表情を崩すことなく、考え事をしている。
その隣でヒカリがぽりぽり頬を掻いていた。
その三人を見渡し、場の空気を変えるべく、唄は普段あまりみせることのない笑みを浮かべて、叱責の言葉を口にするのだった。
「ちゃんと準備をしておきなさい。次の獲物は、手強いわよ!」
◇◆◇
「――馬鹿な者たちだ。自分たちに危機が迫っていることすら知らず、呑気にお喋りタイムか」
太い木の枝に腰掛けた少年は、口元に笑みを浮かべていた。彼の近くの木の枝には四羽の鴉が身動きすることなく止まっている。それはまるで付き従っているようで、だけどどこか現実味のない黒い鴉。
少年は、その内の一羽を撫でながら囁いた。
「お前たちは、ボクが合図をしたらあいつらのところに行くんだよ。でも、これはただの小手調べだから、無理はするな。……お前らじゃ、あいつらは倒せないからな」
少年の瞳は、ある廃墟マンションの一室に向けられていた。その一室だけ窓ガラスが割れておらず、カーテンのかかっていないそこから、室内に四人の人物がいるということを教えてくれていた。
少年の黄色い髪の毛が風で揺れた。
視線を逸らし、暫く空を眺めていた少年は、徐に口を開く。
「さあ、行っておいで。ボクの式」
その言葉に反応をした四羽の鴉が、廃墟の一室に向かって飛んで行く。
◇◆◇
「私はもう帰るわね。……あ、そうだ、風羽。予告状書いといてくれる?」
「わかったよ」
「なんや、もう帰るんか、唄」
「今日はこれ以上話すことなさそうだから」
「え、ちょっと待てよ、唄、俺も一緒に」
「……どうして?」
「え、どうしてって……お、俺の家、唄の家の真ん前だろ!」
唄とヒカリは、両親が昔からの知り合いだということが合いなり、物心つく前から一緒にいることが多かった――つまり、幼馴染である。
暫く迷ったものの、唄は言い訳を考えるのがめんどくさかったので、早歩きで部屋から出ることにした。
その時、
盛大な音をたてて、窓ガラスが割れた。
「あたしのパソコンが!」
水練が慌てて立ち上がる。
風羽が警戒して腕を構えた。
ヒカリはとっさの反応ができずに、右往左往する。
その背後で、唄はじっと割れた窓ガラス――そこから中に入ってきた、四羽の鴉を見つけた。
(鴉が、どうして……。いや、鴉にしては大きくって)
「なんだかおかしいね、この鴉」
風羽が一歩前に出た。
窓を蹴り破った鴉は暫く近くの物置に止まっていたが、風羽の動きにいきなり飛びかかってきた。
「風の精霊シルフ、僕に力を貸して!」
瞬時に風羽が精霊に力を借りるべく言葉を紡ぐ。
自然だけでは現せないほどの風が風羽の周囲で巻き起こり、三羽の鴉が強風に吹かれて窓の外に飛ばされていった。
「はぁ!」
残りの一羽に向かい、水の鞭をどこからともなく生みだした水練が、鞭を振るって床に叩き付ける。
ぴちゃりと水の鞭は消え、替わりに今まで鴉の姿をしていたものが、一枚の紙の姿に成った。
あっという間の出来事だ。
風羽がしゃがみ込み、紙を手に取る。
「っ、これは」
少し驚いたような声で、風羽が紙を皆に見えるように掲げた。
手のひらサイズほどの人形に切り取られた紙には、筆で何かの模様のようなものが書かれていた。
その紙をしばらく眺めた唄は、正体に気づいて声を上げる。
「これって、前に授業で習った」
「式神、式神だぜ、これ! 前授業で習ったやつ! 確か、昔いた能力者の陰陽師が使うやつって」
言葉を取られて、唄はヒカリを睨む。それに気づかず、高揚したヒカリが式神に手を伸ばす。風羽が手をずらして回避した。
前授業で習った陰陽師の話を思い出す。
昔、陰陽師と呼ばれる者たちが都に出る妖を退治していたと云う。彼ら陰陽師は、人とは違う不思議な力を使い、この世界にはいない幻想的な生き物を召喚して、戦っていたと伝えられている。
もしかしたら、この時代から能力者と呼ばれる人間が現れたかもしれない。
能力者はまだ世界でも、もちろん日本でも数は少なく、千人……下手したら一万人に一人という割合だ。もっと少ないとも云われている。
唄の住んでいる町――
能力者がいつの時代から現れたのか、知るものは誰もいない。
「でも、陰陽師って、とっくの昔にいなくなったんじゃなかったっけ?」
ヒカリが難しそうな顔をする。
陰陽師は時代が移り変わると共に姿を消してしまった。いつの間にか、彼らはもういないものとされていた。
「隠れている可能性はある。なんせ陰陽師は、能力者の中でも高い力を持ったと云われているからね。姿を隠すのは得意だろう」
風羽の言葉に、ヒカリが緊張した面持ちでチラチラと唄に視線を寄越してきたが、黙殺する。
「これが本物の式神なのかはわからないけど、もしこれが本物だとすると、操っている人間――陰陽師は、近くにいるかもね」
「そうね。じゃあ、気配探ってみるわね」
唄は目を閉じた。
能力者は、別の能力者の気配を抽象的に感じ取ることができる。たとえば色とか香りとか味覚とか言った具合に。
神経を集中させると、まず近くにいる三人の気配を感じた。
真空の風のようにつかみどころのない気配は、喜多野風羽。氷のように冷たく他者を寄せ付けない気配は、七星水連。ピリッとした辛子のような気配は、中澤ヒカリ。
そして、徐々に窓の外の気配を探ろうと神経を研ぎ澄ましていき――
唄は、盛大に咽かえった。
「だ、大丈夫か、唄」
「だいじょう、ぶ、じゃないかも」
言葉を喋るのがつらく、唄は肩で息をする。
外で感じた気配は、闇に染まったような紫色の
それはまるで殺意が込められているようで、だけどどこか少し寂しいような……。
風羽が目を閉じる。ヒカリも水練も目を閉じて、ほぼ同時に目を見開いた。
「……これは、やばいね」
「なにこれなにこれ本当に人間か!?」
「なんや、つらいな。バケモノか」
少し落ち着いた唄は、三人を眺めて、割れた窓に視線を向けて、それから口を開く。
「正直、この気配の人物とは関わりたくないと思うわ。……でも、それでも、どうして私たちにちょっかいをかけるのか、それは突き止めないといけないわね。もしかしたら、私たちの正体を知っている可能性もあるのだし」
「む、無茶だ、唄! 俺は、嫌だぞ!」
焦ったヒカリが唄の腕を掴む。
掴まれた腕をみて、唄はヒカリを睨んだ。
「あなたは、ほんとうに弱虫よね。……昔から変わってないわ。もっと自信を持ちなさい。私たちは仲間なのよ。何があっても、私たちが力を合わせれば、乗り越えられないものはないのよ!」
ヒカリに向かって、同時に自分に言い聞かせるように、唄は力強く言う。
その言葉に、ヒカリは「あ」と手を離した。
「ごめん、唄。俺、自分のことばかりで」
「そうだね、君はいつもそうだ。……僕たちもだけどね。僕も尻込みしていたから、唄の言葉で目が覚めたよ」
風羽がため息をついた。
「なんや、やる気やなぁ、二人とも」
呆れたように、水練が肩をすくめる。
「あたしは最初から、全然平気やけどなぁ。まあ、ここから眺めてるから三人でがんばってこやぁ」
「……水練は相変わらずよね」
彼女には何を言っても無駄なので、唄は諦めることにした。
ヒカリがブツブツと何やら呟いている。
「大丈夫、大丈夫、だい、じょう、ぶ……っ、よし! ヒカリの精霊ルナよ、俺に力を貸して」
いきなりヒカリが叫び出したと思うと、彼の右手に光輝く杖のようなものが現れた。ヒカリは、光の精霊ルナと契約している。
確かめるように杖を振り、ヒカリは満面の笑みで唄を見る。
「じゃあ、行こうぜ」
「なんや、いきなりやる気だして」
水練の囁きは誰にも届かなかった。
風羽はすでに腕に風を纏わせて、戦闘準備を整えている。
その二人に向かって、唄は力いっぱい声を出した。
「行くわよ」
三人は、窓から外に飛び出していく。
因みにここは三階だ。
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