(4) もう一人の仲間

 暗い室内にある水色のラジカセから、バイオリンの美しい旋律が流れる。


 この曲は、『怪盗メロディー』がたまに犯行現場に残していくもので、彼らが作曲した曲だと言われている。そんな怪盗を支援しているファンが独自に作詞して歌った曲が動画投稿サイトなどに出回っているものの、歌のないメロディーだけの曲が自分は好きだ。


 世間でメロディーはどう思われているのか。たまたま見たという自称ファンの男性は、美しい少女と称していたが、数年前は美しい女性と言われていたり、姿実体を明確に知っている人はいない。どうやら『怪盗メロディー』は自分の姿を偽り、他人に化けることができるらしい。そう云われている。


 けれど彼女は知っていた。

 『怪盗メロディー』は、美しい少女でも、美しい女性でもないということを。

 確かに『怪盗メロディー』のときの野崎唄は美しいと断言できる。だけど普段の野崎唄は、ただの地味少女で、見た目だけ見れば自分より劣っているだろう。


 小さな豆電球の光のもとで、口元をほころばせて七星水連しちせいすいれんは微笑んだ。


「……はぁ。何かイライラしてきたわぁ。この曲、誰が作ったんやっけ?」


 キーボードを弄っていた少女は、手を止めると大きく伸びをする。方言交じりのあやふやな口調で、彼女はスカイブルーの瞳を煌めかせるとパソコンの画面から目を逸らし、部屋の隅にある小型の冷蔵庫に向かい中から炭酸水のペットボトルを取り出して、それをひとくち口に含む。


 もといた定位置となっている回転椅子に座ると、ぐるりと一回転して再びパソコンに目をやった。

 パソコンの画面には、とある宝石が映し出されていた。


(んー。退屈やね。こんなの調べるのなんて、朝飯前――っと)


 そのとき、鉄製の階段を上がってくる、カンカンとした二人分の足音に気づき、水練は体を起こした。

 ここにやってくるのは、あの三人以外思いつかないので、その内の二人だろう。


「早く上がってきてくれへんかなぁ」


 水練はあまりにも退屈していた。



 暫くして扉をノックする音が響く。

 水練は何のためらいもなく返事をする。


「入ってきてええよー。鍵はいつも空いてるんやから」


 返答なく、扉は内側に開き、二人の少年が中に入ってきた。


「…………」


 無言の状態で入ってきたのは、喜多野風羽だ。相変わらずの黒っぽい服を着て、何を考えているのか分からない無表情で部屋の隅に立つ。


「やあ、水練。元気だったか?」


 その後ろから、うるさいぐらいのにこやかな表情で元気しか取り柄がありませんよ、顔で入ってきたのは中澤ヒカリ。風羽とは対照的な表情と、赤いTシャツという派手な恰好をしている。


 そんなヒカリの顔を見て、水練は呆れた顔をする。


「風羽。なんでヒカリがおるの? あと、唄は一緒やないの?」

「な、なんだよ。俺がいちゃわりぃのか? これでも、一応お前等の仲間なんだぜ」


 自慢そうに胸を張りながら聞いてもない質問に答えてくるが、水練はそれを無視すると未だに無言を貫いている風羽を見た。彼はその視線に面倒そうにため息をつき、


「そうだね。唄は一緒じゃないよ。別にいつも彼女と一緒にいるわけじゃないからね。あとから来るんじゃないかな」


 それを聞いて、水練は「ふーん」というと、回転椅子をくるりと回し、パソコンの画面と向かい合った。


「じゃあ。詳しい話は唄が来てからにするね」



    ◇◆◇



「やっと、着いたわね。ったく、父さんたちのせいで、いつもより時間がかかってしまったわ」


 廃墟となっているマンションの前で、唄は乱れている息を整えながら小言を言う。

 暫くして息を整えると、マンションの鉄製の階段を上って行く。


 このマンションは今では廃墟と化してしまっているが、元は綺麗な造りをしていたのかもしれない。ところどころにあるコンクリートの亀裂や、黒ずんだシミ、窓にはまっている錆びた鉄格子に、殆ど叩き割られて辺りに散らばっている窓ガラス。それらを何となしに眺めながら、唄は思った。


 これから彼女が向かうのは、三階の右端にある部屋だ。

 誰も住むことなく、何年も忘れ去られ廃墟となってしまったマンション。その一室に、『怪盗メロディー』のもう一人の仲間が住んでいた。


 どうしてなのか、その部屋だけ水道電気ガスが張り巡らされているらしく、その部屋は『怪盗メロディー』のアジト的な役割を担っていた。


 くすんだ茶色のドアの前に立ち、唄は躊躇うことなく扉を開く。


 ――ギシと音をたてて開いた扉の先に、見知った三つの顔があった。

 階段を上る足音は静かに歩いても響くため、恐らく唄がきたのを察していたのだろう。


「やぁ、遅かったね」


 いつもの無表情で風羽が一言。


「やっほー、唄!」


 対照的なニコニコ顔でヒカリが一言。

 そして、


「ああ。やっと来たんやね」


 二人の奥。回転椅子をくるりと回して振り向いた、透き通るような水色のウェーブさせた髪の毛を余すことなく見せつけるかのように、無地の黒いワンピースの上から丈の長い白衣を着た少女が一言。彼女はスカイブルーの瞳を歪めて、にやりと意地の悪い笑みを浮かべていた。


 彼女の名前は、七星水連。

 唄の仕事上のパートナーで、自称天才ハッカー。


 だけどなんてことはない、幻想学園『二年B組』に在籍している、ただの不登校少女だ。

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