(3) バトミントン対決・下

「――はあっ!」


 帰ってきたシャトルを唄は軽々と返す。その額には、じんわりと汗が滲んでいた。あと一週間と少しで九月が終わるとしても、日差しはまだ強く暑い。半袖にジャージという格好でも、さすがに今日は暑く感じる。猛暑は、まだ続くらしい。


 今のところ風羽が有利だ。五対三で負けている。


 相手は風を操ることによりシャトルを打ち返すが、こちらは体を軽くする異能にプラスして持ち前の運動神経の良さを生かしているだけ。どっちのほうが有利なのか、男女の差を考えても明白だろう。


 先に十一点を入れた方が価値の試合だから、このままいけば負けてしまうかもしれない。


 嫌な考えを振り払いながら、唄は帰ってきたシャトルを力強く打ち返す。


 こう見えて唄は、負けず嫌いなところがある。まだ結果は決まっていない内に、マイナスな考えをするのはよそう。そう思いながら、撃ち返して狙った先――相手のコートのギリギリのところに落ちていくシャトルを見て、ほくそ笑む。


(ギリギリ。これは私の点ね)


 だけど唄の考えを読んだのか、一陣の風が吹くと共にその風はシャトルを救うと風羽のラケットに吸い込まれていき、そのまま打ち返され唄のコートギリギリに落ちる。


 これで六対三。点差が倍も開いてしまった。


(やばいわね。このままでは私が負けてしまう。何とかしなければならないわ)


 唄は前を向いて、小さくため息をついた。これを言うのは卑怯かもしれない。一息つくためにも、唄は無意味な行為をとる。


「ちょっと、風羽。何で能力を使うのよ。不公平じゃない」

「何を言ってるんだい? 君だって力を使っているだろう。お互い様じゃないか」


 唄の思った通りだ。

 深呼吸をして息を整えた唄は、ふと辺りの喧騒に気づいた。


「何よ、あれ」


 唄と風羽が戦っているコートの周りに、十人ほどの女子がいた。勿論同じクラスで、名前はうろ覚えなものの顔はよく知っている。


 飽きれたて唄は風羽を見る。


 どうしてだか風羽はモテるのだ。身長が百七十センチを超えていて、整った顔立ちをしており、人を近づけないクールさが彼の魅力を磨いているのかもしれない。けれどそんなこと、唄は微塵も興味なんかなかった。


「コートの周りには、結界を張っていたんじゃなかったの?」

「張っていたよ。でも、この学園は能力者の学校だからね。僕如きが造った結界なんて、すぐ壊されても仕方がないよ」


 さも当たり前のことだといわんばかりに言う風羽。本人は意図してないのだろうが、いちいち決まっているその姿に、黄色い歓声が聞こえてくる。


「喜多野クン――。がんばってぇ――!」

「運動神経と頭の良さしか取り得のない女なんかに負けないでよー」

「にしても、アイツ」

「ガリベンの癖に、何でいつも風羽様と一緒にいるのよ」


 風羽様ファンクラブとでも銘打たれていただろうか。そういった集団があることを、唄は風の噂で知っていた。恐らくファンクラブ的な何かに所属する女子生徒だろう。


(うるさいわね)


 唄は集中できずにため息を吐く。


(風羽なんかの、どこがいいのかしら)


 冷ややかな目で女子集団を流し見ながら口を開くと、


「風羽。すぐに結界を張り直して――」

「君たち。すまないが、静かにしていてくれないかい? こううるさすぎては集中できないんだよね」


 風羽のクールな声に遮られた。

 静かな口調で言った風羽の言葉に、あたりが一瞬でシーンと静まり返る。息の飲む音が聞こえてきそうなほどの静けさが、逆に怖い。


(ついでにどこかに行ってほしいわ)


 唄はそう思ったが、言っても無駄だろう。

 かわりに、風羽が口を開いた。


「さて、静かになったところで再開しようか」

「ええ、もちろん」


 唄は女子連中の視線を振り払い、集中しようと深呼吸をしてから、ラケットを構えなおす。


(自分の味方のいない……こんな状況で勝てたら最高じゃないかしら)


 結構唄は前向きで、それからやっぱり負けず嫌いなのだ。



    ◇◆◇



 一時間目の終了を告げるチャイムの音が鳴り、先生に促されながら生徒は自分たちが使っていた道具を各々片づけ始める。

 唄は少し遅れて、風羽が使っていたラケットと自分が使っていたラケット、それからシャトルを用具倉庫に片付けるため入って行く。


 結局あのまま、バトミントン対決は風羽の勝利で終わった。途中に追い上げかけたものの、十一対九で唄の負け。

 体育の授業の小さな試合に負けただけなのに、もどかしく悔しい思いが湧き上がり、唄は思わず唇を噛みしめそうになる。その前に声をかけられた。


「残念だったな。お前、負けたんだろう? そう顔に書いてあるぜ」


 顔を上げると、用具倉庫の扉の近くで、ヒカリが微笑みを浮かべながら立っていた。


「……よく、わかったわね」


 ぶっきらぼうに帰しながら、唄はヒカリを見ないように道具を片付けると、倉庫を後にしようとした。


「俺はお前の幼馴染だぜ。それぐらい、すぐにわかるさ!」


 明るいヒカリの言葉に思わず反応して、唄は顔を上げる。口を少し開いてから引き結ぶと、


「ばかみたい」


 そう吐き捨てて、今度こそ倉庫を後にした。


 彼女の後姿を、ヒカリが目を細めて見ていたことを、唄は知らない。


 そして退屈な授業が全て終わり、唄は家に帰るべく帰路についた。

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