(2) バトミントン対決・上
幻想学園には自由体育と呼ばれる授業がある。
名前のとおり、自分が好きな競技を選び、自由にできる体育である。どうしてこんな授業があるのか、それは学校の生徒にも教師にもわからないことだが、週に一回あるこの授業をレクリエーションと考えて、ほとんどの生徒が遊んでいた。自分の個性に会った競技を選び、個性を伸ばす。普通の授業では珍しく、授業中に異能を扱うことのできるものだから、スポーツが大好きな生徒は特にこの授業を楽しみにしていた。
『二年A組』――唄たちの一時間目の授業は、自由体育だった。
◇◆◇
「――で? 君が僕と一緒にバトミントンをやるだなんて、いったいどういう
すっかり体操着姿になった風羽がメガネを直しながら口を開いた。
まだ九月の終りという暖かい時期にもかかわらず、上下ジャージ姿になっている唄が、遠くから見たらわからない薄い笑みを浮かべる。
「私たち、あまりバトミントンはしたことなかったわよね? だから久しぶりにやってみたくなって」
ラケットを手の中で弄びながら答える。
普段一人でいる唄だったが、こういう他人と接触しないといけない授業では、風羽と一緒にいることが多かった。理由の一つとしては、風羽は基本一人でいることが多いからだ。だけど彼は見た目が良く女子から人気があるので、一緒に居ると唄が目立つ場合がある。もう一つの理由は、幼馴染であるヒカリとは違い、風羽とは距離を置いて話すことができるからだ。唄としては、風羽のほうが接しやすい。そして、風羽は精霊の力により結界を張ることができるので、それに隠れることができるのも、理由の一つだった。目立たないことが唄にとって一番よかった。
広い運動場の隅にあるコートの一つ。
唄たちは真ん中にあるネットを挟んで向かい合っている。近くにあるコートに人がいないのも相まって、周りを気にすることなくバトミントンをできる空間だ。因みに少し離れた所では男子たちがサッカーをしており、その中にヒカリも混じっていた。
ヒカリの周りでは大きな騒めきが起こっているが、対照的に唄たちの周りはとても静かだった。まるで、周りに音を断絶する何かがあるような――。
「君が、僕に勝てるとは思わないけど」
風羽がメガネ越しに無表情の瞳を向けてきた。
「何か勝算でもあるのかい?」
「無いわよ」
唄はそっけなく答える。
「ただ、体を動かす授業だから、軽いものをやってみたかっただけ」
「……君は、僕の能力を知っているよね? それなのにバトミントンだなんて、もしかして君は馬鹿なのかい?」
はあ、と大きくため息をつくと、風羽は徐に右手を上にあげた。
刹那――。その手に見えない風が集っていく。
「僕は風使い。風の吹き荒れる外は、僕の絶好のテリトリーだ」
風羽が右手を下に振り下ろすと、どっと強風が辺りに吹き荒れた。
風に弄ばれる髪の毛を軽く抑えながら、唄は冷たい瞳で風羽を見つめる。
「そんなの今更言われなくても知っているわよ」
「……ああ、そうだろうね。僕は仮にも君のパートナーなんだから」
「それに私だって能力者よ。軽業があるんだから。運動神経だったら負ける気はしないわ」
吹き荒れていた風は落ち着いていた。
唄はラケットをネット越しにいる風羽に向けると、静に張りのある声で告げる。
「早く勝負を始めるわよ!」
◇◆◇
コインを指で弾くと、クルクルと空に飛び上がり、途中で停止して落ちてくる。コインが手の甲の近くに落ちてきたのを見計らい、唄は右手の掌でコインを挟んだ。
「じゃあ、僕は裏だ」
唄は右手をゆっくりと持ち上げる。コインのどちらが上になっているか見定めると、
「表。私からね。シャトルをちょうだい」
左手を風羽に差し出した。
シャトルを受け取った唄は、コートの後ろまで下がってからラケットを構える。それを見た風羽も少し距離をとってからラケットを構えた。
二人の間を自然な風が通り過ぎて行く。
唄はラケットを後ろに振りかざすと、シャトルに向けて強く打ち付けた。
バトミントン対決の開始だ!
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