第一曲 一日目

(1) 私立幻想学園

 私立幻想学園。

 ここは、不思議な力――所謂いわゆる異能力を持つ者が通う学園である。


 初等部、中等部、高等部と別れており、その中でも高等部には力も学力も選ばれた者たちが通っている。途中で転入してくる者や、転校していく者行く者があとを絶たず、この高等部に通っている生徒のちゃんとした数を知っているのは、この学園の学園長か数人の教師ぐらいだろう。


 そんなごちゃごちゃとした高等部に、あまり目立たない平凡な顔立ちの女子生徒がいた。

 栗色の髪の毛を両サイドで三つ編みをして、瞳は髪と同じ栗色。その瞳を隠すように紫色のメガネをかけている。


 彼女は冷静なほどに無表情だった。人付き合いを好まず、いつもひとりでいる。自らが友達と呼べるものは少なかった。

 頭脳明晰で成績は学年三位を誇っている。持っている能力は軽業とあと一つあるのだが、秘密主義者の多いこの学園で、彼女の本当の能力を知っているのは先生や学園長ぐらいだろう。生徒で知っているのは、三人を覗いて他にいない。


 教室の席が窓側の一番後ろだということも伴い、人付き合いの苦手な彼女は、「何を考えているのか分からない」と陰で他のクラスメイトから言われていることを知りつつ、それでも表情を変えることなくいつも過ごしている。


 彼女――野崎唄のざきうたは、今日もひっそりといつものように学園に登校してきていた。



    ◇◆◇



 スクールバックを肩にかけ、野崎唄はゆっくりとした足取りで学園の門を通り抜けた。

 元気に朝の挨拶をする先生に軽く会釈をして、口を開くことなく下駄箱に向かう。ローファーからシューズに履き替えると、自分の教室に向かうために階段を登って行く。


 幻想学園の校舎は三むねあった。初等部のある三階建ての校舎。中等部のある四階建ての校舎。そして、唄の通う高等部のある五階建ての校舎だ。三棟の校舎は、校門から見て辺りを覆うかのように「コ」の字を描いている。高等部はいちばん真ん中だ。


 高等部の三階にある「2-A」の表札のでている教室の前までくると、後ろの扉を音をたてずに開き唄は中に入った。教室の中にはもうすでに二十人近くの生徒がいるが唄に気づくものはひとりもいない。唄は迷わず自分の席に向かった。


 席につく。唄は頬杖をつき、冷ややかな目で教室を見渡した。


 ざわざわとうるさく群れているクラスメイト。騒がしい光景に辟易としてくる。

 どうして、人は人と群れたがるのだろうか。傷つくのが嫌といいながら、いつも集団でいる人が多い。こうやってぎゃあぎゃあと騒ぎ立てるのは唄から言わせると迷惑だった。


(これのどこが楽しいの? ひとりになるのが嫌? イジメられるのが嫌? だから人のご機嫌をとりつつ、いつもペテン師の如く人と接するの? 私はそんな人生、嫌よ。ひとりでいる方が楽でいいじゃない)


 右耳をふさぐ。すると、それを待っていたかのように前から声が聞こえてきた。


「ひとりのほうがいいと思っているのに、なぜ僕らと関わるのか……。いつも僕は不思議に思っているのだけどね」


 声変わりがまだ終わっていないのか。男子にしては少し高めの皮肉めいた声だ。


 前を見やると片手に持った本を読み、顔だけで振り向いている、黒髪でこれまた黒い眼鏡をかけている男子生徒がいた。彼は唄よりも感情の乏しい無表情で、退屈そうに息を吐いた。


「あなたは私のパートナー。だから、一緒にいるだけよ、風羽ふう

「それもそうだね」


 喜多野風羽きたのふうは唄から視線を外すと、前に向き直り本を読むのを再開する。


(こいつはいつもいつも……。本当に何を考えているのか分からないわね)


 この質問は何回目だろうか。もう答えなど分かり切っているはずなのに、どうして何回も同じ質問をするのか、唄には理解できなかった。


「ところで、今度の得物は本当にアレにするのかい?」


 いきなりの風羽の問いに、唄は眉を潜める。


「ええ、もちろん」

「僕たちがいるから大丈夫だと思うけど……」


 風羽は本から目を離すと再び唄を見た。


「まあ、それもそうだね。『怪盗メロディー』に、不可能はない、だからね」


 彼は声を潜めながらトップシークレットをさらりと口にした。


(こいつは何でこうやすやすと、こうも人が大勢いるところで言ってくるのかしら)


 慌てて教室の中を見渡すが、クラスメイトは自分たちの会話に夢中でこちらを気にかけている者はおらず、風羽の言葉は聞かれていなかったようだ。彼はそれを見越して言葉にしたのだろうが。それでもやはり唄には理解できない。もう時と場所を考えてほしい。


 風羽との会話はこれで終わりだろうと、唄が窓の外を眺めようとしたとき、


「おはようさん、唄。今日も元気か?」


 横から呑気な声が聞こえてきた。視線を向けないでもわかるその声の主に、唄は心の中で毒づく。


「唄ぁ。無視するなよなぁ。俺はすっごくショックだぜ」


(うるさい)


 唄は観念して声の主を見た。切っ先のハネた茶髪の、一見しても不真面目だとわかる背の低い男子生徒がいた。彼の浮かべている笑みは、無邪気な子犬を思わせるもので、それに唄はたまにイラッとする。


「何の用かしら、ヒカリ」

「え、あ、いやぁ。俺は挨拶をしに来ただけで……なぁ、風羽?」


 唄の冷たい問いかけに、引き攣った顔をしたヒカリは風羽に助けを求める。

 本に目を落としたまま微動だにしない風羽。ヒカリは「ああ」と声を上げると早口で用件を言うのだった。


「そうだったそうだった。言うの忘れるところだったんだけどさ、今日の放課後、に来い、とあいつが呼んでいたぜ」

「……そう」

「唄は携帯持ってないから、伝えた方がいいと思って」

「……わかったわ。ありがとう」


 唄の返事を聞くとヒカリは自分の席に戻って行く。

 そんな彼の背中を何となしに眺めながら、


(何かわかったかしら。あのについて)


 唄は、頬杖をつきながら窓の外に目をやった。

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