彼方へ届くファンタジア(旧)
槙村まき
序曲
薄暗く静かな夜の町。ほのかな明かりを放つ建物の中にバイオリンの音が流れ出す。
綺麗なそのメロディーが流れているのは、ある豪邸の一室。二十人ばかりの警察が、その音に驚き、辺りを見渡した。
刹那、強風が巻き起こる。
警察がその風に驚き顔を伏せとき、
「お馬鹿な警察さん。今宵も宝石盗みにきたわよ」
透き通るような綺麗な声が、警察が取り囲んでいた宝石のケースの上から聞こえてきた。
長い栗色のポニーテイルを揺らしながら、まだ若く見える少女が口元に微笑を浮かべる。
どうしてなのだろうか。『怪盗メロディー』は、約二十年前から出没している怪盗だ。それがこんなに若く見えるとは、恐らく変装しているに違いない。そう思った若い刑事は、だけどそんな少女の楽しく笑う美貌に目を奪われてしまった。
だから気づくのに遅れたのだ。彼女が、手に光輝く宝石を握っているということに。
「来たな! 『怪盗メロディー』! 待っていたぞ!」
宝石を持ち、勝利を背にしていた少女は、後ろから浴びせられた声に笑みを消すことなく振り向いた。
四十歳位の特徴的なふと眉で古びたスーツを着た男が立っている。
「貴様の周りはすべて包囲した! 逃げ場は無いぞ!!」
少女はゆっくりと首を巡らせ辺りを見渡す。
いつの間にか三十人ばかりの男の警官に取り囲まれていた。さっきまで顔を伏せていたり、少女の美貌に目を奪われていた制服の警察官問わず、多くの視線が自分に突き刺さってくるのに、少女は愉快に思い笑い声を上げる。
絶対絶命。男性から言わせるとそう思われる光景で、だけども少女は口元の笑みを消すことはない。
「何だ? 何がおかしい!?」
微笑みに気づき、男性が迫力のある声で怒鳴る。
男性の放つ殺気に気づくことなく、いやあえて気づかないふりをして、少女はくすくすっと笑い声を上げた。
「お馬鹿な警察さん。私をこれで追い詰めたつもりなのかしら?」
「何がおかしい! こんな状況で逃げ延びた者はひとりもおらんぞ!!」
「だからだわ。あなたたちに私を捕まえることなどできない。だって、勝利するのは、わ、た、し――」
男を見据え、少女は満面の笑みを浮かべる。
それに思わず怯みそうになったものの、男性は右手を強く握り閉めると振り上げた。
「か、かかれー!」
声を張り上げる。周りの警官が一斉に少女に向かって突撃した。
「ふふっ。本当に、お、ば、か、さん」
少女の呟き声が。
彼女は警官が向かってくると共に飛び上がっていた。
そのとき、窓が音を立てて開き、部屋の中に強風が吹き荒れる。
強風はすべての警官を巻き込み壁に叩き付けた。
無様な姿をさらした警官に冷めた目を寄越して、少女は囁いた。
「それでは、お馬鹿な警察の皆さん。ごきげんよう」
栗色のポニーテイルが風にゆらゆらとゆれる。月の逆光で表情の伺うことのできない彼女の口が、ゆっくりと三日月形に開いた――そう思ったとき、そこにはすでに彼女の姿はなかった。
自然の風で豪華なカーテンが揺れるのみ。
ただ、さっきまでそこにあった宝石が、無くなってしまったというだけのこと――。
◇◆◇
大きくそびえたつとあるビルの屋上。そこに彼女は立っていた。
栗色のポニーテイルが風に弄ばれてゆらゆらと揺れる。月を背後に立つ彼女は街の喧騒を眺めている。
「あーあ、終わったわ。呆気なかったわね」
「……そうだね。簡単すぎる」
彼女の言葉に、いつの間にか傍にいた少年が反応した。
全身黒ずくめの服装をした少女と同じ歳に見える、まだ若い少年だ。彼は無表情で彼女の言葉を待っている。
「ふふっ。今度はもうちょっと楽しいところにしましょう。たとえば――」
いったん言葉を切ると、彼女は少年の耳元に口を近づけて何かを告げる。
無表情だった少年の顔に一瞬笑みが浮かんだ。だけどそれはすぐに消え去り、彼はゆっくりと空を見上げる。
「じゃあ、散!!」
彼女の言葉のあと、もうそこに二人の存在はなかった。
そこにいたという証も、残ってはいない。
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