Act.2
さて、いざ行動に移そうとは思ったものの、どうして良いのか分からない。
そもそも、宏樹君が、いつ家にいるのかが全く不明なのだ。
かと言って、朋也に探りを入れるのも気が引ける。
でも、休みの日とか分かったとしても、どうやって宏樹君を元気付けたらいいのだろう。
私は宏樹君にとってはまだ子供で、もしかしたら、励まそうと思っても、『紫織に俺の気持ちは分からないよ』とやんわり突き放されてしまうかもしれない。
色々考えた結果、私はプレゼントを考えた。
部屋のカレンダーを見れば、もうすぐクリスマス。
そうだ、プレゼントをあげるという理由を付けて宏樹君に逢いに行けばいいのだ。
ただ、また新たな問題が出てきた。
肝心のプレゼントをどうするかだ。
去年は考えあぐねた結果、熊のキーホルダーをプレゼントしてしまった。
宏樹君は喜んで受け取ってくれたけど、さすがにあれはなかったと、今も非常に後悔している。
でも、私のお小遣いではとても高価なものは買えない。
「お金をなるべくかけないで、でも、気持ちが籠ったプレゼントは……」
机の上で頬杖を突きながら考えていたら、ふと、家庭科の教科書の背表紙が目に飛び込んできた。
私はハッとして、家庭科の教科書に手を伸ばす。
そして、ページをパラパラとめくり、クッキーの作り方が載っているところでストップさせた。
「これだ……」
私の目の前に、一筋の光明が見えた。
クッキーは二年生に上がった一学期に、調理実習で作った。
形はともかく、味は我ながら上出来だったし、今回も作ろうと思えば作れるのではないか。
宏樹君は甘党ではないけど、全く食べられないわけじゃないのは知っている。
「よしっ!」
私は俄然、勢い付いた。
すぐに立ち上がり、家庭科の教科書を手に部屋を出た。
◆◇◆◇
基本とも呼べる型抜きクッキーの材料は、幸いなことに家に全て揃っていた。
お母さんに手伝ってもらい、クッキー型とめん棒を棚から出し、小麦粉にバター、卵に砂糖といった材料も全て作業用テーブルの上にズラリと並べた。
「急にクッキー作ろうなんて……。どういう風の吹き回し?」
あからさまに驚いた様子で訊ねてくるお母さんに、私は、「友達にあげるの」と答えた。
「ほら、たまにウチに電話してくる涼香って子。あとはついでに、宏樹君と朋也にね」
宏樹君がメインなのに、涼香と朋也までダシにしてしまった。
でも、さすがに本当のことなんて言えるはずがない。
お母さんは、なおも何が言いたそうにしている。
でも、私が、「いいからあっち行って!」と追い払うと、黙ってリビングに戻ってくれた。
お母さんがこっちに背中を向けてテレビを観ている間、私は教科書を広げ、書かれているレシピを参考にして作業を開始する。
よくよく考えてみたら、ひとりでお菓子作りをするなんて生まれて初めての経験だ。
でも、出来ることならお母さんに頼らないで、いちから全部私ひとりでやりたい。
クッキー作りは簡単なようで、結構な手間がかかる。
バターはなかなか柔らかくならないし、卵の白身をメレンゲになるまで泡立てるのも相当な力仕事だ。
改めてやってみると、お菓子作りの職人さんは凄いなって尊敬してしまう。
それでも、何とか生地を纏めるところまで辿り着いた。
テーブルとめん棒に打ち粉をして、その上に生地を置き、めん棒で伸ばしていった。
ある程度伸ばしてから、今度は型を押してゆく。
星やハート、花模様にクローバーと、私の知らないうちに、よくもお母さんは買い集めていたものだと思う。
そのお陰で、こうしてすぐにクッキー作りが実現出来たわけだけど。
型抜きを終えると、今度はいよいよ、予熱しておいたオーブンへと入れられる。
天板に載せたクッキー生地は、今のところはわりと綺麗な見た目だ。
でも、焼きで失敗する可能性もあるから油断は決して出来ない。
「上手に焼き上がりますように……」
自分にしか聴こえない程度の声で祈りながら、ゆっくりとオーブンへと入れてゆく。
扉を閉じてから、今度は後片付けに取りかかった。
お母さんを追い払ってしまった手前、さすがにやりっ放しには出来ない。
生地作りも大変だったけど、洗いものはそれ以上だった。
ボウルに付いた生地は、小麦粉が固まり、バターの脂もべったりしているからなかなか落ちない。
それでも何とか、お湯でふやかしながら洗ったものの、終わった頃には、精も根も尽き果てていた。
◆◇◆◇
しばらくして、甘くこんがりと焼けた匂いがリビングまで漂い始めた。
焼き上がるまで、私はお母さんと一緒にリビングにいたけど、焼き上がりの状況を見てこようと思い、キッチンに向かい、オーブンを覗いてみた。
どうやら、焦げてはいないようだ。
むしろ、いい焼き具合じゃないだろうか。
そのうち、オーブンが焼き上がりの合図を上げた。
私は慌てずに扉を開け、ミトンを両手にはめてから天板を取り出した。
扉越しに見た通り、これ以上にないほど上出来だった。
「あら美味しそうじゃない」
いつの間にか、お母さんが背後に立っていた。
私はビックリして、思わず天板を落としそうになったけど、すんでのところで留まった。
「ちょっとお……、脅かさないでよお……」
精いっぱいの恨みを籠めてお母さんを睨むも、お母さんは表情ひとつ変えない。
「で、どんな感じなの? ちょっと味見させなさいな」
「え、ちょっと……!」
止める間もなく、お母さんは天板から直接、クッキーを一枚摘まんでしまった。
相当な熱さのはずなのに、涼しい顔でポクンと音を立ててひとくち。
「うーん……、ちょっと硬めな気がするけど、ま、初めてなんだからこんなモンでしょ」
偉そうに人のクッキーを批評されてちょっとムッとしたけど、食べられるのが分かって安心したのも確かだ。
お母さんが咀嚼している間、私は網の上に焼き上がったクッキーを移す。
さすがに私は猫舌だから、熱々の状態では試食出来ず、ある程度、粗熱が取れてから一枚食べてみた。
お母さんの言った通り、少し硬い。
でも、味はなかなかだ。
これならば問題なく、宏樹君にプレゼント出来る。
――宏樹君、喜んでくれるといいな。
私は、宏樹君がにこやかにクッキーを食べる姿を想像しながら、ひとりで幸せな気持ちになった。
◆◇◆◇
私が初めてひとりで焼いたクッキーは、宏樹君用、朋也用、涼香用、そして家族用と四等分にされた。
ちなみに、宏樹君用が他よりも少し多めにしてあるのは内緒だ。
家族用はともかく、他はパラフィン紙とリボンを使ってラッピングした。
ちょっと適当だけど、そこそこ見られる。
ラッピングしたクッキーは、一度部屋に持って行った。
そして、涼香用は通学用のバッグに、宏樹君と朋也用は、夜になったら届けるつもりでいた。
ただ、宏樹君がいるという可能性は低い。
いざとなったら、朋也に預かってもらうしかない。
――でも、出来るならば直接渡したい……
私は強く願い、ふたり分のクッキーを見つめた。
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