Extra.5 愛情のカタチ*紫織視点

Act.1

 ※本編閑話です。


 宏樹君と〈約束〉をしてから、もうじき一年が経とうとしていた。


 去年は本当に色んなことがあった。

 たくさん笑って、たくさん苦しんで、たくさん泣いて――


 でも、そのどれもが、ひとつひとついい想い出となって、心の中に降り積もってゆく。


 二年生になり、クラス替えがあったけど、よほど縁があるのか、涼香とはまた同じクラスになり、さらに驚いたことに、朋也とも同じクラスになってしまった。

 しかも、私の学校では三年生はクラス替えがないから、卒業までの二年間――涼香に至っては三年間になるけど――、三人で同じ教室で過ごすこととなった。


 私は相変わらず、涼香と一緒にいる。

 もちろん、他にも友達はいるけど、何でも話せて一緒にいて気楽なのは涼香だ。


 涼香も私と同じ気持ちのようで、『紫織といるのが一番いいわあ』と言ってくれる。

 ただ、私だと弄り甲斐があるから、というのも理由らしいけど。


 そして、朋也に至っては、学校では普通に男友達とつるんでいるけど、家に戻れば、たまに私の家を訪れる。

 と言っても、ただ来るのではなく、小母さんから頼まれてお裾分けを持ってくるという、ちゃんとした名目がある。


 ただ、朋也のお兄ちゃんである宏樹君とは滅多に逢えない。

 最近は特に仕事が忙しいみたいで、朝は私が起きた頃に出て、帰りは日付が変わるか変わらないかの時間帯になることも珍しくないらしい。


 朋也の話だと、普段は飄々と構えている宏樹君も疲れを隠しきれずにいるとか。

 家に帰って来ると、一応、小母さんが用意していたご飯は食べるものの、本当に少しだけ箸を付けて終わり。

 あとはお風呂に入って、そのまま部屋に戻って眠ってしまう。

 こんな調子だから、同じ屋根の下にいる朋也も、今まで以上に口を利く回数が減ったみたいだ。


 正直、宏樹君の身体が心配で堪らない。

 でも、私が行ったら、かえって宏樹君に気を遣わせてしまうんじゃないか。

 そう思うと、ただ、仕事中に倒れないようにと祈るしか出来ない。


 ◆◇◆◇


「考え過ぎだと思うけどなあ」


 放課後、人の気配が全くない図書室で、私の隣に座っていた涼香が言った。


 ちなみに、図書室に行こうと引っ張って来たのは言うまでもなく涼香。

 親友という気安さから、つい、宏樹君の現状と私の本音をポロリと漏らしたのがきっかけだった。


 確かに、図書室という選択は正しかった。

 教室だと、常に人が出入りするから秘密の話なんてロクに出来ない。

 その点、図書室は滅多に人か近付かないから、気兼ねなく話せる。


 ただ、冬真っ只中のこの時季の図書室の寒さは半端じゃない。

 暖房を点けたって暖まるまでに時間がかかる。

 だから、室内なのに、私も涼香もセーラー服の上にコートを羽織る。

 でも、それでも寒さが凌げないからと、一度、校外に出て、近所の駄菓子屋前に設置している自動販売機であったかい飲み物を調達してから、再び学校に戻って来た。


 自販機の保温状態がよっぽどいいのか、買った時は、素手で持てないほど熱かった。

 けれど、そのぐらいが今の私達にはちょうど良い。


「考え過ぎ、かな?」


 涼香の言葉に、私は首を傾げながら訊き返す。


 涼香はハンカチ越しに缶コーヒーを持ちながら、「そうだよお」と大きく首を縦に動かした。


「ずっと可愛がってた幼なじみが励ましに行ったら、普通に喜んでくれるんじゃないかな? しかも、相手はちゃんと紫織の気持ちを知ってる。さらに言えば、相手も紫織を意識してる。だったら全然問題ないじゃん」


「――気持ちはともかく、意識してるっていうのは……。卒業するまで待つって言われてるし……」


「だー、かー、らー! 待つってことはどう考えたって脈ありじゃないの。紫織を〈ただの妹〉としか見てなかったら、そんな思わせぶりなことは言わないって! もし、気もないくせに言ったんだったら、その……、コウキ君だっけ? コウキ君は、よーっぽどヤーな男ってことになるじゃん」


「ちょっ……、宏樹君はそんな人じゃないよ!」


「だったら行動しなさいよ。だいたい、恋愛に積極的なあんたがウジウジ悩んでるなんてらしくない! 男ってのはね、ほんとに辛い時に女の子に優しくされるとほだされちゃうもんなのよ。それに、コウキ君との距離をうんと縮めるいいチャンスじゃない?」


 自分こそ、朋也に想いを伝えられないでいるくせに、とはあえて言わなかった。

 涼香は一見、豪放な性格のようで、実は私以上に繊細だ。

 朋也を好きでも告白出来ずにいる理由も知っている。

 だから軽々しく、『気持ちを伝えなよ』なんて口が裂けても言えない。


 でも、自分のことを棚に上げて、私には言いたい放題なのだから辟易してしまうのも本音だ。

 もちろん、涼香は私のことを最優先に考えてくれているからというのも分かっているけど。


「――私、宏樹君の力になれるのかな……?」


 涼香に問うと、涼香は私の意に反して、「さあねえ」と首を傾げる。


 一瞬、ムッとして口を尖らせた私に、涼香は悪戯っぽくニヤリと笑った。


「あんまり難しいこと考えないで、気楽にした方がいいんじゃない? 変にあれこれしようとしたら、紫織のことだからドジ踏みそうだ」


「――そ、そんなことは……」


 ない、と言いきれないのが悔しい。

 涼香は私以上に私を分かっている。もしかしたら、私が何かヘマをやらかすことを密かに期待してるんじゃないか、とか邪推してしまう。


「ま、頑張んなさいな!」


 不満を露わにして涼香を睨むと、涼香は私の肩をポンポンと叩く。

 そして、さらに付け足してきた。


「あ、報告も忘れないこと。相談に乗ってやったんだから、報酬はそれなりに頂きますよ?」


 本当にちゃっかりしている。

 私は腹が立つのを通し越して呆れてしまった。

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