Act.2

 メシを食い終えてから、俺と紫織は駅から電車に乗り、自宅の最寄り駅で降りた。本当は、買い物ぐらいは付き合ってやろうと思ったのだけど、紫織は、別に欲しいものはないから、とやんわりと断ってきたのだ。その代わり、他に行ってみたい所がある、と。


「で、どこ行きたいんだ?」


 俺が訊ねても、「いいから」の一点張り。この調子では、どんなに問い質しても無駄だ。そう悟った俺は、黙って紫織に従うことにした。


 ◆◇◆◇


 最寄り駅から歩くこと十分。俺達は住宅が建ち並ぶ狭い路地へと入って行った。この辺は昔、全て田んぼだったのだが、五年前から徐々に田んぼが潰されてゆき、代わりに小綺麗な家が密集して建てられていった。


 突然、紫織ははたと足を止めた。


「ここ……」


 止まった先は、月極駐車場だった。舗装がきちんとされており、広さにも余裕があるから、大きめの車でも遠慮なく停められそうだ。


 ただ、ここに来た理由が分からない。俺が眉根を寄せ、首を捻っていると、紫織は、「憶えてないの?」と少し哀しげに訊ねてきた。


「昔、ここに〈ひみつきち〉があったんだよ……」


「ひみつきち……?」


 俺は紫織の言葉を反芻しながら、暫し考えた。


 ――ひみつ、きち……


「あっ!」


 ようやく、想い出した。


 周りの景色が完全に変わってしまったから、俺の記憶から綺麗に消え去ってしまっていた。


 そうだ、駐車場になったこの場所は、昔、土管がたくさんあった空き地だった。


 まだ幼かった紫織は、ここを〈ひみつきち〉と決めて、よく潜り込んでいたのだ。


 そして――真冬の夜、紫織を探しに来た場所でもあった。


「そっか、ここが……」


「想い出した?」


「ああ」


 懐かしさに目を細める俺に、紫織は嬉しそうに微笑む。けれど、その笑顔はすぐに、哀しげなものへと変わった。


「――時の流れって残酷だなって、たまに思うことある……」


 紫織の口から、ずいぶんとらしくない台詞が漏れた。


 俺は驚き、目を見開いて紫織に視線を注いだ。


 紫織は、俺ではなく、駐車場――いや、過ぎ去った遠い日に目を向けている。


「私、子供なりにすっごくここが大好きだったから……。それなのに、古いものは次々に排除されて、代わりに新しいものが生まれて……。もちろん、いいことだと思う。思うけど……、やっぱり……」


 紫織の瞳が揺れた。かと思ったら、一筋の涙が頬を伝った。


 俺は何も言わず、紫織の肩を抱き、そのまま胸に埋めさせた。


 紫織はただ、俺にされるがままになっている。


「――宏樹君」


 紫織が、くぐもった声で俺の名前を口にした。


「ん?」


「宏樹君は……、ずっと、私の側にいてくれる……?」


 この台詞に、俺の胸が高鳴りを増した。


 紫織を探し回ったあの日も、紫織は俺の背中で言っていた。



『ずっと、あたしといっしょにいてくれる?』



 あれから十年以上も経っているのに、今でも鮮明に憶えているのが不思議だ。


 そして今、全く、ではないものの、同じようなことを口にしている。


 あの時の俺は、約束を守る自信がなかったから、心から応えることは出来なかった。


 けれども今は違う。俺は、紫織がずっと俺だけを想い続けていてくれていたことで、少しは自信を持てるようになっていた。


「俺はずっと、紫織の側にいるよ」


 迷うことなく言い、俺は紫織をもっと強く抱き締める。紫織の髪に顔を埋めると、ほんのりと甘い香りがした。


「ありがと、宏樹君」


 紫織が、さっきよりも俺に顔を強く押し付けているのが分かった。


「私、宏樹君のこと幸せにする。――朋也の分も、一緒に……」


「それ、俺の台詞じゃない?」


 笑いを含みながら言うと、紫織も、フフッと小さく笑い、「言ってみたかったから」と答えた。


「私、宏樹君より長生きするから。宏樹君を哀しませることは、絶対しない……」


 慰めるはずが、俺の方が慰められている。まだまだ幼いと思っていたけど、心の中は、もしかしたら俺よりもずっと大人なのかもしれない。


「俺は、紫織がいてくれればそれだけでいいけどな」


「大丈夫。宏樹君の願いはちゃんと叶えるから、私」


 そう言うと、紫織の手が、ゆっくりと俺の背中に回される。


「私は、宏樹君が宏樹君だから好きなんだから」


[ずっと、側に-End]

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