Extra.4 ずっと、側に*宏樹視点
Act.1
※本編後日談です。
朋也も紫織も、無事に高校を卒業した。
もちろん、ふたりとも真面目に高校生活を送ってきたのだし、卒業出来るのは当たり前のことだけど。
そして、卒業式当日、紫織は息を切らしながら俺の家に来た。
『私、ちゃんと無事に高校卒業したよ』
真っ直ぐ澄んだ瞳で俺を見つめながら、紫織は想いの全てをぶつけてきた。
紫織の気持ちに応えることに迷いがなかったわけじゃない。
俺と紫織は十歳も年が離れているし、紫織に告白されるまで――本当は、もっと前から気持ちは知っていたけど――、俺は紫織を〈妹〉としか見ることが出来なかったのだ。
そして、俺の弟の朋也。朋也はずっと、紫織に想いを寄せていた。朋也と紫織は年が一緒だし、ふたりが幸せになってくれればいい。そう考えていたのも本当だった。
けれど、元恋人だった千夜子にフラれ、振り回され、荒れ気味だった俺の心を、紫織は癒してくれた。別に何かしてくれたわけじゃない。ただ、側にいる。それだけで、俺は救われた。
朋也は、俺達のことを祝福してくれた。でも、無理に笑顔を繕っていたのは、俺にも痛いほど伝わってきた。
紫織を横取りしてしまった罪悪感。けれど、そんな気持ちとは裏腹に、紫織がずっと俺だけを見てくれたことが嬉しくて堪らなかった。
◆◇◆◇
紫織達の卒業から一週間後、俺は紫織をメシに誘った。名目上は〈卒業祝い〉だけど、朋也には、「初デートか」と苦笑いされながら見送られた。
そして今、俺と紫織は、街中にあるイタリアンの店の中にいる。
「まさか、宏樹君がこういうトコ選ぶと思わなかった」
ウェイトレスに注文を言い付け、俺達からだいぶ離れて行ってから、紫織は口元に笑みを湛えながらそう言った。
「なんだそれ。俺はそんなにイタリアンのイメージがないのか?」
複雑な思いで訊ねる俺に、紫織は小首を傾げた。
「うーん……、宏樹君は何となく、ちょっと古めかしい定食屋さんとか中華料理屋さんとか選びそうな感じしたから。だから、『メシを奢ってやる』って言われた時は、絶対どっちかだって思ったのよ」
「まあ、間違っちゃいないな」
意外な紫織の洞察力の鋭さに、俺は思わず苦笑した。
「けど、紫織は女の子なんだし、そんなトコでメシなんて嫌だろ? だから俺も、職場の同僚から良さそうな場所はないか訊いてみたんだよ。で、一番評判良かったのがこの店だったから選んだわけ」
「そっか、宏樹君も宏樹君なりに考えてくれたんだね」
ニッコリ微笑む紫織に、俺も釣られて笑みが零れる。紫織は、いくつになっても純真無垢なままだと改めて思う。
「――ねえ」
急に、紫織が笑顔を引っ込めた。
「どうした?」
怪訝に思いつつ、けれども、出来る限り柔らかな口調で訊ねた。
紫織は少しばかり間を置き、「朋也、どうしてる?」と俺の顔を覗ってきた。
どうやら、紫織も朋也のことが気になっていたらしい。一度、面と向かって告白されているから、朋也の気持ちは知っているのだ。多分、今でも好きだということも――
「いつも通りにしてるよ」
表面上は、な、と心の中で付け加えた。紫織だって、朋也が想いを引きずっているのは承知しているのだから、あえて言う必要もない。
「そっか」
紫織は短く答えたきり、朋也の話題はいっさい口にしなかった。もしかしたら、俺の心の内も察したのかもしれない。
そのうち、ウェイトレスが注文した料理を運んできた。
ほかほかに湯気が立ち上る、茹で立てのジェノベーゼにマルゲリータピザ、そして、小さな木製ボウルに入ったサラダがふたつ、テーブルに並べられてゆく。
「ごゆっくりどうぞ」
そう言い残し、ウェイトレスは再び俺達の席から去った。
「食おうか?」
「うん、そうだね」
紫織は頷くと、皿を手に取り、ジェノベーゼを盛り付ける。
「はい、宏樹君の分」
自分のを取り分けようとしていたところへ、紫織がそれを差し出してきた。
俺は面食らいつつ、けれども、「ありがと」と素直に受け取った。
紫織はそれで満足したらしく、満面の笑みを浮かべ、自分の分もゆったりと盛っていた。
「それじゃ、いただきまーす!」
両手を合わせてから、紫織はフォークとスプーンを手にし、パスタをくるくると巻き付ける。
俺も紫織に倣おうと思ったが、面倒臭さが勝ってしまい、そのままフォークで掬い上げてズルズルと啜った。音はなるべく控えめにはしていたけどれも。
俺はあまり、パスタなんて食べることはなかったが、思いのほか美味くてちょっと感動した。
取り分けられた分を食べてから、ピザにも手を伸ばしてみたけど、これも意外と俺の口にあった。
「たまにはイタリアンも悪くないかも」
ひとりごちた俺に、紫織は、「美味しいよねえ!」と無邪気に笑いかけてくる。
「私はお金がないから、こんな店はお父さん達がいないとなかなか来れないけど、たまに連れてきてもらうと、すっごく感動するもん。お母さんの作るスパゲッティも好きだけど、お店のにはやっぱり敵わないよね」
「それじゃ、小母さんを褒めてんのか貶してんのか分かんないぞ?」
「別に貶してないよ。お母さんのも好き、って言ったじゃない」
不貞腐れたように、プウと頬を膨らませる紫織がおかしい。俺は我慢出来ず、ついに吹き出してしまった。
「ちょっと宏樹君! なに笑ってんのよっ?」
「い、いや……、紫織の顔が面白過ぎて……、ククッ……」
「ひっど……。いっつも宏樹君、人の顔見て笑うんだからもうっ!」
紫織がムキになればなるほど、俺は笑いが堪えられなくなった。しまいには、笑い過ぎて涙が出てきた。
「ほんとにもう、紫織はからかい甲斐があって……。これでまた、俺の楽しみがひとつ増えたよ」
「楽しみって……。もういい!」
とうとう、紫織は口を尖らせたままそっぽを向いてしまった。完全に不貞腐れている。
「おいおい、もう機嫌直せ。ほら、そろそろケーキがくるぞ?」
「――子供扱いしないで」
そう言いながら、ウェイトレスが空になった料理の皿と入れ替わりにデザートのケーキを運んできたとたん、紫織の目はきらめきを増した。
「しょうがないから、このケーキに免じて許してあげる」
これはきっと、紫織なりの精いっぱいの嫌味のつもりだろう。そんな紫織に、俺は降参だとばかりに、「そりゃどうも」とわざと肩を竦めた。
「ああ、幸せー!」
一口噛み締めるごとに、いちいち感想を言う紫織が面白い。笑いたいのを必死で堪え、俺はブラックのコーヒーをゆっくりと喉に流し込んだ。
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