第4話 人を見たら泥棒と思え
まだ、私は、シベラソアのことを異星人だとは決して思えなかった。正直に言うと、カルト宗教の勧誘のおばさんだと思っていた。ラットが潰れたのだって、ネズミの形をした紙風船かなにかを使えば、私にもできるかもしれない。
「ともかく、今日は帰ってくれませんか。それと、ラットが潰れたことは、あなたが異星人であるという証明にはなりませんよ。紙風船を使えば、自分にだってできる」
ユウタが私と同じ思考回路を持っていたということに少しドキドキした。
「わかったわ、その前に、ええっと……。そこにいる黒色の節足動物たちを連れてきて」
「セッソク?」
私は思わず首をかしげた。
「そこにいるよ、私が呼ぶ」
そして、シベラソアから耳鳴りのようなけたたましい音がしたかと思うと、私の後ろのドアの隙間から、黒いアイツらがわんさか出てきた。
「わあ、これを見るのは初めて。この節足動物は何て言うの?」
「うわあぁ!」
私は全身に鳥肌が立った。
「『ウワア』っていう節足動物なのね」
シベラソアは、そう言いながら、ゴキブリたちを両手で容赦なく鷲掴みすると、彼女の顔は瞬く間におばさんからおばあさんになってしまった。
「こんにちは、シベラソアです」
ゴキブリたちがふざけた声で一斉に自己紹介を始めた。
「今、私の観念の一部をその……ウワア? たちに分けてるの」
私は、壁に張り付くことで、なんとか意識を保つことができていた。ユウタは、潰されたゴキブリの死骸をベランダから箒とちりとりを使って、外に投げ捨ててしまった。
「でもまあ、証明になったでしょ? 」
シベラソアがそう自慢げに言うと、私は、彼女に洗面所で手を洗ってくるよう促しながら、何度も頷いた。
「そして、1つあなたたちに話しておきたいことがあるの」
シベラソアは、洗面所から戻ってきて一息つくと話を始めた。
「私が最初にこう自己紹介したの覚えてる? しし座α星A系を拠点とするペヘトコン共同体のシベラソアです、と。ペヘトコンと言うのは、私たちの言語で、70光年ほど離れた場所にある、しし座α星A系という恒星のことを表します。といっても、私たちは、あなたたちとは違う方法で会話しているから、あなたたちには単なる耳鳴りにしか聞こえないだろうけど」
「私たちペヘトコン共同体が、あなたたち地球人を見つけたのは、3年前。最初は、みんな興奮していました。なんせ、自分たちと同じ、精神を持つ生命体の発見だったから……。でも、それは同時に私たちにとっての諸悪の根源である陰性感情波の発生源の解明でもありました。陰性感情波というのは、光速で移動し、距離の自乗に反比例する波の一種で、あなたたち地球人が強い負の感情を抱いたときに発生します。この波によって、私たちは様々な苦難を受けました」
「例えば、私は自分のふるさとをペヘトコン共同体と呼んでるけど、ペヘトコン星系と呼ぶ人もいます。前者は共同体派、後者は星系派。つまり、私たちは一枚岩じゃないってこと。戦争と分裂も受難の一つです。星系派は地球人との不干渉を決めていますが、私たち共同体派は地球人との共存を目指しています。でも、最近は星系派も太陽系への干渉を模索しているらしいの。まあ、星系派は他星系不干渉協定を結んだから、できないけどね」
私は、この手の話は苦手だ。何度もコックリしてしまった。
「ごめんなさい。もう、こんな時間。今日は帰ります。まだ話すことがあるから、明日も来ていい、ユウダさん?」
「ユウタです。どうぞ、お待ちしております」
ユウタは、ペヘトコン共同体大使であるシベラソア女氏を丁重にお見送りした後、私にキスした。
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