第4話


 額田の後ろに続いて俺は学校の屋上へと続く階段を上っていた。屋上に出るドアの前に辿り着くと額田はスカートのポケットから鍵を出した。


 こいつのポケットは何でも出てくるな。

 いろんなものが入っている。


 ひょっとしたら四次元に繋がっているんじゃないのか。


「もしかしてそれ、屋上の鍵か?」

「そうよ。私の師匠がこっちに来る前に餞別としてくれたの」


「師匠? お前、師匠なんかいるのか」


 何でその人はそんなものを持っているんだ。

 ここの卒業生か何かだろうか。


 そもそも何の師匠だ。


 しかし、そんな些細なことはまあどうでもいいかとあっさり割り切れてしまうのが死線を潜り抜けた末に俺が手に入れた性格である。


「私のいるところでは一家に一台いるレベルよ」


 俺の知っている言葉と違う意味なのかな……。

 シショーという名の最新の電化製品とか。


「さあどうぞ」


 解錠され、開け放たれた屋上の扉。俺は一歩踏み出し、通常は生徒の立ち入りが禁止されているその場所へ。


 アスファルトの地面の感触を足の裏で感じ取り、慣れない高さから学校の周囲の風景を眺める。


「では問題です。宇宙人超能力者異世界人。はたして私はどれでしょう」


 髪を掻き上げながら額田が俺に訊ねてきた。


「い、異世界人?」

「外れ。正解は未来人よ。私はこの時代よりずっと先の未来からやって来たの」


 おい、未来人なんて選択肢に入ってなかったじゃないか。俺のジト目を無視して額田は語りだす。


「私のいた時代はとても酷い状態になっているわ。イーヴルと言う戦闘民族が長い眠りから目覚めたことによってね。ああ、イーヴルというのはこの時代よりもさらに前、遥か古代に繁栄した人間にはない特殊な力を持った種族よ」


 イーヴル。

 額田はあの糸吐き男のことを確かそう呼んでいた。


「へえ」


 俺は間を繋ぐ意味も含めて相槌を打った。


「あのね、他人事みたいな顔してるけど全然他人事じゃないのよ。聖沢君、分かってる?」

「いや、まあ……」


 正直、とても俺に関係のある話だとは思えないのだが。


「そのイーヴルを従えているのが白い闇と呼ばれる存在。超人的な力を持つイーヴルたちの頂点に君臨する最強の女王。そして、その女王こそが―――」


 額田は一呼吸置いて、


「赤司さんよ」

「待て、灯が何だって?」


 俺は口を挟まずにはいられなかった。


「白い闇。その名前がどうしてついたか分かる? 彼女の髪の色を指してその二つ名がついたの。赤司さんの髪の色の変化は進化の予兆よ。私たちの時代で人類の存亡を脅かしている白い闇という存在に彼女はなろうとしている。私はその進化を防ぐために未来からやって来たの。……言いたいことは分かるけど、とりあえず聞いて」


「…………」


「白い闇は強大な力を持っていて、とても人類が倒せるものではなかったわ。ではどうすればいいのか。そう考えた結果、私たちは白い闇が誕生すること、それ自体をなかったことにしようという結論に至ったの。それで過去を調べてみた結果、私たちの時代以外にもイーヴルが目覚めた時代があったことが発覚したわ。それがこの時代よ。そしてこの時代こそが、赤司さんが白い闇になる大きなターニングポイントだった」


「未来を救うためには彼女が白い闇になるこの時代で彼女の進化を食い止めるしかないの。私は無害なうちに始末してしまえばいいと言ったんだけど、それは大きな時間の逆説が起きるから師匠が駄目だって……。あ、もちろん今はそんなこと考えていないわよ」


 額田は俺の顔を見て取り繕うように早口で言った。

 ……どうしよう。


 あまりに荒唐無稽な話過ぎて、さっきあんなことがあったのにフィクションを語り聞かされているような気分しか湧かない。


 だってあの灯が。


 しがないニートでしかない従妹が。そんなトンデモナイ危険分子だと聞かされたってピンとくるわけないじゃないか。


「……そのなんだ。全くでたらめだとは思えないし、信じていないわけでもないんだが。お前が未来人であるという何か決定的な証拠みたいなものはないのか」


「証拠ね。ならタイムマシンでも見る?」

「えっ、そんなものがあるのか」


「あるに決まってるでしょ。なかったらどうやって時間を遡るのよ」


 それは言われてみればそうかもしれない。


 額田が例によって不思議なポッケから何やらポケベルのような小型の機械を取り出し、ピコピコとボタンを押して操作をしだした。すると屋上の南西の角の空間が揺らぎを見せ始め、グニャグニャと歪んでいった。


 おお、一体これはどういうフェノメノンが起こっているのだ。俺は目を見張ってその現象の経過を眺める。


 そして、やがてその場所に一台の白いキャンピングカーが姿を現した。

 何と言うことだろう。

 未来の技術すげえ。

 

 未知なるテクノロジーを見せつけられ驚嘆する俺。


「ふふっ」


 額田は得意げに微笑む。

 だが、


「これがタイムマシン?」


 俺は自身が思い描いていたタイムマシン像とは異なる形状のそれを見て、訊ねずにはいられなかった。


「そうよ、どこからどう見てもタイムマシンでしょ」

「俺は絨毯みたいなやつを想像していたよ」


「何で絨毯? タイムマシンと言えば車型しかないわよ」


 そうなのか……。

 本場の未来人がそう断定するからにはそうなのだろう。


 この感覚の違いは生まれた時代が異なるせいなのかね。でも未来だったらむしろ絨毯型がお決まりのような気もするのだが。


「それはさておき。どう、信じた?」


 俺の目をまっすぐ見て額田が訊いてきた。


「まあ、何つーか。……そう、信じたよ」


 額田が未来人であることは。


「よかった。これで話の続きが切り出せるわね」


 

「師匠によると、この時代のイーヴルたちは古代に中断した覇権争いのゲームの続きをしているらしいの。それで女王である赤司さんの命を狙っているんだって。だから赤司さんの傍にいる聖沢君にはこれから危険が付き纏うと考えられるわ」


 マジでか。

 というか、随分あっさり言いやがったな。


「今日のやつはなぜか聖沢君を狙ってきていたけど、今後もしイーヴルが赤司さんを襲ってくるようなことがあっても絶対に彼女を戦わせては駄目よ。戦闘を積むことは赤司さんの進化を助長することになるから。と、師匠は言っていたわ」


 うーん、灯のやつが戦えるとは到底思えない。その師匠は心配しすぎだ。あんまり考え込むと禿るぞ。


 師匠が男かどうかも知らないのに俺はそんなことを思った。


「つまり連中が来たら逃げろってことか? だがあの変な空間に閉じ込められたらどうする。あそこから脱出する術を俺は持っていないぞ」


 そうなったら手詰まりだ。カツアゲなら現金を渡せばそれで済むが、要求されているのが命ではさすがに差し出せない。


「もしまたノワールに閉じ込められたらテレポートタグ……あの栞を使って私を呼んで頂戴。すぐ助けに行くから」


「それよりもあそこから抜け出せる道具をくれよ」

「それは無理。そんな道具ないもの」


 さらりと言われた。


「おい、あの空間の解析はできてるって言っていなかったか?」


「できてるわよ。だからああやって助けに行けたんじゃない。ただ、解析の結果、内部から脱出することは不可能って分かったわけ」


「つまり外からの救助を待つ以外方法はないってことか」

「大丈夫よ。私が守ってあげるから」


 俺の命運は同級生の(未来人だが)女の子に託された。何とも情けない話ではあるが、所詮俺は一介の男子高校生に過ぎないのだから仕方ないのであった。


「なあ、額田。やっぱり俺には灯がお前の言うような危険な存在になるとは到底思えないんだ」


「その気持ちは分かるけど。私もこっちに来て初めて赤司さんと出会ったとき、これが本当にあの白い闇なのかって正直信じることができなかったもの。演技しているのかとさえ思ったわ。でもね、聖沢君。それでも本当の話よ。彼女は放っておいたら必ず人類の脅威になる」


「…………」


「えーとね。だけど、大丈夫だから。そうならないように私はここへ来たんだし。それに今の赤司さんは全く持って無害よ。安心して」

俺の無言をどう捉えたのか知らないが、額田は饒舌に語った。


「……驚いたよね」

「まあな」


 それから数分間。しばらく俺たちは無言だった。

 そこで俺はしばし思考をまとめるための時間を得た。




 どれくらいたったのかな。夕焼けに染まる空に暗闇が入り混じり始めたあたりで俺は口を開いた。


「額田、一つ教えてくれないか」

「どうぞ」


「お前、一体何年後から来たんだ?」

「え? それは秘密」


 清々しい笑顔であっけらかんと、未来から来た学級委員はのたまった。




「俺、そろそろ帰るよ」


 俺は額田にそう言った。

 我が家にはちっとも働かない自称家事手伝いしか他にいないので消去法で俺が料理をしなくてはいけないのだ。


「ところでこの車、ずっとここに置いてあるのか?」

「ええそうよ。普段は他の人から視認されないように特殊な効果を周囲に張り巡らせて隠しているけど」


「特殊な効果ねえ」


 便利な言葉だな。

 きっと詳細を訊ねてもはぐらかされるのだろう。俺はしげしげとSFマニア垂涎の代物を改めて見つめた。


 そしてふと思った。


 そういえばこれはキャンピングカーだ。タイムマシンの機能を持っているらしいが、それでもキャンピングカーだ。……ひょっとすると額田はこの車でこの屋上で、寝泊まりをしているのではないのだろうか。


「じゃあ、また明日教室でね」

「おう……」


 車内に入っていく額田を見て俺の疑問は確信に変わり、未来人も大変だなあとか思いながら俺は屋上を後にした。




 買い物袋を携え家に帰ると、アフロのウィッグをつけた灯がリビングで暢気にテレビを見ながらソファでくつろいでいた。


 服装はパジャマ。

 今日からまた連続引きこもり日数の更新に勤しむようである。


「なんだそれ」


 黒いもさもさしたアフロを指して呆れ交じりに俺は訊ねる。


「染まらないから上から被ってみた。へへっ、いいでしょ?」

「そうだな」


 ツッコムところではあると思ったものの、面倒臭かったのでそのまま肯定してやった。


「今日はサンマの塩焼きだぞ」


 キッチンに入りながらそう言った。今日は色々なことがありながら、俺はスーパーでサンマを買っていくのを忘れなかったのだ。


「え、あ、うん。塩焼き、塩焼きかぁ。て……あ、あれえーっ?」


 灯の素っ頓狂な声が聞こえた。

 うるさいやつだな。


 メニューに文句でもあるのだろうか。


「あ、大志。そういえばみかんあるよ。食べる?」


 リビングから灯が訊いてくる。


「ああ、じゃあもらおうかな」


 小腹も空いていたし、料理を始める前に何か食べておくのもいいかもしれないと思った俺はそう答えた。


「よしよし。さて、どこに置いたかなー。みっかんないなー。なんて。むふふ」


 いかにも頭の悪そうな独り言が聞こえたのでこめかみを抑えたくなった。


「はあ……」


 俺は深くため息をつく。


「どうかしたの、大志」


 みかんを持った灯がキッチンに入ってきた。


「なんかさっきから変だよ。悩みがあるなら相談に乗るよ?」


 灯はふざけた格好をしているくせに真面目な顔でそんなことを言ってきた。


「別に、変じゃないだろ」

「そうかな? 少し元気がないように見えるけど」


「そんなことないだろ」


「でも、いつもの大志なら何かいちゃもんをつけてくるよね」


 アフロのウィッグをモフモフしながら灯は言った。

 いちゃもんとは失敬だな。


 ツッコみと言え。


 だが、ふむ……。

 なかなかどうして、意外にも灯は勘が鋭い。

 俺の表情や態度を見て何かを感じ取ったようだ。


 どうする。

 今日あったこと、額田から伝え聞いたことを全て話すべきか。


 しかし何と言えばいいのだ。


 どうやらお前は人間じゃないらしいぞ、とでも? それを灯に告白する自分の姿を思い浮かべ、その結果、言わない方向でいくことにした。


 なぜって? そりゃ、あんな漫画的アニメ的なこと言うのはすごく恥ずかしいからに他ならない。


 額田はよく俺にあんな流暢に語れたものだ。

 少し尊敬する。


「気のせいだ。なにもない」


 俺は出来るだけ平静を装ってそう言った。


「嘘。ある」


 引き下がらない灯。

 何気に頑固だからな、こいつは。


 一筋縄ではいかないか。


「ない」


 口調を強めて繰り返す。


「ある!」


 対抗するように灯も声のボルテージを上げる。

 ……おのれ小癪な。


「ないね」

「あるある!」


 しつこい……。


「灯よ。ちょっと客観的に考えてみるんだ。俺とアフロのヅラを平然とした顔で被っているお前。どちらがおかしいと思う?」


 冗談っぽく、おどけた調子で言ってやった。


「むー」


 灯は特に言い返してくることもなく、頬を膨らまして唸り、俯く。


「…………?」


 俺が不自然に思い様子を窺っていると、灯はいきなり俺にみかんを投げつけ


「人がせっかく心配してるのに大志はそうやってすぐわたしを頭の弱い子みたいに言うんだから! ばか、この腐ったみかん!」


 そう捨て台詞を残し、どかどか足音を大げさに立てて大股でリビングを出て行ってしまった。


「やれやれ」


 俺は床に転がったみかんを拾い上げ、息を吐く。


 まあ正直、あまり誠実な対応ではなかったかなとは自認している。真面目に心配してくれた灯をからかって追い払ったわけだし。


 だが……。一つ言わせてもらえば、賢い子はきっとパジャマで外を出歩いたりはしないのである。

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