第7章 華ちゃんって攻める人なんだね!
1.
月曜日の朝。華が教室に入ると、西沢がもう席にいた。
「あ、お、おはよう」
西沢の挨拶に華は無言で頷くと、自分の席へそそくさと座った。
(ぅぅぅ……今の、ちょっと感じ悪かったかな?)
ちらと、あくまでちらっと後ろを振り返る華。西沢がいつも通り文庫本を広げている姿を確認した。
安堵半分、がっかり半分。そんな気分になっている自分に驚き、華は赤面して俯いた。
(なによ、別に後ろ姿なんて見てないじゃないですか)
<<当たり前じゃ>>とコヒガミのやや呆れ気味な声が、心に響く。
<<こんな衆人環視の中で、おなごの尻を凝視し続けられるような豪昧な輩ではなかろうに>>
「し?! ししししし――」
「ハナっち、どーしたの? ししし、ってなに?」
いつの間に傍にいたのか、チサトが心底不思議そうに小首をかしげている。慌ててぶんぶん首を振る華を、五月が急かす。
「早く行こうよ。1限目、体育だってば」
「た、体育って、確か――」
「男子と合同でバスケだったよね? 五月」
そうチサトが聞きながら、体操服の入ったミニボストンを肩に下げている。
「ご、ごごごごごごご」
「……ハナっちが壊れた」
チサトの言葉につられた女子が、わらわらと集まってきた。
「ほら華ちゃん、立って立って」とてんでに脇を抱えられる華。
「西沢くーん、こないだみたいに……って、もういないじゃん。速いな~」
五月の不用意な発言は、当然女子の注目を浴びた。
「なぁに? こないだって」
「ちょ、ちょっと五月!」
華が止めるがもう遅い。すっかり先日の顛末をばらされて、逆に縮こまってしまった。恥ずかしい。なんでわたしがこんな目に……
結局、女子更衣室に集団で駆け込む羽目になってしまった。急いで着替えて屋内運動場に向かう。本当は急ぎたくなかった華だが、授業に遅刻するのはもっと嫌。律儀な自分が恨めしい。
気になる。キニナル。気になって仕方がない。
屋内運動場の北側は女子、南側は男子に分かれてのバスケットボールが今日の1限目、体育。
なるべく目立たないように舞台側に座っている時は、つい探してしまう。彼の、西沢の視線がどこに向いているか。キニナル。
そして自分がコートに立っている時。
弾むな――と念じても、胸は弾む。体操服の下で、物理的に。
向けないようにといくら気をつけたって、試合をしている以上、まさか南面に正対しているわけにはいかず、お尻はいろいろなほうを向いてしまう。彼が、西沢が見ているんだろうか。キニナル。
目立たないように、ひっそりとプレイしたい。でも――
「華ちゃん、お願い!」
パスが飛んでくるのだ。頻繁に。なぜなら華はバスケ部員だから。
「わ! ごめん!」
華はまたボールを受け損ねてしまった。これでこの試合5回目。外野のほうに気が散って仕方がないからなのだが、これはこれで、
(キニナル……)
もはや律儀を超えて小心になってしまった華。クラスメイトたちは心配そうだ。
「やっぱ、調子悪そう」
「大丈夫? ハナっち」
「気分悪いなら、少し休んだら?」
休みたい。コート外に出て、体操座りでうずくまりたい。でも。
「大丈夫だよ。やれるから」
律義者としての義務感。バスケ部員としての自負。そして、
(西沢君が見てる……!)
西沢のチームは5分ほど前に試合を終え、西側の壁際でだれている。
凝視されているわけではない。でも、わかる。華がわざわざ確認せずとも、視線を感じるのだ。ならば――一生懸命やらなきゃ!
<<えーと――>>
今度はパスをしっかり受け取った華は、ドリブルで敵陣深く切り込む。バスケ部員のインターセプトをかわし、
<<華?>>
五月が出してきた手を掻い潜って、
<<西沢は――>>
ゴール間近でジャンプシュート!
<<そこにおるぞ?>>
え?
いつの間に抜け出たのか、コヒガミが指さす先、そこには、タオルで手を拭き拭き屋内運動場の出入り口から入ってくる西沢、その人がいた。その顔には『おお、田仲さんが飛んでる』と書いてある、ように見える。見られてる。見られてる。ミラレテルミラレテルミラレテル――
グキッ!
「ハナっち! 大丈夫?!」
足首に激痛が走り、収まらない。素っ頓狂な声を上げて駆け寄ったチサトたちに答えられないほど。
少し遅れて寄ってきた体育教師に保健室行きを命ぜられ、華は保健委員に肩を貸してもらった。
「ほれ、ぼっち君!」
「な、なに?」
「ついて行ったげなよ」
「え? え? なんで?」
西沢の疑問は当然だろう。でも、なぜか華はいらついた。
「いい! ついてこないで」
華はクラスメイトたちを――ちょっとだけ西沢を――にらむと、屋内運動場をあとにした。
<<すまぬ……>>
保健室で捻挫の手当てを受けて、もうあと10分で放課だからと椅子に座って待つ華の前に、コヒガミがうなだれる。
保健医がいるためしゃべれない。華は大丈夫というサインをこっそりコヒガミにすると、目を閉じて椅子の背にもたれかかった。
(なんでこんなに、西沢君を気にしなきゃいけないんだろう?)
コヒガミが煽るから?
チサトや五月が煽るから?
母のキラキラした眼がプレッシャーだから?
(わたしは、一体どうしたいんだろう……)
考えがまとまらぬままチャイムが鳴った。しばらくして迎えに来た保険委員の女子に付き添われて、保健室から借りた松葉杖を友に華は更衣室に戻った。
「華ちゃん、やっぱ痛いの?」
「ん? 痛み止めが効いてるから、そんなに痛くないけど?」
「いや、なんか眉間に皺が寄ってるから、さ」
ロッカーを五月が開けてくれたので、扉の内側に付いた鏡をのぞき込む。そこに写る華の顔は、確かに不機嫌そう。
保健委員がしょげ始めた。
「ごめんね華ちゃん、もっと早く迎えに行けばよかったのに……」
「え?! ち、違うよ! 香坂さんが迎えに来たことに腹立ってるわけじゃなくて――」
「ああ!」と手を打ったのはチサト。
「ぼっち君が来なかったからか」
「……違ぅ……」なんでわたしは口がうまく回らないんだろう?
「ま、でもさ、実際無理だよね?」とクラス委員が笑い、他の女子もそれに和した。
「男子が女子更衣室まで付いてくるなんてありえなーい!」
チサトがブレザーを羽織りながら身を乗り出した。
「いやいや、ぼっち君に着替えさせてもらいたかったに違いない! で、後日お礼にハナっちが――」
きゃー! と盛り上がる女子。真っ赤になって着替えながら、チサトの妄想を聞き流せない華であった。
2.
「というわけで」
チサトは、西沢の背中を勢いよく叩いた。
「ぼっち君! エスコートよろしくね!」
「え? なななんでそんな話にいきなり――」と西沢はキョドる。
ここは玄関、下駄箱前。華は母に連絡し、車で迎えに来てもらうことにしていた。なので、帰りのホームルームが終わってすぐ、早めに待機しようと下駄箱に松葉杖を突いてひょこひょこやってきたら、後ろから千早と五月に呼び止められたのだ。西沢の襟首を引っ掴んで引きずってきた、彼女らに。
じゃあねと爽やかな笑顔を残して、チサトたちは去った。華もじゃあねと返すと努めて平静を装って、しゃがんで靴を履こうとした。が、うまくいかない。捻挫しているほうの足に負荷がかかって痛むため、思ったより前かがみになれないのだ。
「んしょ、んしょ……」
「あの、大丈夫?」
「見ればわかるでしょ!」
見上げて怒鳴って、華は失敗を悟った。西沢の顔が意外と近くにあったこと、そして、
(すごいしょげちゃった……)
西沢は華の傍から立ち上がると、下駄箱にもたれてそっぽを向いてしまった。
気まずい沈黙のせいで、外の部活の掛け声が聞こえる。そして、廊下の曲がり角の向こう、そこから聞こえる囁きも。
(なんでそこで怒鳴るかな?)
(西沢君、すごい悲しそう)
(華ちゃんって、攻める人なんだね)
(おお! 華ちゃん×西沢君かぁ!)
(いやん! 妄想が捗るわぁ、それ!)
……うちのクラスの女子がこんなに盛り上がってるのって、球技大会でもなかったのに。
「西沢君?」
「え? な、なに?」
「あれ、蹴散らしてきて」
え、え、え? と、まるで張り子の赤ベコのようにぶんぶん首を振って華と廊下を見比べる西沢のさまが、可笑しい。華はついに負けた。
吹き出したが最後、止まらない。先ほどの足首の痛みすら忘れて華は笑った。
<<クククク、本当に面白い男じゃな>>
自分が笑われていることを知って、西沢は何とも言えない表情になった。それがまた華とコヒガミの笑いのツボを押し、1人と1柱と曲がり角の向こうは笑い続ける。それに、電話の着信音が重なった。
「ん? お母さん? ……もしもし」
『あ、華? ごめんなさい、ちょっと今すぐは行けなくなっちゃったのよ』
母曰く、隣町に住む叔母が自宅で腰を強く打ったため、整形外科に連れて行かねばならないのだという。
「ど、どーしよう……」と華は途方に暮れた。
『悪いけど、タクシーで帰ってきて。タクシー代はうちから払うから』
「えー?! そんなにお金、持ってきてないよ!」
『誰かに借りなさいよ。じゃ、行ってくるから』
通話は切れた。呆然とスマホの画面を見つめている華に、西沢がおずおずと話しかけてきた。
「あの、田仲さん? どうしたの?」
西沢に状況を説明する。この後西沢が言い出す事が容易に想像できて、悔しいやら嬉しいやら……嬉しい? なんで?
「じゃあ、オレがお金――」
「ちょっと待ったぁ!!」
「わぁ! いつの間に?!」
華が仰天して後ろを振り向くと、廊下の角向こうにいたはずの女子たちが、下駄箱の裏からワラワラと湧いてきた。
「ぼっち君?」
チサトが女子の群れから一歩進み出て、キョドり始めた西沢の肩を叩く。
「お金で解決、ダメ。ゼッタイ」
「い、いや、そんなこと言ったってさ」
華はチサトを見上げる姿勢でにらみつける。
「チサト……わたしと西沢君をからかうのが、そんなに楽しいの?」
険悪になった状況を改善しようとしたのか。西沢がわざとらしく、ポンと手を打ってチサトたちのほうを向いた。
「お金ダメ、ゼッタイ」
チサトはややあっけにとられながらコクコク。
「田仲さんは家に帰りたい」
今度はこっち。華はじっと見つめられて鼓動が早くなる。
「んじゃ、こうしたらどうかな?」
「この辺でいいかな?」
「あ……ちょっと待って」
西沢に促されて、華は用心深く辺りをうかがう。よし、ついてきてないな。
「んしょ、っと」
華は西沢に松葉杖を預けると、捻挫していないほうの足で歩道を蹴って、自転車の荷台に登ろうとした。
西沢が出した折衷案。それは、“西沢の自転車に2人乗りして帰る。そのかわり、みんなの目の届かないところまで移動してから乗る。”というのもの。
だが、これがなかなかうまく登れない。自転車の荷台が、小柄な彼女の腰より微妙に高いのだ。それに、女の子らしく横向きに、つまりお尻から登ろうとしているせいもある。片足で懸命にジャンプするのだが、どうしてもうまくいかない。焦った華は、その原因を他人に求めた。
「西沢君?」
「ん、なに?」
「……あんまり見つめられると、その、登りにくいんだけど……」
そんなこと関係ないのは先刻承知。でも実際気が急くんだし。そう、気が急くんだから。
「ごめん、でも……」
「でも?」
「見てないと、なんか不安で……」
「いいから気にしないで、きゃっ!」
勢いをつけて登ろうとした華は、逆に自転車を揺らしてしまった。ハンドルをホールドしていた西沢が踏ん張った甲斐なく、大きく傾く自転車。
<<後ろに倒れるぞ、華!>>
コヒガミに言われるまでもなく、華は窮地を脱しようと前に飛び出し、
「っ!」
思いっきり地面を踏みしめた両足。捻挫したほうには当然激痛が走り、その痛みを回避しようと足の力が抜ける――
華は地面に手を付かずに済んだ。カッターシャツが、本能的に背けた頬に当たる。ほっぺただけじゃない。これもとっさに手を伸ばした結果抱き着く格好になって、手のひらが感じるのは、ブレザー越しの体温と男の子の背中。おまけに脇から抱きかかえられる格好になって。
「ぁ、ぁぁぁぁ……」
西沢の自転車が倒れて立てた派手な音を背後に聞きながら、華は硬直した。
「あ、あの、田仲さん?」
なぜ、私の目は涙をこぼすの?
結局、たっぷり3分ほどかかって硬直が解け、華は地面に下ろしてもらった。といっても、松葉杖も自転車と一緒に倒れてしまったので、体操座りで自転車の復旧を待つ。
「さて」
自転車を立て直した西沢が、華の傍にしゃがみこんだ。そのまま両手を華のほうに差し伸べてくる。何する気なの?
「よっ、と」
「!!」
西沢の右手は華の膝の下に、左手は背中に。つまり、つつつまり、お姫様抱っこ?!
華は持ち上げられる時の恐怖感で一瞬、ぎゅっと目をつぶった。しばらくして目を開けると、近い。西沢の顔が15センチもないくらいの距離にあるではないか。
「なななななななんでこんなかっこで……っ!?」
顔から火が出そうな華の狼狽した声を聞いて、西沢が不思議そう。
「え? だってこの間、お姫様抱っこして運んでほしいって」
「言ってなぁぁぁぁぁぁぁい!!」
16歳女子高生の絶叫――それは、道行く人たちのチラ見と含み笑いを生みだす、絶好の餌。
コヒガミは、そもそもこらえる気がない。
<<あっはははははははははははははははは!! 良かったのう良かったのう華。さあ、キーワード 弐。見つめあううち自然と近づくお互いの瞳と瞳、じゃ>>
「もういやこの神様……」
などと愚痴りながら、下ろしてとは言いださなかったことに華が気付いたのは、自転車が走り始めたあとしばらく経ってからだった。
以前、五月の自転車にこうやって乗せてもらったことがあった。その時は結構ぐらついて、どきどきした覚えがある。
今回は違う。やっぱりそこは男の子だからなのか、スピードが出ているので安定するのだろう。それでも、
「あ、次の角、左で」
「うん」
「! わ、わ、わ」
カーブでスピードが落ちたり、歩道の段差を越えるときに揺れる。足の踏ん張りどころがないから、バランスの取り方が難しい。となれば、
「あの、田仲さん?」
「うん?」
「オレの服の端とかでいいから、掴んでてくれないかな」
「あ、そうだよね。揺れるもんね」
そう言われるだろうと予想していたことに素直に従い、華は西沢のブレザーの裾を両手できゅっと握った。のに。
<<何をしておる。それでは意味がなかろうに。クククク>>
いつのまに憑りついたのか、コヒガミが華の両腕を使って西沢の背に抱きつかせた!
「うわわっ!?」
そりゃびっくりするよね、普通。動転した西沢は最大限の努力を見せ、自転車はひっくり返らずに止まった。
「ぅぅぅ、ち、違うの! これは、コヒガミさまが勝手に……その……」
「コヒガミさま……だよね。うん」
振り返って苦笑いする西沢の表情に残念そうな色が見えたのは、華の気のせいだろうか。
「あ、あの! でも……」
華は急いで、また漕ぎ出そうとした西沢の背中に声をかけた。
「え、なに?」
「……安定するから、その、こ、腰、持っていい?」
西沢も赤くなって了承すると、勢いよく前に向き直ってペダルを漕ぎ始めた。
春の匂いを乗せた風が、華の両手を、顔を、髪をなぶる。目を閉じてこの陽気に浸りたいが、不安定になるからできないのが残念だ。
「暖かくなったね」と華が声をかけると、
「うん。もうちょっとしたら、上着がいらなくなるよね」
「だめだよ。ちゃんと着てこないと」
「あ、やっぱだめ?」と苦笑する西沢の首筋は、ほんのり赤みが差していて。それにしても。
(男の子って、背中から声が出るんだ)
そう錯覚するくらい、華は自然に西沢の背に頭をもたれかけさせていた。
そんなこんなで、近所のスーパーの前をノンストップで駆け抜けてから5分、あと少しで我が家だと安心した華に、さらなる脅威が襲い掛かる。
「きゃー華ちゃーん!」
「あ、おねーさんだー!」
赤ちゃんの家は午後のお昼寝タイムが終わって、園庭でお遊戯お遊戯。保育士も園児も目を丸くしたまま、華の常ならぬ帰宅に騒ぎ始めてしまった。
(しまった……道を変えればよかった……)
「人気者だね、田仲さん」
「いや、おもにコレのせいなんだけど……」
嘆いても後の祭り。華の長い長い下校はようやく終わった。西沢がまたお姫様抱っこで下ろそうとするのを断って、さよならをして。家の玄関を閉めたとたん、華は様々な疲労でへたり込んだ。
3.
午後の陽ざしが、南向きの窓を通して部屋の壁を照らし、影とコントラストを作り出している。華はその光景を、ベッドに横たわって眺めていた。
疲れた。でも、眠れない。いや、眼を閉じられないのだ。閉じると、怪我をした瞬間ではなく、そのあとトイレへの行き帰りに苦労したことですらなく、西沢とのドキバク2人乗りの一部始終がエンドレスでまぶたの裏に再現されてしまうのだから。
(ていうか、なんで未だにドキドキしてるのよ、わたし……)
華はふと、思いつく。
(もしかしてこれが、色気づくってことなの……?)
そこまで至って、華の心の振り子は否定のほうに振れた。
「落ち着け、落ち着け、わたし。お姫様抱っこしてくれた時の西沢君の顔とかコヒガミさまに抱きつかされた時の西沢君の顔とか一生懸命自転車漕いでくれた西沢君の背中とか、そんなのにドキドキなんかするんじゃない! あれは幻、あれは、えーと……吊り橋、そう吊り橋効果! そもそも西沢君が授業中にトイレなんかに行くのが悪いんだ!」
欠席裁判で西沢に有罪を宣告したその瞬間、携帯が聞いたことのないメロディを奏で始めた。
「? 何この着信音?」
<<ああ>>と、華と一緒になって寝そべっていたコヒガミが、そのままの姿勢のままのたまう。
<<わらわが入れた。西沢から電話じゃぞ? ドキドキハナっちに>>
「いつの間にそんなことしたんですか! 勝手にもー!!」
“ドキドキハナっち”の部分をさりげなく聞き流して、でもできるだけ急がないようにして、携帯に手に取って通話ボタンに指を伸ばす。
『あ、もしもし。西沢だけど』
「あ、うん。田仲です」
<<なーにを他人行儀な……>>
くさすコヒガミをにらんで、電話に集中する。
『今日、ごめんな』
「な、なにが?」
『ん、いや、田仲さん、オレがコートの脇通って気が散っちゃったんでしょ?』
「そ、そんなこと?! 違うよ! 西沢君のせいじゃないってば!」
判決は2審であっさりと覆り、会話は続く。
『あ、あのさ』
「うん?」
『このあいだ電話してきたこと、なんだけど』
このあいだとは、買い物のあとのこと。コヒガミは華の口を借りて、若葉祭りに行くことを西沢に告げていたのだ。
『あの、えーと、無理しなくていいから』
西沢のおずおずとした言葉が華の心に沁み、そして激越な化学変化を起こした。
「……それは、来なくていいってこと? わたしなんかお呼びじゃないってこと?」
口を突いて出るのは、その迸り。心中に飛び回る火花を、華はそのまま電話の向こうに投げ付けた。
『そうじゃなくて、足が治ってないのに無理しないで、ってことなんだけど』
西沢が焦っているのが手に取るようにわかる。そして止まらない華がいる。
「別に無理しないもん。コヒガミさまやみんなが勝手に盛り上がってるんだし。それに乗っかって西沢君が――」
そこまで言って、華はようやく失態を悟った。彼女の一方的な虐撃が西沢の心をいたく傷つけたのが、電話越しにもわかる。
『……ごめん』
消沈した声にフォローを入れようとするも遅く、携帯は沈黙した。
<<華ちゃんって攻める人なんだね!>>
「声真似しないで! もう……」
どうしよう。
頭の中が、じりじり焼けるように熱くなる。涙目でスマホの画面を見つめて動かない華を、コヒガミが見つめていた。
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