第36話 新当主のお披露目
「我がサンタン家のパーティにようこそ皆さん!」
レムネイドが階段の踊り場から大広間に集まった招待客に対して大仰な挨拶をする。
怨霊事件の後始めてのサンタン家主催パーティを開く事で、レムネイドはサンタン家健在を知らしめるつもりだった。
だが、怨霊事件によって失墜しただけでなく、新アルフレイム家を陥れる事にも失敗したサンタン家の呼びかけに応える貴族はほとんど居なかった。
やってきたのはサンタン家の弱り具合を楽しもうという悪趣味な貴族や、ここでサンタン家に恩を売って自分の派閥に水増しに使おうという輩。あとはいまだにサンタン家よりも力のない騎士爵家くらいだろうか。
後はそう、彼から正体を受けた新アルフレイム家当主である俺ことアークと、その妻シエラくらいのものだ。
事実招待客達は、踊り場で演説をしているレムネイドの事など無視して俺達に興味津々だ。
「いやー、見られていますねぇ」
と言っている大山脈を揺らすドレスを着た女性は、月の女神のアルフレイム領支部長であるミッカさんだ。
「まぁ本来ならアルフレイム男爵は敵対派閥の貴族ですからな。それが敵地と言っても過言で無い場所にいるのですから当然でしょう」
と、その横から会話に参加してきたのは太陽の神の神殿アルフレイム領支部を統べるレオン支部長だ。正直ミッカさんの大山脈に隠れて気付かなかった。
「ではここで我がサンタン家の新たな当主を皆様にご紹介いたしましょう!!」
しかし俺達に注目している客達はレムネイドの言葉などまったく聞いていない。
「……ご、ご紹介致しましょう!!」
お付きの風魔法で音を飛ばし、レムネイドが自己主張をすると、そこでようやく他の客達も状況に気付いて拍手を始める。
レムネイドは観客がやっと反応した事に満足したのか、他をあげて部下に合図をすると、階段の上の扉が開き、灯りの魔法で中から出てきた人物が照らされる。
「このお方こそがサンタン家の新当主、コウラ=サンタン様です!」
レムネイドの紹介と共に姿を現したのは、幼い少年だった。
更に言えば、遠目から見ても不安げな様子が見て分かるほどに場の空気に圧倒されている。
幼いとはいえ、とても当主にふさわしいとは思えない有様だ。
「普通ならこういった場でも萎縮しないように訓練をするんだが、どうやらあの男はそうならない様にあえて何も教えなかったと見える」
と、シエラが新当主であるコウラ少年を冷静に評価する。
シエラが言うとおり、彼はレムネイドの傀儡となる為に必要な教育を受けれない様に手を回されてたんだろうな。
だからこの程度の人数のパーティですらどうすれば良いのか分からずにオドオドとしている。
「さぁコウラ様、皆さんにご挨拶を」
レムネイドに促され、コウラ少年が弱々しく声をあげる。
「は、初めまして皆さん。ボクがサンタン家当主、コウラ=サンタンです」
とても当主とは思えないおどおどとした挨拶。
招待客達も笑顔の下で彼ならば扱いやすしと評価を定めたのがありありと分かる姿だ。
コウラ少年は挨拶をしたは良いが、これからどうすれば良いのか分からずにレムネイドを不安そうに見る。
そしてレムネイドもソレを分かって、後は自分に任せろとばかりに前に出て会話を引き継いだ。
ここであからさまに安心した様子を見せるコウラ少年、それは貴族として悪手だろう。あんなふうに感情を他者に見せてしまうような未熟ぶりは当主失格だ。
「それでは皆さん、新たな当主を得たサンタン家と皆さんの変わらぬ友誼を祝い乾杯と行きましょう」
会場の片隅で控えていた使用人達が招待客達に酒の入ったグラスを配ってゆく。
だがその手際はよろしくない。
そもそもこういった場所で使う給仕はもっと見栄えの良い者を使うのが力ある貴族だ。
それを出来ない時点で、察しの良い貴族達に弱みを見せてしまっている。
だが、その給仕が差し出してきた酒のニオイを嗅いでシエラが片眉を動かす。
「これは……」
お、さすが俺の嫁。この酒の正体に気付いたみたいだな。
「では、乾杯っ!!」
「「「乾杯っ!!」」」
レムネイドの声に合わせて招待客達もグラスを上げて乾杯したので、俺達もホストであるレムネイドの顔を立てる為に形ばかりは合わせておく。
そしてグラスを酒を招待客達があおると、途端に彼等の目つきが変わる。
「ほう! これはまた」
「さっぱりとして飲みやすい口ざわりだが、上品な味わいを感じる」
招待客達はレムネイドの用意した酒を口々に賞賛する。
その様子を見たレムネイドは満足顔だ。
「これは、そうかアルフレイム男爵の!」
ここで招待客の一人が酒の正体に思い至った。
そう、この酒こそ、俺がシエラとの結婚式で招待客達に振舞った酒、ヴェントデルアモールだ。
当然招待客の目が一斉に俺に向く。
だが俺はその視線を涼風のように無視し、自分の提供した酒を口にする。
うん美味いな。
全員が美味い酒に表情を綻ばせたところで、会場のそこかしこで会話が始まる。
ある者は近くに居た者と会話を始め、ある者はテーブルの上の料理に舌鼓を打つ。
そして俺はというと……
「これはアルフレイム男爵。貴方もこのパーティに誘われるとは奇遇ですね」
群がってきた招待客達の相手におおわらわだった。
レオン支部長やミッカさんは既に避難済み、それどころかシエラまで避難して一人料理を楽しんでいるではないか。
せめて少しくらいは手伝ってほしいもんだ。
見ろよ、コウラ少年どころかレムネイドも誰も挨拶に来ないので手持ち無沙汰になってるじゃないか。
だからと言ってホストが自分から話しかけるのもそれはそれで問題だ。
ホスト役というのは、あくまでもパーティの影に徹して客をもてなすものなのだ。とはいっても、通常なら招待したホストに挨拶をするのが普通なので、こんな事態にはならない。
それだけサンタン家に擦り寄るメリットが無いという事だな。
とはいえ、それで主役の座を奪われてはレムネイドも溜まったものではないのだろう。
レムネイドは部下に命じて新しい酒を用意させる。
次に出てきたのは予想通り俺が提供した二本目の酒、バンブーフレイムだ。
一緒に新しいつまみをこれ見よがしにテーブルに置いてゆく。
当然アレも俺が提供したつまみだ。
「ほう、今度はバンブーフレイムですか」
「うむ、先ほどのさわやかな酒からこの辛い酒は効きますな」
「おお、こちらのつまみはこの酒に合いますぞ」
バンブーフレイムの辛さを和らげる為に新たにテーブルに置かれたつまみを口にする招待客達。
「おお、コレは確かにこの酒に合いますな」
ここに至って招待客達はこれらの酒が俺によって提供された事が確実だと気が付く。
そして察しの良い者はこれらのつまみも俺からの提供だと気付いた事だろう。
サンタン家のパーティで出された極上の品々は、アルフレイム家から提供されたものだと。
といっても、俺が提供した酒それぞれ一本ずつだけだ。つまみだって極上の品は出したがパーティの全員分を提供するだけの量の物は一部しか提供してない。
パーティとは貴族による飽食の象徴だ。
その為に必ずあまるくらいの量を確保する必要がある。
だが俺の提供したつまみは貴重で入手が困難なものばかり。
その為にパーティの体を成す為の量を集めるには相当無理をした筈だ。
きっと俺からの贈り物を受け取った直後は貴重な品を手に入れて有頂天になってパーティの開催を決定し、しかし後に量が足りない事に気付いて慌てて数を揃えた事だろう。
招待状を送ってしまった以上、パーティはなんとしても開催しないといけない、しかもせっかくサンタン家はいまだ健在と宣伝できるだけの品を手に入れたのだから、ここでケチって安物を出す訳には行かないと苦渋の決断をしたに違いない。
だが、そんなレムネイドの必死の努力も、その何分の一かの労力しか使っていない俺が丸ごと自分の手柄にしてしまったのだから、溜まったものでは無いだろう。
踊り場からこちらを見下ろすレムネイドの表情は、上から見下ろす支配者の表情ではなく、こちらに対する憎しみと怒りの表情で彩られていた。
「そろそろ、次の一手を向こうが打ってくる頃かな?」
そう、第三の酒の出番である。
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