第35話 引越しのご挨拶

「こちらでございます」


 俺達を案内していたメイドが応接室のドアを開ける。

 その部屋の奥、家主である貴族が座る席にその男は居た。


「ようこそアルフレイム男爵」


 彼こそは今回の事件の首謀者、レムネイド=サンタンその人だった。


 ◆


 応接間の中は俺とシエラとレムネイドの三人だけ。


「今日は一体どのような御用で?」


 こちらから口を開く前に、レムネイドの方からから切り出してきた。

 だが脛に傷を持つ彼からすれば、裁判を無事に生き残った俺が反撃に来た事は当然分かっているだろう。


「いえ、それほどたいした理由ではありませんよ。アルフレイム領の統治に必要な手続きが一通り済みましたので、あの地の本来の領主であったサンタン家にご挨拶に来たのですよ」


「……ははは、成る程、そうでしたか」


 ちなみに今の発言にはお前等がヘマしたお陰で領地を貰いましたありがとうございます的ニュアンスがあり、要約すると領地取られて悔しい? ざまぁ! と暗に言っている。

 そしてその意味を正確に読み取ったレムネイドのこめかみが僅かに引きつる。

 ここで反応してしまうから、この男は分家程度の力しか持てないのだ。

 むしろこの件で主家がやらかしてしまったから分家であるレムネイド程度の男でも新頭首の後見人になれたわけなので感謝してほしいものである。


「しかし、ソレならば当主様の所に挨拶に行くべきでは?」


 レムネイドの言うとおり、挨拶というからには新当主の下へ挨拶に行くのがスジだろう。

 だが新当主はまだ幼い子供、実際の当主は後見人であるこの男だ。


「ええ、新当主どのには後ほどご挨拶をさせてもらいます。ですが、その前に後見人である貴方にご挨拶をしようと思いましてね」


 暗にお前が真の権力者だろう? と告げる。


「……成る程、そう言う事ですか」


 俺の意図が通じたらしく、レムネイドがにやりと笑う。

 自分が一族の中で最も優れている存在だと認識されたと思ったのだろう。


「この度の怨霊の件、この様な結果になった事はこちらとしても心苦しく思っております。ですが、彼が私の屋敷に来た事で怨霊は我々にも牙を剥きました。それゆえこちらとしても怨霊を鎮める為に全力を尽くすしかなかったのです」


 実際には怨霊になる直前だったんだが、まぁそこはどうでもいい。

 重要なのは怨霊が発生した原因が領主の跡継ぎだった事だ。

 要約するとお前等のボンクラ跡継ぎの所為でこうなったんだから恨むんじゃねーよと言いに来た事になる。

 事実そうだし周囲の認識もそうなのでこれはもう覆しようのない現実だ。


「それは……ええ、巻き込まれたアルフレイム男爵には何とお詫びすればよいのやら、正直我々も今回の事件のあらましを聞いて衝撃を受けました」


 その直後に報復に奔走してたみたいだけどな。


「あのような事があった直後です、サンタン家も大変でしょうがお互い頑張っていきましょう」


 そう言って俺は右手を差し出す。


「ええ、何か困った事がありましたら相談してください」


 レムネイドが社交辞令と共に右手を差し出してくる。

 ちなみに相談してくれと言ってるだけで手伝うとは行っていない。言質はとらせないという事だろう。


 ともあれ、俺達はガッシリと握手をする。

 これで表向きアルフレイム家とサンタン家の確執は解消した。

 表向きはな。


「ああそうだ、レムネイドさんに受け取って欲しい物があるのですよ」


「ほう?」


「これです」


 俺の横に控えていたシエラが綺麗な木箱をテーブルの上に置き、箱の蓋を開く。


「これは……」


 中に入っていたのは、三本の酒瓶だった。

 酒瓶はそれぞれが綿と白いシルクの布に包まれ、お互いを傷つけないように包んでいる。


「我が領地の名産になる予定のバンブーフレイム、ヴェントデルアモール、そしてまだ市場に出していない新作の酒です」


「ほう! これがあのバンブーフレイム!」


 レムネイドが嬉しそうに木箱から取り出した酒を見る。

 俺の酒は他の酒倉では造るのが困難な酒だ。バンブーフレイムは酒の里でしか造られていないし、ヴェントデルアモールにいたっては俺の魔法でしか作れない。貴重な酒は下手な贅沢品よりも価値が付く。

 なにしろ消耗品だからな。

 そして何より、レムネイドを油断させるには酒が一番使えると思ったのだ。

 敵対するアルフレイム男爵が持ってきても不思議のない品が。


「そしてこちらは世界各地より取り寄せた酒の肴の数々です」


 シエラがもう1つ箱をテーブルに載せ、蓋を開く。


「こ、これは!?」


 中に入っていたのは古今東西の貴重なつまみであった。

 輸送の問題や製造量の問題で市場で流れる事の少ないものばかりを取り揃えてある。

 これらは俺のコネを最大限活用しつつ、転移施設で大金払って送ってもらった品々だ。

 結構な散財である。


「こちらも合わせてレムネイド殿にお譲りいたしましょう」


「なんと……」


 レムネイドの注意はもはや俺に向いてはいなかった。

 当然だ。

 入手が困難な品を手に入れる事は貴族としての権力、財力、コネをアピールする最大の手段なのだから。

 輸送費用も含めてこれだけの珍品を集めるにはどれだけの金がかかるだろうか。

 少なくとも、怨霊騒動で見た目以上の大打撃を受けた今のサンタン家では入手するのは不可能な品ばかりである。


「ほ、本当に頂いてよろしいのですか?」


 レムネイドの目が泳いでいる。

 俺を見たり酒やつまみを見たりと忙しい。


「ええ、その為に持ってきたのですから」


「おお! あ、ありがとうございます!!!」


 レムネイドは先ほどまでも余裕などどこに行ったのやらという風情で感謝の言葉を述べる。

 これらの品はレムネイドが他の貴族に自分の力をアピールするのにこの上なく有効に使える品だ。

 自らの屋敷にやって来た客に貴重な嗜好品を提供できるという事は、サンタン家はまだまだ貴族としての余力を残しているんだぞと周囲にアピールできると言う事だ。

 死に体であるサンタン家が他の家を牽制するのにこれほど役に立つものはない。


「ははははっ! これほどの品を頂けるとは! すぐにお礼の品を差し上げる事ができないのが申し訳ないくらいだ!」


「いえいえ、お気になさらず。お互い降って湧いた不幸に迷惑をこうむった者同士です。仲良くしていきましょう」


「ええ、勿論ですとも!!」


 レムネイドは両手を広げて喜びを力いっぱい表現している。

 当然だろう。敵対する相手にここまで施しをする理由など全くないからだ。

 それどころかレムネイドは俺が真犯人の正体に気付いていないと考えを改めた筈だ。

 そしてさっきの皮肉は皮肉ではなく、言葉通りの意味だったのだと考えている事だろう。

 現に今のレムネイドは踊りだしそうなほど上機嫌だ。

 それだけサンタン家の受けたダメージは大きいという事だ。

 素直に価値のあるお宝を受け取ってしまう程に危機感が鈍っている。

 貧すれば鈍するというヤツだ。


「これなら今度のパーティで挽回する事ができる!」


 小声のつもりなのだろうが、興奮のあまり声が大きくなっている事にも気付いていない。

 これなら上手くやってくれる事だろう。


「では私共はこれで失礼いたします」


「もう帰られるのですか!? 食事くらいしていきませんか? これらの品のお礼に出来うる限りのもてなしをさせて頂きますよ!」


 さすがにここまでの贈り物をしてくれた相手を只帰しては貴族の恥だと思ったのだろう。レムネイドが俺を引き止める。


「お気持ちは嬉しいのですが、今日中にサンタン家のご当主殿にもご挨拶しないといけませんからね」


「おお、そうですか。それは残念です」


 傀儡とはいえ、自分の一族の長への挨拶を引き止める訳には行かない。

 レムネイドはあっさりと手を引っ込めた。

 本音としてはありがたいと思っている事だろうがな。

 さて、それじゃあレムネイド君の手腕を見せてもらおうかな。


 ◆


「結局、挨拶に行っただけだったな」


 屋敷に帰ってきたところでシエラが口を開く。

 あいさつ回りでは貴族の妻として口を閉じていたが、家の中ではそんな気を使う必要も無い。


「仕込みは終ったからな。後は見ているだけだ」


「仕込みと言うのはあの男に送った品の事か?」


 さすがシエラ、あれがただの贈り物では無いとすぐに気付いたらしい。


「毒でも仕込んであるのか?」


 ただし内容にまでは気付かなかったみたいだ。


「いや、毒なんて入っていないよ。あれは正真正銘ただの酒と貴重なつまみさ」


 そう、毒なんて入っていない。


「本当に贈り物をしただけだというのか!?」


 純粋な贈り物と聞いてシエラが驚きの声を上げる。


「ああ、その通りだ」


「何故そんな事を!?」


「それはこれから起こるパーティで明らかになるさ。なに、そんなに遠い日のことじゃない。割とすぐだよ」


 その数日後、サンタン家より新当主のお披露目パーティへの招待状が来たのだった。

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