第32話 魔法裁判開廷

 3日後、俺とレオン神殿長は王都の裁判所へと連れてこられた。

 何故3日もかかったかと言うと、容疑者を連れてくるだけでなく、証人をつれてくる必要もあるからだ。

 訴える側の証人と訴えられる側の証人。

 それに関係者だ。

 今回の裁判は炎塩が絡んでいる。神殿関係者もくる。それは本部の人間だけではない。

 俺が関わった事のある神殿関係者もだ。

 勿論身内も呼ばれる。父上と母上、それに兄上達だ。シエラの両親と義爺さんも来ている。 

 ゲオルグ兄上が睨み殺さんばかりの目で俺を見ている。一族の面汚しとか思ってんのかね。

 父上はいつもどおりだ。母上は今にも倒れそうだな。

 シエラの両親は、心配そうな目で見ている。俺が何かしらの陰謀に巻き込まれた事と思っているのだろう。義爺さんは面白そうにしていた。あんた楽しんでるだろ。

 そして……グレイ兄上の姿は無かった。


 既に傍聴席には多くの貴族達が座っている。

 全員が好奇の視線で俺達を見ていた。

 ヘマをした間抜けを見物に来たのだろうな。

 貴族の裁判に関しては、申請すれば貴族が見学する事が出来る。

 コレは貴族でも愚かな事をすれば裁かれるという事を示す為だ。逆に平民は申請しても見学する事はできない。この世界では貴族が圧倒的な権力をもっているのだから、その貴族が転落する光景を平民に見せれば、反貴族主義を生みかねないからだ。

 ただ世界は公平であるという事を知らしめる為に結果だけは伝えられる。


「これより、アーク=テッカマー=アルフレイム男爵とレオン=ジー神殿長の裁判を行う!」


 裁判長が裁判の開始を告げる。


「最初に宣言するが、この裁判においては被告人は魔法によって言葉の真偽を確認されている。嘘は己の首を絞めるものと心得よ」


 魔法判断、それは被告人が本当の事をいっているかを知る為の、魔法を使った判定方法の事だ。

 この判断方法は大半の国で採用されている。せっかく虚実が判明する魔法があるのだ。裁判に使わない手は無いって訳だ。


「アーク=テッカマー=アルフレイム男爵、君は隣に居るレオン=ジー神殿長と結託して炎塩を強奪、不正に使用したというのは事実かね?」


「いいえ、断じてそのような事はありません」


「ではレオン=ジー神殿長、君はどうかね?」


「わ、私は騙されたのです! 突然現れた冒険者が炎塩を所持して人物を紹介するから買わないかと言われただけです。違法な手段で入手したものとは知りませんでした!!」


 早速炎塩を買ったのを暴露する神殿長。まぁこれは仕方がない。ただし不正に使用したか否かはちゃっかり答えていない。ものは言いようだ。


「ふむ。二人共否定するか」


 裁判長が魔法審問官達を見る。


「嘘はついていません」


「両者とも嘘はついていないか。ではレオン神殿長に聞こう。君は呪われた土地の浄化依頼を受けていたそうだが、どの様な手段を使って浄化したのだね?」


「そ、それは…………」


 レオン神殿長が言いよどむ。これを言ってしまえば全てが終わるからだ。


「答えたまえ!」


「ひぃ!」


 裁判長の言葉にビクリと震えたレオン神殿長だったが、やがて観念したのか口を開いた。

 答えないという事は罪を認めるのと同じだからだ。


「ア、アルフレイム男爵にやれと言われたんです!! アルフレイム男爵が盗まれた炎塩で浄化しろといったのです!!」


 裁判長が魔法審問官達を見る。


「嘘はついていません」


 会場がどよめきに包まれる。

 俺が犯罪を教唆したという証拠が出てきたのだ。


「アルフレイム男爵、君が指示したのかね?」


「私は違法行為をしておりません」


 再び裁判長が魔法審問官達を見る。


「嘘はついていません」


 魔法審問官は淡々と答えた。

 それによって再び会場がどよめきに包まれる。

 相反する言葉が真実だと示されたからだ。


「コレはおかしな事になった。相反する言葉が真実と断定されるとはな」


 さすがに裁判長も困惑している。


「待ってください。アルフレイム男爵は言葉を意図的に選んでいます」


 ここで待ったが入る。

 言葉を放ったのはアモンド達攻め手側の弁護士だ。

 つまり俺達を罪人として訴える側だ。


「どういう意味かねクレー弁護人」


「アルフレイム男爵は自分は違法行為をしていないといいました。それはつまり誰かに違法行為をさせたともいえます。それはレオン神殿長の証言からも判断できます」


 傍聴席から「確かに」と言った同意の声が聞こえてくる。

 

「成る程。アルフレイム男爵、君はレオン神殿長に盗んだ炎塩を使って浄化を行うように指示をしましたか?」


「いいえ、私はレオン神殿長に盗んだ炎塩を使えとは言っていません」


 そう、俺が彼に言ったのは「あてが出来たから使ってかまわない」だ。「使え」ではない。そしてやれといったのも作業員に対してだ。

 こう言っては何だが、魔法での虚偽判断は返事の仕方次第で幾らでも誤魔化せるなぁ。まぁ誤魔化せない質問であっても、最後の手段があるから確実に無罪を獲得出来るんだけどね。


「嘘はついていません」


 魔法審問官が俺の真実を証明してくれる。

 会場が再びざわめきで溢れる。


「ふぅむ。コレは困った事になったな」


「裁判長、証人の召喚許可を」


 来た来た。


「良いでしょう、証人をここへ」


 ◆


 証人側のドアが開かれ、証人が入ってくる。

 その人物はローブで顔を隠していた。

 まぁ正体は分かってるんだけどね。


「証人は顔を見せなさい」


 裁判長に命じられ、証人がフードを外して顔を見せる。


「なっ!?」


 そしてそれを見た俺の家族達、取り分けゲオルグ兄上が激しく動揺する。

 なにしろその人物は、数週間前にゲオルグ兄上との後継者争いに敗れ行方不明になっていたからだ。

 証人台に上がったのは、ローカリット家次男グレイ=テクセッタ=ローカリットだった。


「ああっ」


「お前っ!」


 母上があまりの光景に気を失って倒れてしまう。

 そりゃそうだ。

 息子が犯罪の容疑で裁判にかけられ、それを訴えたのがもう一人の息子なのだから倒れて当然だ。


「証人グレイ=テクセッタ=ローカリット。君は実の弟であるアーク=テッカマー=アルフレイム男爵が、違法に取引された炎塩を使って呪われた森の浄化を行ったと太陽の神の神殿に報告したそうだが、それは事実かね?」


「事実です。わが弟アーク=テッカマー=アルフレイム男爵は、違法に取引された炎塩を使って呪われた森の浄化を行いました。現に現場にもぐりこませた私の部下が、アルフレイム男爵直々に炎塩を使って浄化せよと命令する場面を確認しております。これは貴族として、領主として許されざる犯罪です!!」


 会場が騒ぎ始める。

 そりゃあそうだ、裁判の場に実の兄が証人として現れたのだ。

 身内を守って恥を隠そうとする貴族社会ではありえない異常な光景である。


「静粛に!! 魔法審問官!!」


 裁判長が静まる様に声を上げ、魔法審問官の答えを待つ。


「嘘はついていません」


 会場が再びざわめきで溢れた。またしても嘘をついていないと証言されたのだ。


「裁判長、グレイ=テクセッタ=ローカリット氏の発言は他者の証言を無条件に信じてのモノです。現場を確認したという部下の証言も必要かと思われます」


 俺の弁護人が異議を申し立てる。

 周囲からも確かに、という声が聞こえてきた。

 皆混乱しているのだ。魔法裁判ならすぐに答えが出ると思っていたばかりに。

 今回の裁判は余りにも異例の辞退が多すぎて、傍聴人達も困惑を隠せないでいた。


「では、証人をここへ」


 グレイ兄上は一度下がり、証人用の席に座る。

 そして証人側の扉が開き、見覚えのない男が現れた。

 あれがグレイ兄上が現場に仕込んだ監視役と言うわけか。 


「証人セビエン、君はグレイ=テクセッタ=ローカリット氏に命じられ、アルフレイム男爵が不正を行う現場を目撃したというのは本当かね?」


 裁判長の質問にセビエンがうなずく。


「はい、私はグレイ様に命じられ、アルフレイム男爵が炎塩を使う所を監視していました。そしてアルフレイム男爵がレオン神殿長と炎塩を使っても問題ないと話し、その後作業員達に炎塩を使う様命じていました」


 裁判長が魔法審問官達を見る。

 傍聴席の貴族達も固唾を飲んで見守る。この言葉で全てが決するのだ。


「嘘はついていません」


 一際大きな声が上がった。

 これでローカリットとアルフレイムも終わりだな、などといった声が聞こえてくる。

 ゲオルグ兄上は憤死寸前、母上は気絶中、父上はよくわからん。シエラの両親はなんてこったと言いたげの表情で俺を見て、義爺さんはもう終わりかとつまらなそうにしている。

 そして当のグレイ兄上は満面の笑みで俺を見ていた。

 これでアルフレイム領は俺の物だと言わんばかりだ。

 けれど、それで終わっちゃあ観客も面白くないだろう。

 俺の弁護人がこちらを見る。

 始めて良いかと確認しているのだ。

 勿論俺は頷いてやってくれと伝える。


「待ってください。こちらにはアルフレイム男爵が炎塩を使っていないという証拠があります!」


 さぁ、反撃開始だ。

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