第31話 誘われる者達
俺とレオン神殿長はとある森に来ていた。
この森はレオン神殿長が浄化の依頼を受けた森で、今は魔物の毒で生き物を寄せ付けない呪われた地となっている。
「アルフレイム男爵、本当によろしいのですか?」
レオン神殿長が不安げに俺の顔を見る。
オッサンに上目遣いな目つきで見られても嬉しくないわ。
「ええ、私の方で『あて』ができましたので、全部使ってしまっても問題ありません。そう言う訳です
ので皆さんヨロシクお願いします」
俺が雇った作業員が炎塩の入った袋を運んでいく。
「後は浄化が完了するのをゆっくり待つだけです。我々は戻って休憩いたしましょう」
「え、ええ」
レオン神殿長は未だ不安げに作業の様子を見ているが、このまま居座られても困るんだよ。
「レオン神殿長は残られますか?」
「い、いえ! 私も戻ります!」
俺の言葉に慌ててレオン神殿長がついてくる。
ここに居る所を誰かに見られたら、何かあった時に自分が炎塩を用意した事がバレてしまうからだろう。
全く小心者だ。
だがその小心こそがレオン神殿長の首を絞める事になる。
◆
俺とレオン神殿長が依頼主の納める町のカフェで優雅なティータイムを終える頃になって、作業員が浄化の完了を告げに来た。
「どうやら終わったみたいです。レオン神殿長、依頼主を呼んできてください」
「は、はい。それにしても随分と速いのですね」
「私も驚きですよ」
浄化が予想以上にあっさりと終わった事でレオン神殿長は肩透かしを食らったようだ。
こんな簡単に事が終わるのなら、もっと早く炎塩を使っていれば良かったといわんばかりの顔で依頼主の下へと走っていった。
俺はそんな彼の背中を見ながら作業員に話しかける。
「浄化は上手くいったんだな?」
「ええ、アルフレイム男爵の依頼どおりに」
作業員の言葉を聞いて俺は満足の笑みを漏らした。
「舞台の開演はもうすぐだな」
◆
数日後、俺の屋敷に王都からの使者がやってきた。
メイド達に命じてある人物達に伝言を伝える様に言ってから使者の下へと向かった。
「お待たせしました、使者殿。私がアーク=テッカマー=アルフレイムです」
「これはご丁寧に。私は王都から派遣された監察官のアモンド=チョウゴと申します」
応接間のソファーで座っていた男、アモンドが立ちあがり、丁寧に一礼をしてくる。
「立ち話もなんです、どうぞお座りくださいアモンド監察官。君、お茶のおかわりを。それともアモンド監察官は酒の方がよろしいですか? わが領地では特に酒に力を入れておりますので、アモンド監察官殿もいかがです?」
「おお、アルフレイム男爵の酒造魔法ですな。非常に興味深いですが……今は仕事中ですので、残念ですが辞退いたします」
アモンドはやんわりと俺の申し出を辞退する。
「そうですか、それは残念。酒のつまみに良い塩が手に入ったのですが」
その瞬間、アモンドの目が鋭く光る。
上手く食いついてくれたみたいだ。
「塩、ですか? なぜそれがつまみに?」
「いえね、遠方の土地には塩を酒の肴にする地方があるのですよ。私も最初は半信半疑だったのですが、実際に口にしてみて考えが変わりました。本当に美味しい塩ならば、それだけで酒の肴足りえると」
「ほぅ、それは興味深い。少々お話を聞かせて頂いても?」
アモンドは不自然な程、話に乗ってくる。
先ほどまでの真面目な男の雰囲気から、あっという間に話の分かる男へとその雰囲気が一変していた。
コレは知らないヤツならコロリと騙されるだろうな。
だが俺はあえて彼の空気にだまされる。
「実はチャマッテの町にある夜の紙の神殿で、炎塩という貴重な塩を頂きましてね。その塩が酒に良く合うのです」
「ほほぅ、炎塩ですか。一度見てみたいですな」
「かまいませんよ」
俺はベルを鳴らしてメイドを呼び出す。
「食料庫から炎塩と書かれたビンを持って来てくれ」
「かしこまりました」
メイドは音を立てずに部屋を出て行く。
「はは、楽しみですな」
などど言いつつも、アモンドの目は猛禽の輝きを宿していた。
◆
「これが炎塩ですか。それにしても赤い、まるで炎のようだ」
メイドが持ってきた炎塩を見ながらアモンドが唸る。
彼が言うように炎塩は真っ赤な色をしており、コレを溶かして固まりにしたらルビーと勘違いされるかもしれないな。
「ためしに一口舐めてみますか?」
オレは小さなスプーンで掬った炎塩をアモンドに進める。
「いえ、結構です。所でアルフレイム男爵はこの炎塩を運んでいた神殿の馬車が襲われたという事件を知っていますか?」
急に話題を変えてくるアモンド。
どうやら仕事を再開するみたいだ。
「ええ。夜の神の神殿で働いていらっしゃるトーフーさんという方から伺いました」
「そうですか。ですが私共の調査では、アルフレイム男爵が炎塩を注文した直後に炎塩を運んでいた馬車が襲われています。それ故、アルフレイム男爵の下には炎塩が届いていない筈なのですが、『何故』ここに炎塩があるのですかな」
「これはとある方から、購入した物ですよ」
ここで購入という言葉を強調する。
「ほほう、とある方ですか。ところでアルフレイム男爵はこの町の太陽の神の神殿から、大量の炎塩の仕入れを依頼されたそうですね。しかしですね、先ほどお話した炎塩を運ぶ馬車が襲われた3日後に、この町の太陽の神の神殿に炎塩が運び込まれたという情報が我々の下に入ったのですよ」
まだまだアモンドの口撃は終わらない。
「そしてその太陽の神の神殿は、とある森の浄化を行う為にその炎塩を使用したそうです。ですが夜の神の神殿はその太陽の神の神殿には炎塩を販売していないと言いましてね。では一体誰が太陽の神の神殿に炎塩を融通したのでしょうか?」
「たまたま在庫を持っていた商人では? 塩と言う物は腐って食べられなくなる物ではありませんからね。値が上がる時を待って保管していたのでしょう」
「確かに。ですが炎塩の取り扱いには様々な規制が掛けられています。それ故誰が所持しているかはすぐに分かるのですよ」
「成程。では現在所持している誰かが太陽の神の神殿に炎塩を販売したという事ですか?」
「そうなります。ですが、我々の記録にある所持者に聞き取りをしました所、誰も炎塩をその太陽の神の神殿に販売してはいなかったのですよ。勿論在庫の確認もさせて頂きました。森1つを浄化するだけの量です、たとえ複数の仕入先から分担して仕入れようとしてもそれなりの量が必要になります。しかも依頼者は、こう言ってはなんですがそういった伝手を持ってはいない様で」
暗に権力闘争に敗れて孤立無援だという事を匂わせてくる。
「そうなると我々はアルフレイム男爵の手に入れた炎塩の出所が気になった訳です。同じ領地内でしかも大量の炎塩を求める人物とその仲介を請け負った人物。偶然と考えるにはいささか出来すぎではありませんか?」
確かに、余りにも不自然すぎて逆に疑うくらいである。
アモンドは立ち上がり、懐から一枚の紙を取り出した。
「アルフレイム男爵、ある人物からの通報により、貴方と太陽の神殿の神殿長レオン殿に炎塩盗難の嫌疑が掛かっております。大人しくついてきて頂けますかな?」
「……ふぅ、しかたありませんね」
俺もまた立ち上がり彼の要請を承諾した。
さぁ、開演だ。
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