第30話 転がり落ちる兄

「俺の依頼主は、グレイ=テクセッタ=ローカリットだ」


ビエンの口から語られた黒幕の正体、それは俺の兄の名前だった。


「はぁ!?」


 予想もしていない名前に思わず声がでる。


「いやいやいや、何でそこで兄上の名前が出るんだ!?」


 突然の事に混乱して上手く思考が纏まらない。


「アーク、まずは聞くのが大事」


 シエラが俺を抱き寄せてそう言い聞かせてくる。

 ああ、確かにそうだ。まずは聞かなくては。


「すまん、続けてくれ」


「は、はい……俺は2週間前に冒険者組合から依頼を受けて、依頼主を隣町まで護衛してきたんです。それで終わりかと思ったんですが、組合を介さずに直接依頼がしたいって言われて……その、報酬が良かったんで……受けました」


「仕事の内容は?」


 俺に変わってシエラが促してくれた。


「アーク=テッカマー=アルフレイム男爵の身辺調査です」


 室内の空気が変わる。ミッカさんとトーフーさんも話の流れがきな臭くなってきたと感じたらしい。


「内容が犯罪って訳でもないんで小遣い稼ぎに依頼を受けまして、最初はなんの変化も無い仕事だと思っていたんですが、太陽の神の神殿長が男爵様の屋敷に入っていった事を報告したら依頼主がすぐに神殿長の事を調べろって言われまして。それで炎塩の事が分かったんです」


「どうやって調べた?」


「コレです」


 シエラの質問に親指と人差し指で円を作るビエン。賄賂で関係者に聞き出したという事らしい。

 責任者があれなら、部下も部下か。


「それで兄上に命じられて炎塩を強奪したのか?」


 俺の言葉にビエンの動きが止まる。

 さすがに神殿関係者の前で犯罪を犯したというのは答えづらいのだろう。

 だがそれを答えなければ国家反逆罪もありうる、ビエンはゆっくりとうなずいた。


「依頼主から人を集めて炎塩を奪う算段をとれといわれたんですが、さすがに犯罪はまずいと思い一度は断りました。けど、自分は貴族だから断るのなら適当な罪状をつけて犯罪者に仕立て上げるって脅されて仕方なく……」


 真実かどうかは分からない。だが実家を追い出されたグレイ兄上が隣町まで来ていて、しかも俺の調査までさせたというのならビエンに犯罪を強要したのも事実である可能性が高い。

 なんてこった、何だってグレイ兄上は犯罪なんかに手を染めてしまったんだ!?


「炎塩を強奪したのはそれを使って太陽の神の神殿長に貸しを作る為?」


 シエラがビエンに問う。可能性としてはそれが一番高いだろうな。いくらなんでも俺への嫌がらせの為に盗みを強要するとは思えないし。


「そこら辺は……俺に聞かれても」


 まぁそうだよな。普通金で雇った下っ端に教えたりなんてしないよなぁ。


「その発言は依頼主の身辺調査を行った後だから?」


「っ!」


 シエラの言葉にビエンの動きが止まる。


「どういう意味だ?」


 なぜそこでグレイ兄上の身辺調査なんて話になるんだ?


「依頼主からアークと神殿長の身辺調査を依頼されて、更に犯罪をする様命じられている。普通なら逃げるなり組合に泣きつけばいい。無断で依頼を受けた事の罰則は受けるだろうけど精々罰金程度。だとすれば危険を冒しても利益が確保できると判断して仕事をしていた可能性が高い。そしてその為にも依頼主の調査は必須。交渉材料は多いに越した事は無い」


「コイツがグレイ兄上を強請ろうとしてたって事か!?」


 頷くシエラ。

それを肯定する様に顔を青くするビエン。


「何故逃げた?」


 シエラは尋問を続ける。


「それは、金になりそうもなかったからです」


「本当に? 金になりそうだから危険な橋を渡ったのに何故?」


 シエラは淡々とビエンの言葉をつぶしていく。

 ビエンが言葉を濁してあいまいな言葉で逃げようとする度に明確な回答を要求した。

 そうして、遂にビエンは全てを明らかにした。 


「依頼主は太陽の神殿の神殿長が盗品の炎塩で汚染された土地を浄化するのを狙っているんです。ですがそれは太陽の神の神殿の神殿長を脅す為ではなく、逆にそれを公に明かす事でアルフレイム男爵の監督不行き届きを理由に弾劾する事が目的だったんです」


「俺を⁉」


 まさかグレイ兄上の目的が俺だったなんて。


「アークを弾劾する目的は?」


「……このアルフレイム領の統治権の奪取……です」


「「「「っ!?」」」」


 全員の開いた口が塞がらなかった。


「ええと、そんな事できるんですか?」


「いや、私が神殿関係者なので何とも」


 ミッカさんとトーフーさんがどうなんですかと俺に聞いてくる。


「無理ですよ。仮にこの計画が上手くいっても、俺が領主の座を追われる可能性はまずありません。この土地の元の領主は原因となった人物が領主の関係者だったからあのような結果になりましたが、今回は俺とは何の関係もない赤の他人が窃盗犯から知らずに購入した物を使おうとしていただけです。レオン神殿長が罰せられるかも怪しいですよ。今回は購入した後で盗品と判明したので、その後に使えば問題ですが、盗品を買い取って返却するのであれば罰せられる事はないでしょう。レオン神殿長は気付いていないみたいですけど」


 最後の皮肉にクスリと笑いながら肯定するトーフーさん。


「グレイ兄上が訴えたとしても、俺の評価が下がるくらいで領主の座を下ろされる事はあり得ませんよ」


 父上やゲオルグ兄上に同じ事を聞いても同じ答えが返ってくるだろう。

 いくらゲオルグ兄上との政争に負けたとはいえ、グレイ兄上がそれに気づかないとは思えない。

 いったいどういう事なんだ?


「続き」


 シエラがビエンに続きを話せと促す。

 そうだな、まずは全部聞かなきゃいけないな。


「依頼主にはその計画を成功させる為のあてがあるみたいでした。時折誰かに会いに行くそぶりがあったので、こっそり後を付けたんです」


「そのあても強請る為か?」


 俺の言葉にビエンが頷いた。なかなかのクズ野郎である。


「ですが、その相手を調べた事でこりゃあ駄目だって思って逃げを選んだんです」


「理由は?」


「依頼主の協力相手はレムネイド=サンタン、このハチャーン地方を支配していたサンタン家の分家の一人で、現サンタン家頭首の後見人です」


「サンタン家だって!?」


 サンタンといえば、俺がこの領地を得るきっかけになった貴族の名前じゃないか。


 サイドア=サンタン、余りの女癖の悪さ故に多くの女から恨まれ、遂にはそれが原因で死んだ女が悪霊になってしまい、あわや怨霊となって周辺地域一帯が祟りで汚染される寸前という事態に発展させた貴族のバカ息子だ。

 俺はその事件を解決した事で、サンタン家が統治していた領地の一部をアルフレイム領として賜る事になった。

 その後サンタン家は分家に家を乗っ取られて、本家の人間は強制的に隠居させられた筈だ。

 そのサンタン家の分家がなぜ俺を狙うんだ?

 むしろ連中からしたら、俺は本家を引き摺り下ろした味方といえると思うのだが。


「サンタン家の新しい頭首の後見人は分家達のまとめ役なんです。アルフレイム男爵が本家没落のきっかけを作った事で、機を見た後見人は即座に自分の派閥の分家から幼い子供を頭首に据えました」


「いくらまとめ役だからってそんな強権を発動できるのか?」


「それが、分家で結婚していない男はその幼い頭首しかいなかったみたいなんです。あとは女だけで」


 成る程、貴族家においては女でも後を継ぐ事は出来るが、出来る事なら男が喜ばれる。

 そして結婚している者では力を得る親が決まっているので、権力の半分を得る事の決まっていない未婚の男性が好まれるからだな。

 しかしコイツ、意外と情報収集能力が高いな。依頼を頼む際、そういう人材になる様グレイ兄上は希望したのだろうか?


「ですが、後見人は王家に領地の多くを没収されるまでは考えが至っていなかったらしく、そこを恨みに思っていたみたいです」


 なんか読めてきたぞ。

 後見人は王家に手を出す事は出来ない。だから領地を賜った俺に八つ当たりの意味を込めてグレイ兄上を唆したのか。味方の居ない兄上は他の貴族が力を貸してくれるならとその気になった。

 貧すれば鈍するという奴か。

 政争に負けた所為で此処まで判断力が落ちるとは我が兄ながら情けない。

 それともこれは俺が原因だからだろうか?

 最も劣っていると思っていた弟が成功したから、その焦りが原因で失敗したのか?

 だとすれば俺は……


「むぎゅっ」


 突然柔らかいモノが俺の顔面に押し付けられる。


「考えすぎ」


 シエラだ。シエラが俺を抱きしめた事でその豊満な両胸が覆いかぶさってきたのだ。


「アークは自分に出来る事をしただけ。あの人が失敗したのは唯の自業自得。アークの様に己に出来る事をしていればこんな事にはならなかった。他人の失敗を気にやむ必要は無い。アークにはそう言って良い権利がある」


「シエラ……」


 だとすれば、俺が道を踏み外さなかった最大の理由はシエラが居てくれたからだろう。


「有難う」


「お礼はお早い跡継ぎの仕込みで」


「……善処する」


 台無しだよこんちくしょう。


「あのー、そう言うのはお二人のときにお願いしますぅ~」


 ミッカさんが頬を染めながら苦言を呈してきた。

 見ればトーフーさん達も顔を赤くしている。


「すいません……」


「いえいえ」



 と、ともかく、ここに至り漸く黒幕の存在が判明した。

 兄上だけでなく、その裏に潜む者達まで見つかるとは思っても居なかったが。

 ビエンも兄上の後ろに別の貴族が居て、兄上は唯利用されているだけだと分かったからこそ、逃げの一手を打ったのだろう。

 後見人にしてみれば、実行したのはビエンだし、兄上は俺に逆恨みをしているだけで今回の件には一切手を貸していない。言い逃れなどいくらでも出来る。

 ビエンの悪知恵では手に負えない案件となっていたのだ。

 そりゃあ俺だって逃げるわ。

 けど逃げに回るのが遅すぎた。黒幕まで脅そうと情報を集めすぎたのが仇になったな。

 まぁ、俺達にとってはそれが幸いした訳だが。


「トーフーさん、炎塩の回収ですが、俺に考えがあるのでもう少しだけ待ってはいただけませんか?」


「何か良い案が?」


「ええ、その件でお二人にお願いが……」


 ミッカさんとトーフーさんを呼んで二人の耳元で作戦を提案する。


「良いですね、ウチの上役に相談してみます」


「私共もかまいません。炎塩の流通を正常かつ円滑に行うのが我々の仕事ですから」


 俺の提案に二人も乗り気だ。


「ではお二人の準備が整いましたら作戦決行でお願いします」


「「任せてください」」


 神殿の協力を取り付ける事にも成功したし、コレで俺達を振り回してくれた悪党共をギャフンと言わせる事が出来る。

 グレイ兄上には悪いけど、領主として通すべきスジは通させて貰う。

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