第27話 お兄様蒸発

「ただいま」


「お帰り」


 シエラが仕事から帰ってきた。

 そして使用人が居るにもかかわらず熱烈なキスをしてくる。

 若い使用人達が顔を赤くしていますよ、っていうか尻に手を回すな、揉むな。


「あ、これお土産。実家から」


「実家? 帰ってたのか」


 シエラが持ってきたのはクッキーだった。

 シエラの母親はお菓子作りが好きな人で、よく出来た菓子を使用人達に配っていた記憶がある。


「うん、お祖父様に報告するついでに寄った」


 俺は使用人にクッキーを預けるとお茶の用意を頼む。


「何か報告する事……って仕事の話か」


 さすがにそれを聞くのはマズイか。

 しかしシエラは違うと首を横に振る。


「子作りは順調かって話」


「いちいち報告せんで宜しい」


 何を報告させてるんだあの爺さん。


「職場でそういう話をするのはやめて欲しいって言われたからウチで報告するようになった」


「当たり前だ」


 職場でなんちゅう話をしとるんだこのフリーダム祖父娘は。


「あと面白い話を聞いた」


「面白い話?」


「うん」


 シエラがニヤリと意地の悪そうな顔をする。


 ◆


「グレイ兄上が?」


 私室に戻った俺達は使用人の淹れた紅茶を楽しみながら会話を再開していた。


「そう。アークが居なくなった後のローカリット家の家督争いに負けて出奔したらしい」


 まさかのニュースに俺は驚きを覚える。

 二人が争っている事は聞いていたが、まさかすでに決着が付いてしかもグレイ兄上が家を出ていたなんて。


「聞いてないんだが」


「きっとアークに心配をかけない為。アークは領主になったばかりだからお義父様も落ち着くまで内緒にしておこうと思ったんだと思う」


「けど兄弟の事なんだしさぁ」


 俺には兄が二人居る。

 長男であるゲオルグ兄さんと次男のグレイ兄さんだ。

 二人は特別優れている訳ではないが、俺と違って危なげなく魔法を覚えて貴族の椅子を確保していた。

 将来的には長男であるゲオルグ兄さんが後を継ぐと思っていたし、グレイ兄さんもそこそこ上手くやれる人だから独立するんだろうなと思っていたのだが、まさかこんな事になるなんて。


「二人はアークが爵位を貰って焦っていた」


「けど普通に考えれば長男であるゲオルグ兄さんが家督を継ぐだろ? 争う事自体がおかしくないか?」


 この世界じゃ魔法さえ使えれば貴族の地位は安泰だ。

 なにしろ魔法が使えると言う事は魔法の使えない者には無いアドバンテージがあるのだから。

 戦闘系にしろ生産系にしろ魔法が使えると言うだけで引っ張りダコだ。ただ暮らして行くだけならお金の心配をする必要はそうそう無い。

 たまに変な商売に首を突っ込んで大失敗する人も居るが。


「たぶんアークが領地を貰ったから」


「俺が?」


 何で俺が領地を貰うと兄上達が争うんだ?


「アークは魔法を使えなかった。それが魔法を覚えた途端伝説の酒を見つけたり、神酒を見つけて神殿とコネを作ったり、あまつさえ国王陛下に気に入られて爵位を手に入れた」


 最後のはお前の策略だろ。


「で、今回は領地まで手に入れた。今まで二人はアークの事を魔法が使えないオチこぼれだと見下していた。けど魔法が使える様になって初めてアークの恐ろしさに気付いた」


「俺の恐ろしさ?」


 酒しか造れない俺の何処が恐ろしいんだ?


「アークの最大の武器は人脈。魔法を覚える為に出会った様々な人達とアークはつながっている。特に魔法書を融通した事で貴族の座を維持できた人達はアークを強く信頼している。ビジネスパートナーとして、人として。だから恐れた。出来の悪い末の弟でさえこれなのだから弟が活躍したら長男である自分が受け継ぐべき家督が奪われてしまうかも。長男が家督を継承したら自分は何処にでもいるボンクラ息子と嘲笑われる存在になってしまう。末の弟以下の出来の悪い兄と思われる。だから椅子に座りたがった」


「マジか……」


 シエラが言葉にしてようやく俺は理解した。自分がいかに規格外の活躍をしてしまったのかを。

 そしてそれが兄達を狂気に駆り立ててしまった原因だったと言う事を。


「まぁ落ち込む事はない。アークはローカリット家から独立した貴族だ。いまさら出来の悪い義兄共が喧嘩した所で気にする必要もない」


「それを説明したお前が言うか」


「何故なら今から落ち込んだ夫を妻が慰めるからだ」


 それが狙いか。


「問題ない。たとえアークが領主の地位を追われても私は何処までも付いて行く。逃げてもな」


 最後のセリフで台無しですよ。


 ◆


 翌日、シエラに頼んで俺はローカリット領へと来ていた。

 本当は魔導伝信で済まそうかと思っていたのだが、ローカリット領には魔導伝信機センターが無かったのだ。

 俺は久しぶりの我が家に入る。

 門番が俺の姿を見て頭を下げる。うん、忘れられてないな。

 屋敷に入ると直ぐにメイド達がやってきて荷物を預かってくれた。

 この辺りはやっぱり中級貴族だよな。

 ウチも早く使用人の教育を行き届かせないと。

 父上への取次ぎを頼んだ俺はメイド達の淹れてくれたお茶をゆっくりと楽しむ。


 暫くすると応接間のドアが乱暴に開け放たれた。


「良く帰ってきたなアーク!!」


 父上だ。


「ご無沙汰しております」


「はははっ、堅っ苦しい挨拶などしおって、少しは領主らしくなったようだな!」


「まだまだですよ」


「それで今日はまたどうした? もしかして孫か? 孫が出来たのか!?」


 父上テンション高いな。


「違いますよ。今日来た理由は兄上達の事です」 


 すると俺の言葉を聞いた父上は途端に不機嫌になる。


「なんだ、もう知ってしまったのか」


「何故教えてくれなかったのですか?」


 父上はぐでーっとソファーにもたれかかると手をぷらぷらと振りながらぼやいた。


「領主になったお前には関係の無い話だからだ。大体家督というものはよっぽどのボンクラでもない限り長男が告ぐものだ。だというのにあのアホ息子どもはやくたいもない喧嘩など始めおってからに」


 どうやら父上が不機嫌になった原因は兄上達の様だ。


「グレイ兄上が出奔したと聞きましたが」


「そのようだ、今は何処で何をしているのやら」


 父上も消息を把握していないのか。

 大丈夫かウチは?


「問題ない。アレも貴族だ。お前と違って質素な生活など我慢できまいよ。魔法を使って荒稼ぎを始めれば直ぐに耳に入る」


 さすが、父上はそこまで考えて兄上を放置していたのか。


「所でゲオルグ兄上は? 家督を譲るのはまだまだ先のことでしょう?」


 一応祝いの言葉でも伝えようと思ったのだが。


「アレには儂の仕事の一部を任せてある。家督の継承が決まったのなら今のうちに領主の仕事を覚えさせんといかんからな」


 成る程。


「そうですか。兄上への祝いの品をメイドに預けておきました。新作の酒ですので後で皆で飲んでください」


 その言葉を聞いた父上が嬉しそうに起き上がる。


「おお、新しい酒か! どうだ? また美味くなったのか?」


「ええ、期待しておいてください」


 ◆


 父上との話も終わったがシエラが迎えに来るまではまだ時間がかかる。

 なので俺は三馬鹿に会うことにした。

 あいつ等は元々ゲオルグ兄さんの取り巻きだ。

 今回の事について何か知っているかも知れない。


「ゲオルグ様ですか? 勿論来ましたよ。家督を継ぐ為に俺の味方になれって」


 といったのは三馬鹿のリーダー格ユーゼスだった。


「で、どうしたんだ?」


「俺達はアーク様の家臣なのでご協力する事は出来ませんって断りました」


 意外な回答である。


「昔のよしみで協力するかと思ったんだが」


「いやいや、俺等アーク様の家臣ですから、俺等が協力するとアーク様も協力した事になっちまいますよ」


「あ」


 ケイサルの言葉に自分がローカリット家から独立した貴族になった事を思い出した。

 そうか、確かにそうなるな。しかしこいつ等結構頭が回るのな。


「それにアーク様の方が金回りが良いし、コネもあるし、こっちの方が美味しいモンな」


 ガンロが余計な事を言うと二人もそれに同意する。


「「なー」」


 コイツ等……

 はぁ……だが考え様によっては沈む船を見極める嗅覚に優れているって事か。

 それはそれで役に立ちそうだ。


「で、グレイ兄上が何処へ行ったかは知らないか?」


「確かハチャーン地方に向かう馬車に乗るのを見たって聞いた事があります」


「ハチャーン地方って……」


 ユーゼスが首を縦に振る。


「アーク様の領地がある地方です」


 あれー? なんだかすごいイヤな予感がしてきたぞー。


 ◆


 翌日、小アルフレイム領の屋敷に戻ってきた俺の元に、レオン神殿長が面会を求めてきた。

 自分の罪を白状する気になったのかと思い面会を許可する。


 そして応接間にやってきた俺を迎えたのは真っ青な顔で震えるレオン神殿長だった。


「これはまた随分と……」


「助けて下さいアルフレイム男爵!」


 おおー?


「私は騙されていたのです!!」


 そっかー、そう来たかー。

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