第26話 ツメの甘い塩泥棒
炎塩の取引担当者であるトーフーさんは言った。
「何者かに炎塩が盗まれました」
「は?」
盗まれた? 炎塩が?
「あの、盗まれたってそう言う事ってよくあるんですか?」
「いえ、このような事態は初めてです。どうも輸送の際、野盗に襲われ戦っている最中に後ろから奪われたとの事で」
我ながらおかしな質問をしてしまったものだがトーフーさんは至極真面目に応えてくれた。
「こう言う事を聞くのもなんですが、炎塩とはそれほど希少価値のある品なのですか?」
とはいえ相手は野盗だ。実際には何を運んでいるのかなんて向こうは知ったこっちゃないだろう。
「正直に言いますとですね、炎塩そのものは美味い塩でしかありませんね。浄化の力は希少ですがそもそも浄化が必要になる事態と言う物が稀ですし、その稀な場所に炎塩を持っていけば……」
「すぐに足が付く?」
トーフーさんが無言で頷く。
つまり危険を冒して盗むメリットが無いって事か。
トーフーさんは言葉を続ける。
「更に言いますとこの辺りはめったに野盗など出ません。この辺りを通るのは塩を売る商人ばかりというのはちょっと調べれば分かりますし、高価な品は多少高い金を払ってでも転移装置で送ったほうが安全で新鮮です」
つまりこの辺りを根城にする野盗にとって襲うメリットが少ないって事か。しかも相手は神殿の馬車、金目の物が無いのは明白だ。
「捕虜にした野盗は居ないのですか?」
基本神殿は特殊な場合を除き非殺だ。捕虜の一人位居るだろう。
「いえ、捕虜は居ません。基本遠距離から弓で牽制をしつつじわじわと近づいてきて、目的を達したと思しきタイミングで一斉に撤退したそうです。そしてその後、神殿に到着してから炎塩が盗まれた事が発覚したのです」
完全に炎塩狙いの犯行だな。
こうなると犯人は自然と絞られてくるなぁ。つーかいくらなんでもコレは犯人の特定簡単過ぎやしないか?
「あの、今現在炎塩を求めているのは俺以外に誰か居るんですか?」
まずは確認だ。彼等以外に炎塩を求めている人物が居るかもしれないからだ。
「申し訳ありませんが顧客の情報を漏らす訳には参りませんので」
そうでした。常識的に考えればそうだよね。
「ですがアルフレイム男爵の仰りたい事は理解できます。我々も同じ視点で事件を追っていますので」
考える事は一緒か。ならそう遠くない内に犯人は捕まるだろう。
◆
と言う訳で帰ってまいりました小アルフレイム領。
うん、シエラの実家と紛らわしいって事で非公式だけど大と小が付く事になったよ。
ウチは分家みたいなもんだしね。
といってもシエラが親父さんから領地を受け継いだら向こうはシエラの領地になる訳で、厳密には分家ではないのだが。
けど住んでる住人にとってはどうでも良い話だよね。
戻ってきた俺は使用人に命じて太陽の神の神殿に使いを出す。
レオン神殿長に今回の件を説明する為だ。
だが何時まで経ってもレオン神殿長がやって来る気配が無い。
急ぎの用事じゃなかったのかよ。
結局レオン神殿長がやってきたのは夕方だった。
「お待たせして申し訳ない。神殿の仕事が忙しかった故どうしても時間が取れなかったのです」
ホントかよ。この小さい町のちっさい神殿で神殿長が其処まで忙しくなる理由が考え付かん。
「それで炎塩は手に入ったのですか?」
「それなのですが……」
「なんとそのような事が!」
炎塩が盗まれた事を告げるとレオン神殿長は酷く驚いた……振りをした。
だって分かり安すぎるんだもん。驚きが足りないって言うか。
間違いなくこの人が犯人だわ。
「しかし、そうですか。盗まれたのなら仕方がありません。何か他の方法を探すしかありませんな」
うーんこの危機感の無いセリフ。最初の演技は何処に行った。
「正直……アルフレイム男爵でしたら何とかできると信じていたのですが。あともう少し早ければ……」
ついでにイヤミまで言ってきやがったよこのオッサン。
「申し訳ありませんね。こちらとしても在庫が無い物を受け取る事は出来ませんから」
「そうですか。仕方ありませんな。いや本当に仕方ありませんな。何とかして炎塩を持っている方を探し出して譲ってもらわなければ。それでは私はコレにて失礼。忙しいのでね」
最後までイヤミったらしいオッサンだな。
「まぁ犯人は直ぐに捕まりますからそれほど心配は要らないと思いますよ」
「え?」
レオン神殿長がぴたりと動きを止める。
「それはどういう意味で?」
「いえね。炎塩を取り扱っている神殿に確認したのですが、炎塩の流通は彼等がしっかり記録していて、何時誰にどれだけの量の炎塩を譲ったか、その炎塩が何処の土地の浄化に使われたかを綿密に記載しているそうです」
「そ、そうなのですか?」
レオン神殿長の顔色が青くなってきた。
「なので、浄化魔法の使い手の居ない神殿が土地の浄化を行えば直ぐに犯人が誰かばれるでしょうね」
「…………」
レオン神殿長の顔色は真っ青を通り越して幽鬼のようになっている。
私が盗みましたーって叫んでいるようなもんだなコレ。
「し、少々休養を思い出しましたので失礼!」
レオン神殿長は慌てて部屋を出て行ってしまった。途中何かにぶつかるような音が聞こえたがどうでも良いか。
「ホントにあのオッサンが犯人だとしたらずいぶんとツメが甘いなぁ」
そうして事件は予想もしない方向へと向かって行く事になるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます