第25話 流れる炎

 炎塩を求めてチャマッテの町にやって来た俺の前に現れた人物、夜の神の神殿の神殿長ノハーナウは言った。


「ご用件は炎塩ですかな」


 うーん、どうやらこちらの目的は既にバレてたっぽい。


「色々とご存じのようですね……初めましてノハーナウ神殿長。アーク=テッカマー=アルフレイムです」


「はっはっはっ、我が神殿は国内で唯一炎塩を取り扱っている神殿です。それゆえに炎塩の需要についてはちゃんと把握しているのですよ。誰が炎塩を求めているのかなどは特にね」


 完璧にバレてるっぽいです。


「時にノハーナウ神殿長殿、私が第三者に依頼されて炎塩を求めに来た場合、神殿は私に炎塩を譲って頂けるのでしょうか?」


 俺の質問に神殿長は笑顔で首を横に振る。


「いかなる理由があろうとも流通の量は決められた量を超える事はありません。これは夜の神が定められた事なのです」


 神が決めたか。そういわれたらこちらも無茶を頼む事はできないな。

 伝統やしきたりなどの規律は神殿が率先して守るべきだと声を上げる事だからだ。

 というか組織が組織である以上規律を守るのは当然だ。主に上に居る者達の為に。

 しかし困った。交渉はさっそく暗礁に乗り上げてしまった訳だが、どうしようかねこれ。

 そもそも太陽の神の神殿の動向が完全に彼らにマークされているのなら、俺が間に入っても意味がないじゃないか。

 それによくよく考えたら太陽の神殿も夜の神の神殿も根本は同じ神を祭っているわけだし、調べようと思えば簡単に調べられるんだろうな。


「とはいえ、アルフレイム男爵が個人的にお求めになられる分でしたらお譲りできますよ」


「え?」


 どういう事だ? 流通量は決まっているんだろ? だったら俺に流す事は無理なのでは?


「一般流通枠と言う物があるのですよ。炎塩の流通はまず一年の卸す事の出来る量から始まり、神殿などの大量に使う組織に流す分、緊急時の備蓄分など細かく決まっています。その中の個人流通分の枠ならばお譲りできます。勿論個人にお譲りできる分量も決まっていますがね」


 ほほう、そう言う事か。しかしまぁ……


「随分と細かいのですね」


 神が決めた事というがそれにしても細かい。普通神の決めるルールはもっとざっくりした内容が多いのだ。あれはするな、これはして良いとか。炎塩の流通は年にどれだけというのは分かるがそこに組織や個人などの細かい所まで決まっているとなると随分と細かく感じる。


「お察しの通りです。炎塩の年間の流通量は神お決めになった事ですが、その中の枠決めは我々が決めた事です」


 ああ、やっぱりか。


「かつて細かい配分が決まっていなかった時代では特定の者達が炎塩を大量に買い求め、流通を麻痺させる事で必要とする者達に高値で炎塩を販売する問題が発生していました」


 要するに買占めか。


「そのような事が長く続き、他の神殿や国から問題視される事となりましてな。それで多くの組織が話し合う事で現在の流通量が制定された訳なのです」


 なるほど、国もからんでいたのか。それなら納得だ。

 国、というか第三者が絡んでいるのなら不正もしにくいだろうから流通がちゃんと制限されているのも分かる。


「では個人販売分でかまいませんのでお譲り頂けませんか?」


「よろしいでしょう。ですがアルフレイム男爵にお譲りできる分量では、今最も炎塩で浄化を行ないたい者達の必要とする分量を満たす事は出来ませんよ」


「どのぐらい足りないのですか」


「個人に流通できる量を1とするのなら神殿に流通できる量は100です」


 ああ、全く足りんわ。


「それに炎塩が無ければ浄化が出来ないという訳ではないのですよ」


「え?そうなんですか?」


 神殿長は重々しく頷くと少し機嫌悪そうに語り始める。


「神聖魔法の中には除霊用の退魔魔法の他に、土地を清める浄化魔法が存在します」


 ほう、それは初耳だ。神殿の所有する魔法と言うのは霊酒の時の様に神殿の権威を守る為に秘匿されている物が多い。

 それ故に神殿になんらかのコネが無ければ、存在され知る事の出来ない魔法もある。

 浄化魔法もそういった秘匿魔法の一つなのだろうか?


「土地を浄化する浄化魔法と除霊用の退魔魔法は同一視され多く人は退魔魔法に浄化効果があると勘違いしていますが、この二つは全く別の魔法です。ただ、浄化魔法が必要なほど土地を汚染する強力な悪霊や魔物が現れる事は稀なので、退魔魔法の方が需要があり必然的に覚えようとする者も多いのです。そしてソレが原因で浄化魔法の使い手が減っているのです。需要のある魔法の方が信徒として活躍できるので、出世を望む者金を設けようとする者はそちらばかり覚えるのです」


 成る程。まぁ、需要と供給から考えれば当然だな。


「まぁ、それは個人の選択なのでかまわないのですが、それを神殿が止めない事が問題なのです」


 神殿が止めない? 神殿に信徒が覚えようとする魔法の種類を強制する権利は無い筈だが?


「個人の自由を尊重するのなら別に問題ないのでは?」


「全体の質の問題なのです。皆が皆同じ魔法を覚えれば必然的に質の高い者と低い者の差が出てきます」


 うーん、ソレはわかるが確か除霊の出来る神官は数に限りがあるから多少能力が低くても上手く振り分ければ良いんじゃないだろうか?


「能力の低い者は弱い霊の除霊に回ればよいのでは?」


「弱い霊では報酬が低いのです」


 マネーの問題だった。


「神殿に悪霊の退治を依頼すると、悪霊の強さに応じてお布施の額が決まります。細かい事は省きますが、それを利用して荒稼ぎする者達が居るのです。夏の除霊依頼が増える時期を利用して除霊待ちで怯える依頼主に接触、自分のコネで早く依頼を受けさせてやると言って仲介料を払わせた上に除霊した悪霊の強さを水増しして高い除霊料金を要求します。依頼主は悪霊に怯えているので多少高くても金を払います。そして金が払えなければ神罰が下ると脅し借金をさせてでも払わせ、悪霊が強くて倒せなかったら理由をつけて逃げだします。依頼主が訴えようにも顔を隠しての犯行な上に、神殿には一切届け出無しで行なわれる除霊なので犯人の捕まえ様が無いのです」


 大変だなぁ。けどそれと浄化魔法の使い手が少ない事に何の関係があるんだろうか?


「つまりですね、弱くとも退魔魔法が使えればそうした荒稼ぎが出来ると言う事は、需要の少ない浄化魔法を研鑽するよりも実入りが良いと言う事なのです」


 なるほど、高く売れる商品を売りたいのは皆同じか。問題はそれをしているのが神官という所な訳で。


「本来なら各神殿に最低2人は浄化魔法の使い手が必要なのですが、そうした理由から強力な浄化魔法の使い手は減る一方なのです。神殿も退魔魔法の使い手が多い方がお布施が増えるので浄化魔法の使い手の育成には乗り気では無いのです」


 上も腐ってんなー。まさに生臭坊主。


「そうした理由から炎塩で楽して浄化をしようとする人達が増えている訳ですね」


「その通りです。ですが炎塩は一年に採取できる量に限りがあり、借りに神の定めた供給制限が無くとも用意する事など出来ないのですよ」


 ああ、もともと採取量にも制限があったのか。それじゃどうしようもない。


「その事は……」


「勿論説明しました。ですがそこを何とかしてくれと聞く耳を持たず……」


 金目当てで浄化魔法の使い手の育成を怠り、神の定めた制限も守ろうとしないとは……


「それだったら他の神殿の浄化魔法の使い手に頼るというのはどうなのですか?」


 炎塩が無理なら素直に浄化魔法の使い手を捜せばいいと思うのだがその辺はどうなんだろう。


「他神殿の浄化魔法の使い手の力を借りると言う事は、自分の神殿が力を借りた神殿よりも劣ると言う事。つまり出世争いの際にハンデとなる訳です」


 ホント生臭いなぁ。


「ですので優秀な司祭は金儲けにうつつを抜かしすぎずに、優秀な浄化魔法の使い手の育成にも力を入れる訳です」


 こんな裏話を聞いたらもう神殿の上層部に敬意を払えそうも無いなぁ。しかしこの人こんな事を言っちゃって良いのか? 神殿のスキャンダルだろう。


「どうせそれなりの地位の貴族や耳の良い人達には知られている事です。アルフレイム男爵も遅かれ早かれ耳にする内容ですよ」


 どうやら貴族も一枚噛んでいるみたいだ。まぁ宗教に力を付けられたら困るってのが貴族側の理由かな。

 だから神殿の不祥事にも目を瞑っている。

 いざ神殿の力が強くなりすぎて貴族の脅威になったら、それを暴露して神殿側の力を削ぐ材料にするつもりなんだろう。


「でも炎塩が手にはいらないという事は嫌でも他の神殿に頼らないといけませんね」


「はっはっはっ。いやまったくもってその通りですよ。はっはっはっ」


 滅茶苦茶笑顔で笑う神殿長。もしかしてよっぽど件の依頼主に腹を立てていたのだろうか。


「それでは仕方ありませんね。その人物には諦めて不利な出世争いに挑んで貰う事にして、私の分の炎塩だけ譲って頂く事にしますか」


「承知いたしました。それでは後日神殿にいらしてください。アルフレイム男爵にお譲りする炎塩をご用意させて頂きます。そうそう、炎塩は浄化だけでなく単純な塩として料理に使う事もできるのですよ。ぜひお試しください」


「それは楽しみです」


 その後、俺達は仕事を忘れて談笑しながら食事と酒を楽しんだ。


 ◆


 翌日、夜の神の神殿にやって来た俺だったが、なにやら神殿の雰囲気がおかしい。

 殺気立っているというか、随分とぴりぴりした感じだ。

 とりあえず受付けの神官に炎塩を受け取りに来た事を伝えよう。


「先日はどうも」


「これはアルフレイム男爵様。申し訳有りませんが本日神殿長は急な用事が入りまして、予定されていた面会の日程に遅れが出そうなのです」


 やっぱり何かあったみたいだ。と言うかその話は昨夜の話で解決しているからもう良いんだがな。


「いえ、それはかまいませんよ。ソレよりも炎塩を受け取りに来たのですが担当の方から何か聞いていませんか」


「え! 炎塩ですか!?」


 炎塩の名を聞いて動揺する受付の神官。


「し、少々お待ちください」


 受付の神官はそう言うと神殿の奥に向かって走っていった。


 ◆


 数分ほどすると、受付の神官は別の神官を連れて戻ってくる。


「初めましてアルフレイム男爵、私炎塩の取引を担当させて頂いております、トーフーと申します」


トーフーと名乗った神官は金髪をオールバックにしてピシリと背筋を伸ばした生真面目な印象を受ける人物だった。黒服を着て執事とかしたら似合うだろう。


「初めましてトーフーさん。アーク=テッカマー=アルフレイムです」


 一通りの挨拶をした所でトーフーが語りだす。


「アルフレイム男爵、申し訳有りませんが貴方に炎塩をお譲りする事が出来なくなりました」


 なんと、一体どんな理由でそうなったのか? もしかして俺が他の神殿からの依頼を受けていた事が問題になったのだろうか?


「何か俺に落ち度でも?」


「いえ、アルフレイム男爵に落ち度はございません。どちらかといえば当方の落ち度です」


 間違えて他の誰かにうっちまったとかか?


「一体何があったのですか?」


 トーフーは眉間に皺を寄せるも堪忍した様に語りだす。


「注文を頂いたアルフレイム男爵に話さない訳にもいきませんね。実は……」


 さすがに周囲に聞かれたくないのだろう。トーフーは俺の傍に寄って耳元にささやく。


「炎塩が盗まれました」


 大事件発生である。

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