第22話奉納の儀

 奉納は月の女神の神殿で行なう事になった。

 本来このあたりの土地は風の女神の神殿の権威が強いんだが、以前の怨霊騒動で世話になった月の女神の神殿の神殿長に頼まれてやむなく神殿の設立を受け入れる事となった。

 風の女神の神殿も怨霊騒動を解決できなかった引け目があるので、俺の領地となった土地に月の女神の神殿が出来るのを拒否できなかったりもする。

 まさかとは思うが、月の女神の神殿長はここまで計算して力を貸してくれたのだろうか? いやそれは考え過ぎか。

 そんな事情で出来上がった月の女神の神殿だが、以外にもつつましい建物だった。


「結構小さいよな」


「だな」


 俺の呟きにシエラも同意する。

 月の女神の神殿は新築にも限らず普通の一軒屋ほどの大きさしかなかった。


「神へ祈りを捧げる場所に大小はありませんよ」


 神殿の奥から若い女性の声が聞えてくる。マズい、聞かれていたか。


「ようこそいらっしゃいましたアルフレイム男爵様、私が当神殿の責任者であるミッカ=レンジィです」


「大山脈……」


「は?」


 神殿の中から現れたレンジィと名乗る女性は大山脈を携えて現れた。

 さすが神殿の責任者を任せられているだけはある。溢れんばかりの信仰心が一部に凝縮されているようだ。


「…………」


 シエラの視線が刺殺できそうな感じで痛いのでこの話はこれくらいにしておこう。 


「初めましてレンジィさん、アーク=テッカマー=アルフレイムです。こちらは妻のシエラ」


「初めまして、シエラ=デル=アルフレイムです」


 シエラは楚々とした態度でレンジィ女史に挨拶をする。


「私の事はミッカとお呼びください。責任者といっても他に適任者が居なくて消去法で選ばれただけですので」


 意外に謙虚な人だ。それともわざと言っているのだろうか?


「ご謙遜を、仮にも神殿の責任者として選ばれたのですから、十分信頼されていると言う事では無いでしょか?」


「あはは、そうでしょうか? まぁ立ち話もなんですのでどうぞ中にお入りください」


 ◆


 ミッカさんに連れられて神殿に入ると、中は意外にもちゃんと神殿をしていた事に驚く。

 神殿の中には祭壇があり礼拝スペースも完備されている。


「どうです、小さくてもちゃんと神殿でしょう?」


「ええ、正直驚きました」


「ある程度大きな町では神殿も大きくなりますが、小さな町ならこの位が普通ですよ」


 そうだったのか。よくよく考えるとウチの実家もシエラの実家もそこそこの広さの領地持ちだから他がどうかは判断できないもんな。

 俺が出かけるような土地は大抵魔法書の取引が出来るような大きな町ばかりだから、逆に小さい町の常識というのは新鮮だ。


「では奉納品をお納めください」


「はい」


 ミッカさんに促され使用人達が奉納品を祭壇に飾っていく。

 そしてその光景を見ていたミッカさんの顔がドンドン青ざめていく。


「どうしましたかミッカさん、何やら顔色が優れませんが」


「……あの、これ全て奉納品ですか?」


「ええ、そうですが。それが何か?」


 ミッカさんが眉間に手を当てて揉み解ながらうなり始める。

 何か可笑しい事でもしてしまったのだろうか?


「その……ですね……奉納品というのは沢山捧げなければいけないと言う物ではないのですよ。大事なのは神への感謝と敬いの気持ちを表すことなのです」


 うん、それは知っている。というか実家に居た頃も神殿の年寄り司祭達が耳にタコが出来るくらい何度も行っていたからだ。


「ええ、知っています。ですから実家で奉納していたのと同じ位の数に留めておいたのですが」


「うん、ウチもこの位だな」


「…………」


 ミッカさんがマジで? って顔でこちらを凝視する。

 もしかして普通じゃないのか?



「……分かりました。アルフレイム男爵のご実家がそれだけの品を奉納できるだけの財力を持っているのは理解しました。ええと、一応言っておきますとですね、一般的にこの領地くらいの広さでしたらアルフレイム男爵が初代領主である事を考慮しましても金貨十枚ほどの品を1点出せば十分かと」


 以外に安い。


「ですが今回御用意された奉納品は材料を考慮して考えると、一品当たりの価格が推定でも金貨50枚クラス、それを4点となるとかなりの大都市レベルの奉納品となります……」


 やはり普通じゃなかったようだ。


「とはいえ既に用意されてしまったので今後もこのランクの奉納品を納めて頂く事になり、その……言い難いのですが生活にかなりの負担が掛かる事になるかと」


 成る程、ミッカさんの顔が青ざめていたのはその所為か。次回以降の奉納で、最初に収めた奉納品よりもランクが下がると神様がヘソを曲げちゃうもんな。


「ソレでしたら心配ありませんよ。スピリッツドラゴンの鱗は使いまわしが効きますし、魔法で同じレベルの酒を用意する事が出来ますから。他に奉納する品についても、これまでの蓄えが有りますから自分の代だけなら十分奉納を続けていけます」


 俺のフォローを聞いたミッカさんは納得がいったと言う顔でこちらを見る。

 他人に家の台所事情を心配してくれる辺り結構良い人なのかもしれない。


「なるほど、アルフレイム男爵様は酒造魔法の使い手ですものね。その関係で貯蓄も十分という訳ですか。いやいや、魔法商家の方は本当にうらやましいですねぇ」


 魔法商家と言うのは前に説明した、爵位を継けず魔法で商売を始めた者達の事だ。

 爵位を受け継ぐ貴族子弟にとっては、貴族で有りながら貴族の仕事を出来ない者に対する嘲りの意味のあるのだが、庶民からすれば羨望の対象を意味している。

 何しろ平民が時間と金と労力をかけて成す事が魔法なら一瞬だからだ。

 あと魔法商家と言うのは戦闘魔法以外の魔法を使う者を指す意味もある。

 戦いにしか使えない魔法は戦時でもなければ冒険者以外は使い所を限られる。

 軍人になるにもコネは要るし貴族が傭兵になって正騎士にこき使われるなんて考えられない事だからだ。

 もっともかろうじて爵位だけが残った没落貴族が金目当てに傭兵になる場合もあるが。

 逆に戦闘用の魔法は商売に結びつけられる物が多い。

 大抵の貴族子弟は最初の魔法を覚えたら、次は商売に使える魔法を覚えるものだ。

 俺の時はそれどころじゃなかったが。


「では奉納の儀を執り行いますのでこちらに」


 ミッカさんに促されて祭壇の前に並ばされる。

 建物が小さいのでミッカさんが祭壇の前に立ち、俺達がその直ぐ後ろに並ぶ感じだ。

 俺達の両サイドには儀式の手伝いをする為の若い神官が一人ずつ立っているが、二人共新人なのか随分と緊張していた。


「これより、奉納の儀を執り行う」


 ミッカさんが厳かな声で奉納の儀を始める。

 始めに神への感謝の言葉を述べ、奉納品の名を読み上げていく。

 次に奉納品を捧げる為の祈りの言葉を唱えていく。

 ミッカさんの祈りに合わせ、手伝いの神官達も祈りを読み上げていく。

 まるで歌を歌っている様にも聞える。

 祈りの言葉のテンションが上がっていくと、突然辺りが明るくなる。

 だが実際に明るくなっている訳ではない。そう感じているだけだ。

 神が光臨した証だ。この感覚は結婚式でも味わった事がある。

 親と共に実家の奉納の儀に参加した時よりも遥かに神を身近に感じる。

 なんかミッカさんがビクリと体を震わせた。どうかしたのだろうか?


「お、御神に捧げるはアーク=テッカマー=アルフレイムよりの供物也。アーク=テッカマー=アルフレイム、神へ供物を捧げよ」


 これは奉納の儀においてこの奉納品を捧げるのは私ですよと神に宣言する事を表す。


「私、アーク=テッカマー=アルフレイムは御神にこれなる品を奉納する次第でございます」


「神よ、新たな領主に祝福を!」


 神殿内が一際明るく輝いた錯覚を覚えたかと思ったら、あっという間に神殿は元の明るさに戻った。

 もちろん実際に明るくなった訳ではない。


「これにて奉納の儀を終了とします」


 額に大粒の汗を掻いたミッカさんが儀式の終わりを告げる。

 どうやら光臨された神が神界に帰られたようだ。


「これによってアーク=テッカマー=アルフレイム男爵は神に領主と認められました。神の期待を裏切る事なき様領主としての仕事に励んでください」


「アーク=テッカマー=アルフレイム承知いたしました」


 これでようやく領主としての仕事ができる。


「所で、この領地の守護神は一体誰になったんだ?」


 シエラが興味津々な顔でミッカさんに尋ねる。

 ああ、それは俺も気になるな。担当する守護神によって加護の内容も変わってくるもんな。

 そして担当する神様の事が分かるのは神殿の人間だけだ。

 さすがの魔法貴族も神に関する事だけは分からない。神は神聖で偉大な存在だからだ。


「ええと……アルフレイム男爵の守護神はですね……」


「守護神は?」


「六大主神が一柱、太陽の神バンチャティ様です」


 ……バンチャティ様って言うと確か……


「主神だな、神の中の神、あらゆる神の頂点に座するお方だ。ついでに言えば月の女神の夫でもあらせられるな」


 するりとシエラが説明をしてくれる。


「いや凄いな、バンチャティ様は主神だけあって、普通なら大国の城下町レベルでないと守護してくれないぞ。こんな小さな領地に加護を与えてくれるとか前代未聞だな」


 そういってハハハと他人事の様に笑い始める。実はお前も動揺してないか?

 ちなみにウチの実家は地の神様で中堅神、シエラの実家は火の神で同じく中堅神だ。


「ウチ、月の女神様の神殿なんですけどね……」


 ミッカさんが再び額に手を当ててため息を洩らす。奉納の儀の時に驚いていたのはそう言う事か。


「うむ、これは太陽の神の神殿の連中が神殿を作らせろって乗り込んでくるな。一体何日でやって来ることやら。ちなみに私は三日以内に来ると思うぞ」


 やれやれ、領主としての最初の仕事が神殿相手の仲裁になりそうな予感がして早くも胃が痛くなりそうだよ。

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