第21話お神酒を作ろう。

 奉納の為の酒は酒造魔法で作った酒をベースにする。

 結婚式で作ったヴェントデルアモールは酒の楽園で手に入れた酒竹から作ったバンブーフレイム、それに怨霊騒動で作った霊酒の味が加わり更に味が増していた。

バンブーフレイムによって辛みが増しており、霊酒によって霊体も味わえる様になっているので神に捧げるにはうってつけだ。

この酒にスピリッツドラゴンの鱗と始原の樹の実を入れて完成。後は時間を置くだけなのだが、奉納品を納めないと領主の仕事が出来ない為、熟成魔法の使い手を雇って早期熟成をさせる事にする。


「どうも、熟成屋のイニア=クーマンと申します。アルフレイム男爵様には当商店をご指名頂き誠にありがとうございます」


 熟成屋、文字通り熟成魔法を使って様々な物を熟成させる事を生業としている職業だ。

 商店といっているがもちろん彼は平民ではない。爵位を持たない貴族子弟は自らの魔法を生かした店を開く。そして同じ系統の魔法の使い手が集まって一つの商店が出来上がる訳だ。

 熟成屋は酒だけでなく、チーズなどの発酵食品を作る上で欠かせない職業なので熟成魔法を覚えた子供は攻撃魔法を覚えた子供よりも優遇されるのだとか。

 床屋と医者は食いっぱぐれが無いという奴だね。

 ちなみにクーマン氏を紹介してくれたのは怨霊事件で出会ったフラエ=マウンテ騎士爵だ。

 彼女は俺が奉納品を作ろうとしている事を察して奉納品に役立つ魔法の使い手への紹介状を送って来てくれた。

 同じ新人領主として仲良くしていきたいとの事だそうだ。

 何故かこの手紙をみたシエラが、

「この女とは余り仲良くしない方が良い」

 と妙に警戒していたのが疑問だったのだが。


 ◆


 早速クーマン氏を工房に連れてきて、漬けてある酒をテーブルに載せる。

「それではクーマンさん、よろしくお願いします」

「はいはい。では、シーザマチュア!!」

 クーマン氏が魔法を発動させると、スピリッツドラゴンの鱗の色がわずかに褪せ、代わりに酒が薄く琥珀色に変わっていった。

「完成です」

 あっさりと出来上がったと告げるクーマン氏。人の事は言えないが、やはり魔法であっという間に作られると拍子抜けである。

「では試飲と行きますか。クーマン氏もいかがですか?」

「宜しいので?」

「ええ、是非」

「それでは遠慮なく」

 クーマン氏と共に出来上がった酒を少量口に含み味わう。

「「う”」」

 一瞬で全身が燃え上がる様な錯覚を覚える。

 見ればクーマン氏も顔を真っ赤にして今にも倒れそうな顔をしている。

 急いで、といっても千鳥足状態だが、酔い覚ましの魔法薬を取り出しクーマン氏にも差し出す。


「これは……なかなか……キツイお酒ですね」

 酔い覚ましの魔法薬を飲んでしばらく安静にしていたクーマン氏がようやく口を開く。

「ですね」

 正直言ってこの酒はキツすぎる。とてもストレートで飲めたモンじゃない。

「やはりスピリッツドラゴンの鱗から出る成分がアルコール度数を上げているみたいですね」

「何とも濃い感じです。それに何と言うか体の奥で何か暴れるような感じがしませんでしたか?」

「クーマンさんもですか?」

「ええ」

 確かにクーマン氏の言うとおり体の奥、というか全身で暴れるような感覚に襲われた。 これも食材の効能だろうか?

「ちょっと確認したい事があるのでもう一度熟成をお願いできますか?」

「……かまいませんよ、別料金ですが」

 しっかりしている。


 改めて用意したのはベースとなる酒とスピリッツドラゴンの鱗だ。こちらには始原の樹の実は入れていない。

「これをお願いします」

「では、シーザマチュア!!」

 休憩して魔法を使えるようになったクーマン氏に再度熟成してもらう。

 完成したを今度は少量舐める様に試飲する。

「……今度のお酒は辛みこそ同じですが、体の奥で暴れるような感覚がありませんね。先程のような暴力的な酔いを誘発する感じもありません」

 ああ、やっぱりか。つまりこの暴れる様な感覚は始原の樹の実の効能だった訳だ。

 恐らくこの実には俺の想像を遥かに越えた滋養強壮効果があるのだろう。

 その効能が強すぎてあっという間に深い酩酊状態になってしまった様である。

 うーん、これじゃ効果が強すぎて普通の人が飲むのには適さないな。

 となると始原の樹の実はもっと薄めの酒に漬けて、強壮酒とするかカクテルの様にブレンドする事で飲む様にするべきかな。

 いや、実は一つしかないから、ここはブランデーの様に割って飲む方が良いか。

 うん、それだな。 

「これは水で割って飲んだ方が良さそうですね」

「確かに、酸味の利いたさっぱりとした果汁を混ぜるのもよろしいのでは?」

「良いですね」

 果実を混ぜて果実酒にするのも良いし、水で割った後にアクセントとして果汁を混ぜるのも有りだな。

 という訳で、酒はこれで完成した訳だな。

 料理の方はどうだろう?


 ◆


「これはお館様、ちょうど料理の方も完成した所ですよ」

 厨房に行くと何やらやりきった笑顔の料理長が出迎えてくれた。

 どうやら良いタイミングで来たみたいだ。

「こちらがスチームバイソンの酒竹蒸しです」

「酒竹蒸し?」

「はい、東洋では竹の中に米と言う穀物と肉や野菜を入れて炊き上げる料理があります。これを酒竹で行なう事で竹の香りが染み付いた香り高い酒蒸しが出来上がります。元々酒が入っていた竹なので酒蒸しにはうってつけでした」

 へぇー、そんな料理があったのか。世界は広いな。

「なかなかいけるぞ」

 そう評価したのはほっぺたを膨らませてモグモグしているシエラだった。

 姿を見ないと思っていたらこんな所に居たのか。どうやら試食狙いだったらしい。

「お館様もどうぞ」

「じゃあ遠慮なく」

 これは奉納する為の料理なので、ちゃんと味見をして奉納するのにふさわしいかどうか確認しないとな。

 手渡させた皿に載った酒蒸しは竹の串がさしてある。フォークでなく串を使う所も異国料理として見栄えをよくする為なのだろう。

 串を掴んで近づけると竹と酒の匂いが香ってくる。

「はむっ」

 料理を口の中に入れゆっくり噛むと、酒と絡んだ肉汁が流れ出し口の中に広がる。

 まるで暖かい酒を含みながら肉料理を食べているような気分になる。

 スチームバイソンの肉には切れ込みが入れてあり、味が染み込んだ肉が口の中でホロホロと崩れていく。食べる人の事を考えた一手間だ。

 時折ピリリと効くのは香辛料の味か。

 普段口にする香辛料と違い、ただ刺激が強いのではなくさわやかな爽快感を感じる。

 これがエンシェントスワローの羽を使った香辛料か。

 口の中を風が吹いている感じでミント系と違った爽快感だ。

 跳ねに宿った風の精霊が遊んでいるのだろう。

「いかがでしょうか?」

「良い出来だよ。奉納用の酒が辛めの味だから調度良いツマミになるね」

「恐縮でございます。それでは二品目をどうぞ」

 料理長が合図をすると厨房の奥から新たな料理が運ばれてくる。

「こちらはスチームバイソンのステーキです」

 鉄のステーキ皿に乗せられたステーキがテーブルに置かれる。

「どうぞ」

 料理長に促されるままにステーキにナイフを入れる。

 切った場所から肉汁がスープのように溢れステーキ皿に流れ出す。

「では頂くとしますか」

 切ったステーキを口の中に入れる。

「ふむ」

 先程の酒竹蒸しとは違い、スチームバイソンのステーキは本来の肉の味以外は少量の塩で味付けされているだけだった。

 これはこれで上手いがちょっと拍子抜けかな。

「スチームバイソン本来の味を堪能して頂けましたらお次はソースをどうぞ」

 料理長が合図をすると厨房の奥からコックがソースの入った容器を持ってくる。

 なるほど、食べ比べをさせる為にシンプルな味付けにしてあったのか。

「まずは香りつけから」

 そう言って料理長はステーキに軽く酒をかけ、火魔法で酒を発火させる。

 途端にトロピカルな果物の匂いが厨房に満ちる。どうやらかけられたのは果実酒の一種だったようだ。

 更に料理長は燃え盛る火にとろみの付いた琥珀色のソースをかけて火を消化する。

「果実酒の香り付けとフルーツベースのステーキソースです。どうぞお召し上がりください」

 これはなんとも食欲をそそる香りだ。

 ソースをたっぷりと絡めたステーキを口の中に入れる。

 複数の果物の味が混ざり合ったソースで肉の味が面白いくらい変わる。

 フルーツソースの甘みが最初の味付けで付いていた塩味によりさらに引き立てられて甘さを強調する。 

「三品目はスチームバイソンのチーズ焼きです」

 今度は小さく切られたスチームバイソンの肉が差し出される。

 が、その料理を見た俺は違和感を感じた。

「チーズっていうけど、チーズが見当たらないんだが?」

「お召し上がりになれば分かります」

 とりあえず食えってか?

 まぁ料理を前にして長々とうんちくを聞かされるよりは良いか。

 切り分けられた肉を口の中に入れ軽く肉を噛む。

「!」

 なるほど、喰えば分かるってのはそう言う事か。

「肉の中にチーズを仕込んでいたのか」

 正解を言い当てた事で料理長が満面の笑顔を浮かべる。

「はい、スチームバイソンは蒸気穴によって様々な味付けが出来ます。今回はその穴を使って暖めたチーズを流し込みました」

 うーむ、これは酒のつまみにいいな。チーズジャーキーにしたら良い感じで酒が進みそうだ。 

「三品目はクラウドスライムの三味漬けです」

 今度の料理は三色に色付けされた雲だった。

「こちらの特製スプーンを使ってお食べ下さい」

 クラウドスライムは捕獲の方法が特別で食べる時も専用の道具が必要となる、なにしろ雲だからな。

 青く輝く不思議で美しいスプーンで琥珀色の雲をすくい口に運ぶ。

 口の中に雲が入ると、噛んでも舐めてもいないのに口の中にオニオンスープの味が広がる。

 これがクラウドスライムの味わいかたか。なるほど、これなら歯の抜けたお年寄りでも楽しめる訳だ。

 次は赤色の雲を口に運ぶ。

「これは、辛いな」

 今度は海老のチリソース味か。なるほど、それぞれの色に応じた味付けがされているって訳か。

「クラウドスライムは小食な方が様々なフルコースを楽しまれる為にも使われる食材でございます」

 これは面白いな。じゃあ最後の青いのは何だろうか?

「っ! 甘いな」

 今度は飛びっきり甘い砂糖菓子の味だ。

 けど本物の砂糖菓子じゃないから口の中がベタつく感じもないし、後も引かない。

 雲が消えればあっという間に味が無くなるので甘い物が苦手な人にも良いかもな。

「これも面白かったよ。うん、よし! この料理を全て奉納品にするぞ!」

「光栄の極みです」 

 これで料理も出来た。よし、あとは奉納するだけだ。

「残り食べて良いか?」

 俺が奉納を決めた後ろでちゃっかりシエラがステーキにフォークを刺している。

「却下、お前さっき試食したろ」

「夫婦とは喜びも苦しみも料理も分かち合うものだぞ」

 などとほざきながらそそくさと肉を口に入れ始めるシエラ。

「ふざけるな、たとえ夫婦であっても皿の上は侵されざる神聖な空間だ」

 俺もまけじと酒竹蒸しを口に運ぶ。

「甘いな、食堂は戦場だ。フルアクセル!」

 シエラの姿がブレて凄まじい勢いで料理が消えていく。

「バカかお前は! こんな事で戦闘用の高速魔法を使う奴がいるか!!」

「ココニイル!!」

 高速で返事をして居る為に声がブレて聞えずらい。

 こうなったらこちらにも考えがある。

「ならこのお神酒は俺が独り占めだ!」

 そう言って先程完成した酒をグラスに注ぐ。ただし注ぐのは最初の始原の樹の実を入れた方の酒だ。

「アマイ、ソレモモラッタ!」

 ひったくる様に俺の酒を奪い飲み干すシエラ。くくく、かかったな。

「ウッ!」

 あっという間に顔を真っ赤にして倒れるシエラ。

「ふはははは! 高速魔法を使ったのが仇となったな!」

 主に戦闘で使われる高速魔法を使うと術者を高速で動く事が出来るようになる。

 ただしこの魔法は普段1秒で1の動きをする所を1秒で2の動きが出来るようにする魔法な為、心臓の動きも早くなる。つまり、酒などを飲んだらあっと今に酔いが回ってしまうのだ。

 しかもこの酒は始原の樹の実を使った強壮効果の高いほうだ。しばらくはまともに動けまい。

「料理長、酔い覚ましの魔法薬を飲ませてやってくれ」

「は、はい!」

 酔っ払って倒れたシエラを前に勝者の栄光を噛み締めながら料理を味わう俺だった……が!

 夜、始原の樹の実の強壮効果で激しく高ぶったシエラに逆襲されるとは気付かない俺だった。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る