第20話奉納

 この度、めでたく領主となった俺は領主としての最初の仕事を行うべく行動を開始した。

「奉納品を作るぞ!」

 奉納品、それは領主となった者が自分の治める領地を守護する神に捧げる供物の事。

 領主となった者が最初に行わなければいけない事で、逆にそれを行わず領主の仕事をする事は許されない。

 許さないのは神だ。

 代替わりなど、領主が変わる度に守護神も担当が変わる。

 領主が変わった時点では前任の守護神は担当を外れ、その領地は神がいない状態になる。

 守護神は供物を捧げて初めて町の守護の任に就く。

 守護神の格は供物によって変わり、普通の町や村なら上位神の眷属である下位神が守護に就く。

 守護神の格が高いほど領地を守る為に行使できる神威が高くなり、格が低いと行使できる神威も低くなる。

 大きな神殿のある町や城下町並の大都市は領主の権力に見合った奉納品が捧げられる為、神威も高くなる訳だ。

 まぁウチは猫の額ほどの狭さの領地なので、それほど質の高い供物を捧げなくても構わない。

「それで、何を作るんだ?」

 シエラが奉納品を何にするか聞いて来たが、その表情は何を作るのかすでに分かっている感じだ。

 奉納品はそれぞれの町の特産品である事が多い。

 代々続く家系なら毎回奉納している物、つまり高いレベルでノウハウが出来上がっている物を、痩せた土地ならも最もマシな物を奉納する。

 見栄を張る為に身の丈に合わないものを奉納すると、翌年以降の奉納で後悔する羽目になる。

「まぁ、やっぱ酒だろうな」

 酒で出世をした身としてはやはり酒を奉納したい。

 更に言えば、自分にゆかりのある品を奉納する方が神々の覚えが良いというのもある。

 そこら辺、自身の来歴に深い縁のある品があるというのはそれだけ選択肢が絞られるともいえる。

「よし、私が材料を取ってこよう!!」

 何を思ったかシエラが自分の胸をドンと叩いて宣言する。

「エライやる気だな」

「ふ、夫が酒を造るのなら妻は材料を調達するのが当然の役目だ」

 それ逆じゃね?

「では最高級の材料を調達してくるので待っていると良い!! 夕飯までには帰る」

「あ、おい!」

 静止しようとするも、シエラは転移の魔法を使っていずこかへと消えてしまった。

「おいおい、何を集めるのかくらい聞いて行けよ」

 酒と言っても何酒を造るか分からなけりゃ材料集めなんて出来ないだろうに。

 まぁ、そのうち帰って来るだろう。

 いくらシエラでも手当たり次第に高級な材料を集めるなんて馬鹿な事はしないだろう。

 っていうか、そんな事をしたら大変な事になってしまう。



 俺は頭を抱えていた。

 シエラは宣言通り夕飯前に帰ってきた。

 山盛りの材料を抱えて。

 スピリッツドラゴンの鱗、スチームバイソンの肉、エンシェントスワローの羽、始原の樹の実、クラウドスライムの霞、いずれ劣らぬ超高級食材だ。

「どうだアーク、最高級の材料を集めてきたぞ! これで最高の奉納品を作れるな!」

 胸を張ってドヤ顔で言葉を待つ。きっと最高の材料を集めて来たから俺に褒められると思っているのだろう。

「…………」

「どうしたアーク?」

 何も言わない俺の様子を見て不安になったらしいシエラがこちらを覗き込んでくる。

「シエラ」

「何だ?」

「お前の集めてくれた素材は確かに最高級の食材だ。それは素直に凄いと言おう」

「ふふふ、そうだろう、そうだろう。苦労したからな」

 苦労とか言うレベルじゃねぇよ。あれ一つだけで豪邸が建つわ。しかも一つ集めるのにも数か月から数年、それも専用の探索チームの設立が必要になるっつーの。

 改めて自分の妻が規格外の存在だと思い知らされる。

「けどな、奉納品を作る為に集めた食材はすべて使い切らなけりゃいけないんだよ。全てだ」

 何故か知らないがそういう事になっている。そういうしきたりなのだ。

 新しい領主が奉納品を用意する段になると、神々が領主に注目を始める。

 どれだけの奉納品を用意するのか見極める為だ。

 守護神は素材を集めた時点で誰が担当するのか八割決まるらしい。

 あくまで神様が決める事なのでそういう噂なのだが。

 だから神様が注目した素材が実際には使われないという事になったらマズイ。

 せっかく守護神になったのにやっぱやめたと別の素材を使われたら守護神になり損だ。

 そんな事になれば神様もモチベーションが下がってまともに守護してくれないかもしれない、というのが真相なのではないだろうか? いや、勝手な憶測だが。

 ともかく、そういう理由でこれらの素材はすべて使わなくてはいけなくなった。

 「はぁ」

 これだけの素材なら適当に作ってもかなりの物ができるが、重要なのは其処じゃない。

 問題は次回以降だ。

 最初に奉納された品は今後の奉納品の目安、最初に奮発して良い物を送ると、神様は次回も良い物を奉納してくれると思うようになる。

 しかし、飢饉などが起きた場合、奉納できる物が少なくなったり、品物の質が下がる可能性が高い。

 結果奉納品の質が下がる事で自分を軽んじられたと考えた神がへそを曲げて領地の守護をおろそかにしてしまい、それが原因で領地に危機が迫り没落した家もあるくらいだ。

「どうしたもんか……」

 さすがに頭を抱えざるをえない。

「上手い酒を作れば良いんじゃないか?」

 ストレートなご意見ですね。

「とりあえずメニューを考えてみるか」


 ◆ 


 まずスピリッツドラゴンの鱗、これは深山の奥深くに住むドラゴンで全身が発火性の高い鱗で覆われている。

 その為スピリッツドラゴンは常に全身が燃えており、素材となる鱗を採取するには数年に一度の豪雨の季節を待つか、上級の水魔法で全身の火を消し止める必要がある。

 スピリッツドラゴンの火は非常に火力が高く、また全ての火を消化しないと瞬く間に全身に火が戻る為、並みの雨や水魔法では歯が立たない。

 更にスピリッツドラゴン自体が危険な存在なので超高級食材とされる。

 肉は食用に向かず、角や骨は火魔法の触媒として高く取引される。

 スピリッツドラゴンの鱗は文字通りスピリッツという名の酒を作るのに適しており、酒に漬けておく事で鱗から火の精霊力が流れ出し味が非常に良くなる。ただし発火性も高くなるので取り扱いには要注意だ。

 幸いにしてスピリッツドラゴンの鱗は使い回しが出来、長く使うほど酒が染み込んで味が深くなる。

 使いまわしが出来る事を考えると、今後奉納する酒のメイン食材として使うのに適しているな。


 次がスチームバイソンの肉、コイツは全身から蒸気を出している牛で、獲物を襲う時に足からすさまじい勢いの蒸気を噴射して飛ぶような勢いで獲物を突き殺す。

 この蒸気は推進機関としても有用だが、むしろその後の獲物を狩る為の武器としての役割の方が大きい。

 突進して吹き飛ばした相手に覆いかぶさって蒸し焼きにする。ソレがスチームバイソンの狩りの仕方だ。

 最近の魔物研究では角で刺すのは血抜きの役割の方が大きいのではないかと言われている。

 ここまでくると蒸すというより火傷させて殺すと言った方が近いな。

 全身から蒸気を出す事から蒸し焼きに適しており、出汁を沸かして蒸すことで肉の内部にまで味を染み込ませる事が出来るので短時間で味を染み込ませる事のできる高級肉料理として珍重される。

 なお、肉食で群れで行動する為、近隣住民からは命を貪る霧と呼ばれ恐れられている。


 今度はエンシェントスワローの羽、コイツは超高空を飛ぶツバメで長生きするほど羽と尾羽が長くなる。その羽は風の精霊の格好の住処で、エンシェントスワローの羽を持っていれば風魔法をほぼ無尽蔵に使えると言われている。食材というよりも魔法の触媒としてのほうが価値がある。

 エンシェントスワローの羽は刻んで料理に混ぜる事で香辛料となり、一般に長生きしているものほどスパイシーな味になる。

 もちろん長生きした固体の羽の方が魔法の触媒として価値があるのはいうまでも無い。

 ちなみに目の前に置かれた羽は1m、羽で1m。いったい何十年生きたモノだったのだろうか。

 ちょっと手の汗が止まりません。


「始原の樹の実かぁ……」

 俺は呆然と呟く。

 始原の木の実とは、この世界で最初に生まれた植物、世界樹の種である。

 あらゆる木の始祖であり、世界で最も神の加護を受けているとも言われている。

 なにしろ世界が誕生した直後に生まれた存在なので神から受けた加護は人間の比じゃない。

 数百年に一度くらいしかその姿を見せないはずなのだが、どうやってこんなもんを見つけたんだろう……「ん、河に流れてた」

 なんというグレーターラッキーガール。

 種なのでやっぱりツマミ……

 いやいやいやいや無いわ無い、それは無い。

 煮豆……

「炒って砕いて料理の味付けに」

「罰当たりにも程があるわァァァァァ!!」

 シエラさんフリーダムにも程があるだろう。

「じゃあ酒に浸して見るか?」

「うーん、とりあえずそれで」

 木の実は栄養が詰まっているわけだし、漬けておけば栄養が流れだすかも?


 最後は、クラウドスライムの霞か……

 コイツはもじどおり全身が雲で出来たスライムで普通の手段じゃ倒せない。

 更に言うと生息域から出てきたら霧散して死んでしまう恐るべき貧弱スライムなのだ。

 狩るには専門家の秘伝の技が必要なんだとか。

 霞なのでもちろん味は無いし、腹も膨れない。

 だが味をつける事はできるので病気などで食事が出来ない人や年老いて食事の困難になった老人に好まれる食材だ。

 高級料理店では希少食材の味見用として入荷される事もある。

 コイツの調理は簡単、味付けした出汁の蒸気を与えればその味のついた霞が出来上がる、実にシンプル。

 これは基本に忠実な出汁の蒸気を与えるだけで良いだろう。


「スピリッツドラゴンの鱗と始原の樹の実を酒に漬ける、スチームバイソンの肉は出来上がった鱗酒とエンシェントスワローの羽を刻んだスパイスを振りかけて酒煮にする。で、その蒸気をクラウドスライムの霞に吸わせて味をつける」

 これで酒とツマミ2点の完成だ。

 酒煮とクラウドスライムの霞はシエラの家の料理長から推薦された副料理長にお任せだ。

 副料理長は料理長と同期の為、これ以上出世の芽が無かった所でまさかの出世を果たせたので、大喜びで奉納品の調理を引き受けてくれた。

 貴族としての格はシエラの実家の方が明らかに上なので副料理長のままの方が待遇が良かったのではないかと思ったのだが、料理人にとっては厨房が領地なので料理長と副料理長の差は天と地ほど違うのだとか。

 料理人の世界も複雑である。

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