第19話赤い真実
トーニュの除霊から三日後、俺はとある町に来ていた。
フラエビの町、ミソカ=マウンテ騎士爵の治める小さな町だ。
取り立てて特徴も無い、街道沿いの宿に使う位しかとりえの無い町だったが娘であるフラエ=マウンテが爵位を継いでから急速に発展を遂げた町である。
今では実質男爵領なみに栄えており、何らかの功績を成せば陞爵もありうると言われている程だ。
そして俺がこの町に来たのも、そのフラエ=マウンテに会うのが目的だからだ。
◆
マウンテ家にたどり着いた俺はフラエ=マウンテに面会を求める。
そうして応接間に案内された俺はどうやって時間を潰そうかと考えていた。
なにしろ相手は領主だ、事前の連絡も無しにイキナリ来たのだからまずは家臣に面会を頼んで、都合の良い日が決まるまで町に滞在するつもりでいたのだ。
そのつもりだったのだが、何故かこうして屋敷の中に案内されていた。
もっとも、俺はその疑問についてなんとなく答えを察していた。
そしてその答えを知る唯一の人物はさほど時間を置かず姿を見せた。
「お待たせしました、アルフレイム名誉男爵」
応接間のソファーの座り心地を堪能していた俺の前に現れたのは、二人の若い女性だった。
「初めまして、私がこのマウンテ領を治めるフラエ=マウンテ騎士爵です」
「初めまして、私はウロンチ=マーチャ騎士爵の娘、マーロ=マチャーです」
予想もしない人物までも現れた事に驚いた俺だったが、二人の自己紹介に応える為に俺も立ち上がり返礼する。
「初めまして、アーク=テッカマー=アルフレイム名誉男爵です。この度は急な来訪に対応して頂き誠にありがとうございます」
「お気にになさらず、ちょうど仕事に空きが出来た所ですので」
それは嘘だな。
「それで、此度はいかなる御用件で?」
単刀直入で助かる。と言うかその先の話をしたくて待っていたんだろうアンタ達は。
「実は……コレを見て頂きたく伺った次第です」
俺が懐から出したのは、あの赤く輝く宝石だった。
「……スカーシュ、私達の分の紅茶もお願い」
「かしこまりました」
主の言葉に執事だけでなくメイドも出て行く。
聞かれたくない話の時は席を外すとは、教育が行き届いているな。それとも何か合図でもあったのだろうか?
「何処までお気付きですか?」
二人の空気が変わる、だがそれは殺気といった害意ではなく、もっと切実な空気だった。
「この石をサイドアに売るように命じたのが貴方だと言う所までは」
俺の言葉にマウンテ騎士爵がため息を吐く。
「やはり流れ者の商人を使うものではありませんね、信用が置けません」
「折を見て始末される気だったのでは?」
俺の言葉に身を振るわせるマウンテ騎士爵。
「其処までお気付きという事は全て御存知なのですね……」
マウンテ騎士爵は観念したように体をソファーに沈める。
逆にマーロ嬢は落ち着いている、あらかじめ覚悟を決めていたのだろうか?
「あの宝石の名は呪海の標、恨みも持って死んだ者の魂をアンデッドに変える為の呪いの魔法具ですね」
はっきり言って所持しているだけで捕まるレベルの違法アイテムだ。
通常めったな事では発生しないアンデッドを強制的に生み出す為に、負の感情を何倍にも高めて周囲の瘴気を収束させる機能を組み込まれた邪悪な魔法具。
「貴方はこの魔法具を思い人を永遠に自分の物にする魔法具と偽って売りつけるように旅の商人に依頼した。そうですね?」
俺の言葉を聞いたマウンテ騎士爵は小さく頷き語り始めた。
「既に御存知の事でしょうが、私は、いえ私達はあの男と交際しておりました。私達だけではありません、他にも平民貴族を問わず多くの娘とあの男は関係を持っていました」
この口ぶりだと10や20じゃききそうも無い数なんだろうな。
「殿方が浮気をするのは仕方がありません。私達も貴族です、後継者を確実に育てる為に複数の妻を娶るのは当然の役目と分かっています。……ですがあの男にはそんな考えはありませんでした。ただ女を暇つぶしの相手としか考えていなかったのです」
つまる所三馬鹿の持ってきた情報の通りだった訳だ。
貴族の令嬢を情熱的に口説いたのも只の遊び、だがそれだけならよくある話。
サイドアが問題だったのは貴族の令嬢に対しても平民の娘を切り捨てる様に捨てていったのだ。
そりゃあ恨まれる。では飽きた玩具の様に捨てられた娘はそのまま泣き寝入りか?
「あの男に捨てられた後、私は父から予定よりも早く爵位を受け継ぎました。あの男に復讐する為の力を得る為です。ですが我が家は騎士爵、普通に訴えても子爵家であるあの男の親の力には適いません。我が家は権力も武力も人脈ですらも負けていたのです」
悔しそうに身を振るわせるマウンテ騎士爵。せっかく受け継いだ爵位を持ってしても怨敵には届かないという事実はさぞ悔しかった事だろう。
「ですから私は別の方向からあの男に復讐する事を選びました。その為に私は必死で受け継いだ領地を繁栄させるべく奔走しました。
商人達を集め、街道沿いの町である事を生かして宿に止まる者達が少しでもお金を落とす様何度も話し合いを行いました。そして賭場や酒場を充実させそ、の副次的効果で食事や買い物に費やされるお金も増えました。
賭け事で儲けた者はそのお金で贅沢をし、負けた者は失った旅費を確保する為に探索者協会の依頼を受けてお金を稼ぎその間の宿代や食費を余分に支払う事になる」
地味だが確実な方法だな。
こうして少しずつ得られる金の額を増やしていった訳か。
「それというのも全てはあの男に復讐する財力を手に入れる為。発展した我が領からは大量の税が私の元に集まってきました。私はそのお金を使いサンタン家にお金が流れない様に、決して気付かれないように少しずつハチャーンの町の流通を調整していったのです。始めはわずかな収入の減少でした。
ですが収入が下がるだけではなく、品物の値段も上がる様に手を回したのです。下がる収入に上がる物価。それが少しずつ、ですが確実に上がっていったら? 気付いた頃には後の祭りです。お陰で今のサンタン家は借金の山、あの家の資産はほぼ全てが借金の抵当に入っています。見た目こそは普段どおりですがほんの少しつつくだけで瞬く間に崩壊するでしょう」
お、おっかねー。
貴族の馬鹿息子の火遊びが、稀代の女経営者を生んでしまった訳か。
正に自業自得、そして女の情念の恐ろしさよ。
でもそれって確実に俺が受け取る筈だった報酬の徴収が出来ないって事だよね? まぁ分かってはいたんだが……
「御安心を、貴方が受け取るはずの報酬なら、私が代わりにお支払い致します」
「え?」
いや、いくらなんでもアンタが其処までする義理は無いだろ?
「コレは私の不始末の尻拭いをして頂いたお礼と迷惑料とお考え下さい。もしそれでも気分が晴れないと言うのでしたら、あの男と交わした契約書を私に譲っては頂けませんか?」
ああ、成程、そう言うことね。不始末と言うのはトーニュの事だろう。
そして支払い能力を失った相手の契約書を欲する理由と成れば当然罰則の効果が目当てか。
ま、良いだろう。どうせなら金になる方が良い。
「分かりました……しかし今の説明ですとコレを使う必要は無かったのでは?」
そう言って呪海の標を指差す。
「たしかにそれだけで済んでいたのならその通りと言えたでしょう。ですが……あの男は唾棄すべき手段で金儲けを目論んでいたのです」
唾棄すべき手段?
「あの男は裕福な貴族家の令嬢をたぶらかし、その娘からお金を得て贅沢を続けようとしたのです!!」
うっわー……
「既に舞踏会にデビーしたばかりの初心な令嬢達を何人も唆している最中と知った私は怒りに我を失いそうになりました。やはりあの男にはまわりくどい手段などではなく、直接罰を与えなければいけないと!!」
「そうしてマウンテ騎士爵様は私達にお声をかけられたのです」
マウンテ騎士爵の言葉をマーロ嬢が引き継ぐ。
「マウンテ騎士爵様はあの方に捨てられた者達全てに接触を図り、復讐をしたくないかと持ちかけました。無論その言葉に対し首を縦に振らぬ者などおりませんでした。ですが私達は只の女、貴族家の後継者でもなければ無力な平民の娘もおりましたので」
「そこでこの宝石の出番となったのです」
再びマウンテ騎士爵は宝石を手に取るとその由来を語り出す。
「元々この宝石は復讐の為の魔法具。当家の先祖が政敵の手によって陥れられ、騎士爵に降格された際に復讐の為に手に入れた物なのです」
そうだったのか、過去の爵位とかは全く気にしていなかったから気付かなかったな。普通爵位を降ろさせる事なんてめったに起きない。当事の当主の怒りは相当なものだったのだろう。
「その効果は、怨念と陰気の蓄積。アルフレイム名誉男爵も御存知の通りアンデッドを生み出す魔法具ですが、通常アンデッドは陰気の十分に溜まった土地で長い時間をかけ発生するか、特殊な儀式を行なう必要があります。個人の強すぎる怨念で発しすることもありますがそれには相応の憤怒と憎悪が必要です。ですがこの魔法具に複数の人間の怨念と陰気を蓄積させれば、あの男に捨てられた娘全ての憎しみを一点に集中させればどうなるか。結果は御存知の通りです」
ぞっとした。俺の前で淡々と説明したマウンテ騎士爵の目には一切の怒りの感情が見えなかったのだ。
見えたのは只、暗い夜の海のような底の無い瞳の色だけだった。
つまりサイドアは、自分の捨てた女達全員に復讐されたと言う訳だ。
それは分かった、だがもう一つ聞かなければいけない事がある。
「アンデッドとなった女性についてはどうお考えなのですか?」
復讐の件にはトーニュは無関係だ。何故彼女にこんな事をしたのか。
俺はそれが知りたかった。
「件の女性については申し訳なく思っております。それは本心です。そもそも呪海の標は生者が持っていても何の効果も発揮しません。あくまでも所持者が恨みを持って死ななければ発動しないのです。この魔法具は復讐の為の道具であり、最後の情けでもあったのです。あの男が今度こそ真摯な愛に目覚め、相手の方を愛し続けたのならば魔法具は只の装飾具としてその役目を果たした事でしょう。……結果は悲しい結末と成りましたが」
マウンテ騎士爵は言葉を続ける。
「本来ならば、犠牲者となった女性があの男に捨てられた時に事情を話し、その方の呪いを呪海の標に注いで頂いてから返却して頂くつもりでした。そしてそれを使うのは私の筈だったのです」
自殺して自らがアンデットになるつもりだったのか。だがサイドアがトーニュを殺してしまった事で計画が崩れたと。
「犠牲となった方にはどれだけ謝罪しても足りません。復讐も終わった以上私は罪を償う為、刑に服す覚悟です。貴方はその為にここ来られたのでしょう? ですが他の女性達についてはどうかお慈悲を。この度の事は全て私一人が計画した事なのです」
元々はアンデッドに成った自分がサイドアを殺して、その後神官達に退治されるつもりだったのだろう。
そして世間では痴情のもつれと評じられ終わる筈だった。
「落ち着いてください。そんなつもりで来た訳ではありませんよ」
「「え?」」
二人が素っ頓狂な声を上げる。俺が罪を告発する為にやって来たとでも思っていた二人には予想外の言葉だったと見える。
だがそんな事をする気は毛頭ない。知りたかった事は聞いた。それだけで十分だ。
どの道彼女達ではトーニュを救えなかっただろうし、アレはサイドアを放置していた親の責任だ。
「申し訳ないと思うのなら、犠牲者となった方の墓に花でも捧げてあげてください。俺はコレについて、前の持ち主であった貴方に聞きに来ただけですよ」
そう言って俺は席を立ち、マウンテ騎士爵の屋敷から出ていった。
後の事は本人の問題だ。
願わくば、彼女達にはサイドアと言う悪夢から解放され、平穏な人生を過ごして欲しいモノだ。
◆
と、ココまでが事件の裏の全容だ。
そしてココからが余禄。
後日、とうとうサンタン家は膨れ上がった借金を返済できなくなり、家財ごと屋敷を手放したそうだ。
ギリギリまで謝罪を躊躇った所為で大量の命を削られたサイドアは、文字通り搾りカスの様な姿に成り果ててサンタン家を追放された。
親の権力で口封じをしてきた数々の悪事も、それを取り締まってくれていたサイドアの親が金という力を失った事で人々に知れ渡っていった。
もうサンタン家には口封じをするだけの財力など残っていなかったからだ。
権力だけでは人の口に戸を立てる事はできなかったようだ。
唯一の取り得であった美貌すらも失ったサイドアを救う者は誰もおらず、家督も幼い親戚が受け継ぐ事になった。
どうもサンタン家にはサイドアしか子供がおらず、居たとしてもコレだけの恥をさらした本家を長に据え続ける事は出来ないと分家達が反旗を翻したらしい。まぁ貴族の世界では良くある事だ。
その後のサイドアの行方はようとして知れず、噂ではとある貴族の屋敷に下男として雇われたとも噂されている。
サンタン領は今回のアンデッド発生の責任を取る事で領地を大幅に縮小された。そうして取り上げられた領地の大半は国の預かりとなった。
だがその事が俺に予想もしない結果を与えてくれた。
なんと陛下からアンデッド退治の褒美として、取り上げられたサンタン領の一部が俺に与えられたのである。
というのも、トーニュが怨霊と成りかけていたというのが原因だ。
怨霊は数千、数万人単位で害をなす恐ろしい悪霊だ。それを退治した事は国にとって未曾有の災害を未然に防いだという事になる。トーニュが怨霊に成りかけていた事はシエラと三馬鹿が証言しており、またサイドアがトーニュに襲われているのを目撃した人達もいたので比較的スムーズに確証が取れたわけだ。
ついでに言えばサイドアが篭っていた神殿の周囲でもトーニュの悪霊は目撃されていたし、神殿からもサイドアが徐霊を依頼して来た事が確認できたのも大きい。
この事で俺は名誉男爵から名誉が抜け、男爵に陞爵となった。
まさかの領主様だ。
あの依頼からこんな結果になるなんて予想もしていなかったが、これもトーニュ達からのお礼と思えば良いのだろうか?
更に後日、マウンテ騎士爵より魔法の本が数冊と珍しい酒が何本か送られてきた。
同梱されていた手紙には謝罪とそして迷惑料と書かれていた。
あと何故か何人もの名も知らぬ貴族家の令嬢からのお礼の手紙も同梱されていた。
恐らくサイドアの被害者達なのだろうが、なんか妙に好意的な文章が気になる。シエラには見られない様にそっとしまっておこう。
◆
そうした諸々の雑事が終わった俺は、結界布を用立ててもらったお礼として神殿に霊酒を収める打ち合わせをする為に月の女神の神殿に来ていた。
「男爵への陞爵おめでとうアルフレイム男爵」
出会うなり祝福の言葉を述べてくる神殿長。
「それもこれも神殿長の御助力があったからです」
「はっはっはっ、霊酒を造れる知己が出来た事は神殿としても喜ばしい事だよ」
神殿長が顔を綻ばせて笑う。
「そう言って頂けるとこちらとしても幸いです。それで報酬の霊酒なのですが」
「うむ、次の月の日までに15本ほど頼みたい」
「かしこまりました」
次の月の日というと……あと7日か。ちょっと多いがまぁ何とかなる本数だろう。
「でだ、5週の剣の日までにあと70本頼みたい」
「え?」
な、70本ですと?
俺の言葉に神殿長は笑顔で答える。
「うむ、この時期は徐霊の術を使える神官がとにかく足りんのでな、比較的温厚な霊には霊酒で対処したいのだ」
「は、はぁ」
「それで君の話をしたら他の神殿でも霊酒が欲しいと言われてな。なに、安心したまえ。材料は神殿で用意するからな。君は安心して霊酒作りに勤しんでくれたまえ。はっはっはっ!!」
「おぉう……」
断る事の出来なかった俺は、依頼された霊酒を収める為に屋敷中のメイド達も巻き込んで霊酒作りに奔走する事となる訳だが、それはまた別のお話である。
そして更にその後日、酒造魔法を使えば霊酒の「効果」を俺の酒に再現できる事が発覚してヤケ酒を煽る事になるのもまた別のお話だ。
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