第17話三馬鹿再び

 昨夜の恐ろしい体験から一夜明けて。


「怖いのは嫌だ」


 そう呟いたシエラは昨夜から俺にがっしりとしがみついて離れようとしない。

 シエラのスタイルは結構良い。そんな女が怯えて体を密着させる事がどれ程の衝撃をもたらすのか。

 そろそろ俺の理性は限界です。


「落ち着け、霊は日中活動しない」


「でも、また……来るかも……」


 昨夜の光景を思い出してしまったからか、最後は消え入りそうな呟きになる。


「そうだな、神殿に頼んで清めてもらうとするか」


「それが良い!! ちょっと神殿に行ってくる!!」


 メイドに頼めば良いのに、一刻も早く霊のいた場所から離れたいのか文字通り一瞬で部屋から消えるシエラ。

 転移魔法の無駄遣いですなぁ。



「予約待ちで2ヶ月待てって言われた」


今季節だモンな。

しかしコレはまずいな、依頼主が来ただけでこれだ。

依頼主の通った道など、どうなっている事やら。

このままでは義父さん達やメイド達も危険にさらされかねない。

 一度説明して家を空けてもらった方が良さそうだ。


「依頼が解決するまでどこか旅行にでも行ったらどうだ?」


「旅……旅行か、いいな。それは良いな!!」


本当に霊が苦手なんだな。


「お前そんなにオバケが苦手だったっけ?」


 軽い気持ちで聞くとシエラは真面目な顔をして言った。


「死んでたら殺せないじゃないか」


 なにその物騒な理由。


「霊体は神聖魔法しか効かないしリビングデッド系もうかつに倒したら霊体になるし、魔法が効かない奴は嫌いだ」


 戦闘思考ですなぁ。


「私もお爺様の様に精神体を抹殺できる魔法を使えるようになりたい」


 切実な声で恐ろしい事を呟く。

 だが割りと真面目な話、早急に対処しないといけないな。

 霊酒の完成にはまだ6日かかるし、神殿も忙しくて頼れない。

 幸い窓際に置いてあった作りかけの霊酒は無事だった。少女の霊が隣の窓から侵入してくれたのは文字通り不幸中の幸いだと言える。

 霊酒が完成するまではとりあえず対霊系の魔法具を買って対処するとするか。

 明らかに悪霊を越えて怨霊に成りかけているのでどれだけ効果があるのかは分からないが、無いよりはましだろう。


「シエラ、アンデッド対策の魔法具を買って義父さんやメイド達に配ってくれ、あと屋敷を覆う結界も頼む」


「わかった!! 一番高いのを買ってくる!!」


安いので良いと言えないのが霊の恐ろしい所か。怨霊の恨みの念は平気でこちらの常識を飛び越えてくるらしいからなぁ。


怨霊、恨みや怒りを抱いたまま死んだ霊は悪霊になって人に祟る。大抵はその原因となった人物を殺せば満足するのだが、極稀にそれでも怒りが収まらない悪霊がいる。そうした悪霊は更に憎しみを増して怨霊となる。

怨霊は無差別かつ広域に祟りを巻き起こし、更にアンデッドを大量に増やす為最上級討伐対象の一つとして数えられている。

はっきり言って生半可な道具では効果が無い。

怨霊の多くは特定の集団の利益の為に濡れ衣を着せられ無実の罪で処刑された者や、その力が自分達に向く事を恐れた者達によって排斥された英雄だったりと非業の死を遂げた力ある者である事が多い。

そして怒りの対象が文字通り不特定多数、人間全てを憎むからこそ彼等は怨霊になるのだ。

だと言うのに、どれ程の憎しみを抱けば只の少女が怨霊にまで成りかけるのか。

それに少女の胸元に輝いていたあの宝石。

依頼主の素性について調べた方が良さそうだな。

それについては知り合いを使うか。

うん、あの三馬鹿だ。こういう危険な雑用を任せられる奴等が居るっていいな。

 俺は早速メイド達に命じて三馬鹿を呼び出す。



「それって噂の悪霊付きのサイドアの事ですか!!」


「っていうかあの悪霊と遭遇して生きてたんですか!?」


「パネェ……」


 調査を依頼する為に三馬鹿を呼んだんだが、なんか調べるまでも無い雰囲気。


「えーと……知ってるのか?」


「そりゃあもう! 貴族界隈じゃあ有名ですからね!!」


 俺の質問に対し最近彼女が出来て調子に乗っているユーゼスが興奮しながら答える。

 有名なのかー。


「サイドア=サンタン、ハチャーン地方に居を構えるサンタン家の長男で親は子爵。性格は横暴で身勝手、親の権力を傘に着て好き勝手している男です。更に女好きで様々な女に手を出しては飽きたら捨てるといった事を繰り返しているらしく、過去にマウンテ騎士爵令嬢やウロンチ騎士爵令嬢などに手を出してはトラブルに成っていました。更に言えばサイドア家の家計は現在火の車です。どうも政敵の手で金銭の流通を操作されているみたいです。当主が必死になって敵の正体を探っていますが全くわかっていない状態だそうです」


 何気に手を出す女は親の権力の及ぶ爵位までに抑えてあるとはなんとも。

 それに金の流れにもなにかキナ臭い物を感じるな。


「今回の件はちょっかいを出していたお気に入りの平民の女が結婚すると聞き、その前に力ずくで手に入れようとして誤って殺してしまったのが原因だそうです」


 最近彼女に振られた知性派ケイサルが簡潔にまとめて教えてくれる。

 つーか其処まで知れ渡ってるのか。


「一応領民には隠しているようですが、耳ざとい貴族達は皆知っていますよ」


 それ領民も気付いてるんじゃないかな。


「そしたら女が悪霊になって襲ってきたもんだから必死で逃げてるらしいですわ」


 笑いながらガンロが顛末を話す。ちなみにコイツはサボり癖に怒った父親によって王国軍に入れられたらしい。軍は忙しいだろうに、よく来てくれたもんだ。


「あー、殺された女について詳しく調べて欲しい。このまま放置しておくと不味い事になりそうなんだ」


「不味い事ですか?」


 ユーゼスが説明を求めてくる。


「全身から黒いもやが出ていた」


「「!?」」


 それを聞いたケイサルとガンロが顔を引きつらせる。ユーゼスだけは理解していないようだ。


「もやが何なんですか?」


「黒いもやを出すアンデッドは怨霊だけなんだ」


「はぁ……って怨霊!?」


 俺が説明してやるとようやくユーゼスは事の重大さに気付いたようだ。


「怨霊って狂乱のグルトー王とか怨讐の英雄ドルヌとかのあの怨霊ですか!?」


「その怨霊だよ」


 どちらも歴史に名を残す悲劇の人物で裏切りによって怨霊と化した人物だ。

 死後怨霊となった彼等の怒りを静める為に専用の神殿が建てられ、彼等の魂を慰めその怒りを静める為に数百年経った今も鎮魂の祈りは続いているらしい。


「一体何をやったら只の娘が怨霊なんかに……」 


「さぁな……ああ、あと赤く輝く宝石について何か知らないか?」


「宝石ですか?」


 ユーゼスがさっぱり分からんといった顔で聞き返してくる。


 まぁさすがにコレだけじゃ分からんか。


「娘の悪霊が首からかけていたんだ。真っ赤に輝く宝石だった」


「真っ赤に輝く……魔法具ですか?」


 さすがにケイサルは分かっている。

 普通ならありえない怨霊化、何か別の要因があると考えるのは当然だ。


「その可能性が高い、急いで調べて欲しい」


「「「任せてください!!」」」


 三人は自分の胸をドンと叩き頼もしい言葉を聞かせてくれた。


「所で報酬はいかほど頂けますか?」


「今月はこずかいが足りなくて」


「お願いします」


 うーんこの残念っぷり……あ、そうだ。

 俺は三人にめちゃくちゃにされた金貨の残骸を渡す。


「コレは金細工ですか? にしては……」


出来が悪い、そう言いかけたケイサルが口を紡ぐ。もしコレを作ったのが俺だったらまずいと思ったのだろう。家臣たるもの主に恥をかかせてはいけないと言う訳か。

 この三馬鹿の過去の行いを考えれば意外に思われるかもしれないが、この三人も俺の家臣となってからは色々と変わってきたのだ。

 確かに始めの内は嫌々従っていたみたいだったが、俺が伝説の酒を手に入れたり、陛下の悩みを解決して名誉男爵の地位を手に入れたりと活躍した事でこいつ等の中での俺への評価に変化が生じたらしい。

 最近では随分と親しげに会話をするまでになっていた。

 とはいえそれとこれとは別の話だ。


「ああ、件の悪霊に引き裂かれた元金貨だ」


「「「ゲッ!?」」」


 顔を引きつらせた三人が慌てて遠ざかる。


「なに、悪霊に引き裂かれても元は金だ、それなりの金にはなるさ」 


「呪われたりしませんか?」


ユーゼスが恐る恐る聞いてくる。


「その前に売れば良い」


「はぁ……」


その後がっくりと肩を落とした三人が質屋に向かっていったのは言うまでもない。



 その日の晩、シエラが大量の退魔アイテムを買い込んできたお陰か、女の悪霊は現れなかった。

 そして翌日、とある質屋の店内が荒らされたという噂が舞い込んできた。不思議な事に何も盗まれなかったそうだが。

 今日で三日目の朝を迎えた訳だが、霊酒の完成には後四日掛かる。

 そしてシエラは逃げる様に王宮に仕事に出かけた。

 ……うーむ、する事が無いな。

三馬鹿の向かったハチャーンの町は馬車でも往復四日、魔法具で空を飛べば二日、転移施設を使えば一瞬の道のりだ。

三馬鹿の財布事情を考えれば金の掛かる転移施設は使わないだろう。となればレンタル魔法具で空を飛んで調査に出かけると考えるのが正解か。

なにしろ馬車は尻が痛くなる。そして一度魔法具で空を飛べば二度と馬車を使いたくなくなるのは当然の帰結である。

なにしろ尻が痛くならない。

俺に出来る事は只じっと待つ事くらいか。

……一応あの赤く輝く宝石について調べておくか。


 ◆


 再び夜が来る。

前回の失敗を踏まえてシエラの買ってきた対霊結界は配置済みである。

そして依頼主の匂いが染み付いた前金の入っていた皮袋は、強力な結界を張って庭の隅に置いて来てある。

 念の為メイド達には絶対に触るなと厳命してある。

ウッカリ捨てる訳にも行かないので事件が解決するまではコレで凌ぐ事しかない。これで少女の悪霊が再びやって来たとしても、先に依頼主の匂いが強く染み付いた皮袋のある結界の方を襲う事だろう。


 朝になるまでする事も無いので陛下から賜った魔法の本を読んでいたのだが、ふと気付くと月光にさらした霊酒から光が漏れていた。

始めは月光が反射しているのかと思ったがさにあらず、酒自体が発光していたのだ。

どうやら霊酒が出来初めているようだ。

その時、密室の中で存在しない風が頬を撫でる感覚を味わった。


「…………」


「誰だ!?」


 誰かの声が聞こえたような気がして周囲を見回すが、誰の姿も確認できなかった。

 一瞬また少女の悪霊が来たのかと思ったが対悪霊結界に何の反応も無いので気のせいだと思う事にした。


「神経質になっているのかな?」



 そして4日目の夜遅く。

 霊酒の輝きは昨夜よりも強くなっていた。

 だがその光は眩しい物ではなく、とても優しい月の輝きだった。

 霊酒は順調に完成に近づいている様だ。

 そんな時、再び肌を風が撫でる感覚を味わう。


コンコン


 突然ドアがノックされる。


「誰だ!?」


 シエラはまだ仕事から帰ってきていない。

 そしてメイド達なら直ぐに用件を言う筈だ、義父さん達もノックする前に声をかけて来る。

 では一体誰がこんな時間に?


「驚かせて申し訳ありません、故あって貴方にお会いする為にやってきました」


会話が通じるという事は普通の人間という事か。

だが深夜……と言う訳では無いものの、こんな時間にやって来る人間を部屋に招き入れるのもどうかと言った所だ。


「こんな時間にやって来るのは少々気遣いが足りないと思わないんですか?」


 俺の言葉にドアの向こうの気配が変化する。


「申し訳ありません、失礼とは分かっていましたがこの時間、この時にしか貴方に会う事が出来なかったのです。あの男を追う女性について、どうしても貴方にお願いしたい事があるのです」


っ!! まさか件の少女の関係者か? うーむ、随分と胡散臭いが現状では事件の肝心な所の情報が無い以上無碍に追い返す訳にも下策か。


「……分かりました、お入りください」


俺が許可をした途端ドアがバタンと開き室内に風が吹き荒れる。

「お招き頂きありがとうございます」


其処に入って来た謎の人物の姿を見た俺は驚愕した。


「君は!?……」



 5日目


「月の女神の教会にようこそ、若きアルフレイム」


 月の神殿にやって来た俺を出迎えたのは、紫の法衣を着た一人の老人だった。

 紫は月の女神の色、そして紫の法衣は神殿長の証。つまり目の前の老人事である。

 アルフレイム領の月の神殿を治める神殿長メート=リカロ氏だ。


「神殿長自らのお出迎えとは恐縮です」


「なに、アルフレイムに婿入りした物好きな若者が面会を求めていると聞けば見ないわけには行かないだろう」


 そう言って気さくに笑う神殿長。

 というか珍獣扱いですか?


「それで? 私への面会を求めた理由は何だね?」


 忙しい中俺に合う時間を作ってくれたのだろう。メート氏は早々に用件を聞いて来る。


「実は……」


 ◆


 6日目


「バッチリ調査してきましたよ!!」


 すっかり日焼けしたユーゼス達が帰ってきた。

 えらい小麦色だな、おい。


「件の娘の家に言って来ましたが、その家と周辺を囲むように結界が張られていました」


「結界?」


ケイサルがハチャーンの町で見てきた事を話し始める。

その町では以前結婚を直前に控えていた娘が家族婚約者共々惨殺される事件が起きていた。

犯人は不明らしいが町の住人は領主の息子を疑っているらしい。やっぱりバレてるじゃん。

そして結界が張られた理由だが、なんでも殺された娘の無念が強すぎてアンデッドになって犯人を追っていった。そしてその後も無人の筈の娘の家の中から悲鳴や物の割れる音などが鳴り続け周辺の住人は恐怖のあまり引っ越し、町の住人の要請で教会の神官達が結界を張ったらしい。


呪いの核である娘がいなくなった後もそんな霊障が起きる事に対し神官達は不思議がっていたらしいが、怨霊に成りかけている事を知っている俺には納得の出来事だ。何しろ怨霊は不特定多数の人間に祟る、遠く離れた場所を呪うなんて朝飯前なのだろう。ましてやそこが自分の殺された、それも自分の家ならなおさらだ。

そう言う訳で娘の家のとその周辺は呪われた土地として、立地が良いにもかかわらず人のいない空白地帯が出来ていたそうだ。


「赤く輝く宝石については何か分かったか?」


 俺の質問に対しユーゼス達が意気揚々と答える。


「その宝石ですが、なんでも領主の息子が殺された娘に送った品だそうです」


「どんな品かは分かったか?」


「商人との商談を近くで聞いていたらしい使用人に金を握らせて喋らせたんですが、曰く思い人を永遠に自分の物にする魔法具だそうです。脅して娘に無理やり身につけさせたみたいですよ」


胡散臭い事この上ない、特に永遠と言うキーワードがまずいな。


「それを売った商人は?」


「旅の商人だったらしく、売る物を売ったらすぐに別の町に行ったそうです」


 ん? なんか違和感が?


「なぁ、旅の商人ってそんな簡単に貴族に物を売りつける事ができたっけ?」


基本そう言うのはメイドか執事が対処するし、あの頃の俺の欲しい物は魔法書だったし、その本もトランザの店から買ってたからなぁ。だってあいつの店品揃え良いんだもん。

 魔法書を探す俺が懇意にしている店と知れてからは更に客足が増えていたらしいしな。

 なにしろ魔法書を探す貴族は俺だけではない、貴族落ちを恐れる貴族は何処にでも居るのだ。

「基本はまともに取り合ったりなんかしませんよ。旅の商人が持って来る貴重品なんて大抵はインチキの詐欺ですからね」


妙に実感の篭った感想を漏らすガンロ、さては引っかかった事があるな。

俺の視線に気付いたガンロが露骨に視線を逸らす。


「他の貴族の紹介があったんじゃないですか?」


「紹介?」


俺が聞き返すとケイサルは頷きながら答える。


「ええ、他の貴族から紹介なら相手のメンツもありますから無碍には出来ないでしょう。商人も紹介してくれた貴族の面目を潰すような物を売ればその国で商売を続ける事が難しくなる所か、貴族相手に詐欺を行なったとして処刑されますからね」


なるほど、他の貴族の紹介か。


「分かった、お前等は引き続きその商人の追跡と宝石について調べてくれ。あと可能なら紹介をした貴族の情報も頼む」


「「「任せて下さい!!」」」


 随分と頼もしい返事だ。


「「「では追加の予算をお願いします」」」


ギャフン。

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