第16話とばっちりの祟り

『あ"ぁあ"あ"あ"あ"あああぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁああああああああああああっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』


 赤い光に照らされて般若の形相をした少女が窓をガンガンと叩く。


「ひっ!」


 隣からシエラの悲鳴が漏れる。

 間違いないコレは霊障だ。恐らく依頼主の気配を辿ってココにやって来たのだろう。

 窓を叩くという事は自身の肉体を人形のように使うゾンビやグールの類か?

 本人の下に現れなかったのは依頼主が教会の聖別された部屋に逃げ込んで気配が途中でかき消されてしまったからだろう。

 いやー、意外と冷静だなぁ。まぁ隣に今にも卒倒しそうな顔で硬直している奴が居れば冷静になろうというものだ。普段が普段だけにギャップが半端無い。

なんていってる場合じゃないな。窓が魔法防壁を兼ねた高価な防護水晶でよかった。

 相手が肉体を持った死者である事も功を相したらしい。

 とはいえアンデッド用の結界じゃない以上は破壊されるのも時間の問題か。

 俺は聖水の予備を四つのグラスに入れ四方三メートルに配置する。

 さらに聖水の注がれたグラスが内側に入るように塩で円を描く。


『あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!』


 その間にも少女の悪霊は窓を叩き続ける。

 窓には亀裂が入る。そろそろ限界か。

 更に蝋燭を四本、四方に配置して聖水のグラスとあわせて正八角形を描く。


「シエラ、足元に気をつけて円の中でじっとしていろ、あと喋るなよ」


「わっわわわわわわ分かった」


 テンパリながらも俺の言葉に従っておとなしくするシエラ。

 あとは仕上げに塩で月の女神の聖印を絵描く。


「よし出来た!!」


 結界の完成と共に水晶窓が破られる。


『あ"あ"あ"あ"あ"あぁああああああああああああああああああああああああああああっっあああぁ?』


 窓から入ってきた少女の悪霊が部屋を見回してウロウロと徘徊を始める。

 俺が描いたモノは悪霊の目を逃れる月の結界だ。

 攻撃から身を守る効力は無いが神聖魔法の素質のないモノでも作れる簡易結界なのが強みである。

 さらにグラスに注いだ酒は悪霊を退ける効果のある魔法酒で、名を伏魔酒と言う。

 大帝呪酒体系に書かれていた酒で暇を見て作っておいたのが幸いした。

 うーん念の為塩と一緒に用意しておいて本当に良かった。


『あ"あ"あ"あああああああ……』


 月の女神の加護で少女の悪霊には無人の部屋に見えている筈だが、さすがに緊張する。


『あああああああああ……』


 体から黒いもやをを放ち、正気を失った顔がただただうめき声を上げる。

 あのもや、アレはまさか怨霊に成りかけているのか? 通常悪霊は恨み事を呟きながら相手に取り憑き衰弱させて殺すらしいが、アレはそんな段階をすっ飛ばして怨霊に成りかけている。怨霊は全身から瘴気を放ち、それが高密度に圧縮され黒いもやとして見えるようになると聞く。

 少女の悪霊が近づいてくる。近づいてきた事で気付いたのだが、少女の胸元には赤く輝く宝石のついたネックレスが飾られていた。赤い光の原因はこれか。

 光と共に少女の悪霊が更に近づいてくる、その表情は目も当てられないほど憎しみに歪みきっていた。

 少女の悪霊は見えていない筈の俺の元にどんどん近づいてくる。見えていない筈、分かっている、分かっているが……

 傍にいるシエラの息遣いが荒い。

 スンスン……

 少女の悪霊は鼻を引くつかせて辺りをきょろきょろしてる。

 まさか依頼主の匂いを嗅いでいるのか?

 だが死体である以上肉体の機能なんてとうの昔に停止している筈、ゾンビやグールは死体を操り人形の様に霊体が無理やり動かしているに過ぎない。肉体に宿り知恵を持ったバンパイアやリッチ達とは違うのだ。

 だとすればあの行為は無意味なモノなのか?

 そこへ再び生暖かい風が吹く。

 鼻を鳴らしながら少女はドンドンこちらに近づいてくる。

 どうやら無意味じゃないみたいだ。アンデッドは人間には分からない何かを嗅いでいるのか?

 いや今はそれ所じゃない、匂いでこっちが分かるのなら姿が見えなくても意味が無いじゃないか。

 どうする? どうすれば良い?

 戦うのは無理だ、神聖魔法の使い手が居ない以上霊体に有効なダメージは与えられない。

 怨霊になっている状態で肉体を破壊しても霊体になって取り憑いてくる可能性のほうが高い。

 むしろ肉体があった方が危険は低いくらいだ。

 だがどうやって依頼主の匂いを消す?


 と、そこで突然少女の悪霊が向きを変え進んでいく。

 そこにはテーブルがあった。少女の悪霊はテーブルの上に置いてあったソレを手にする。

 依頼主の匂いが染み付いた前金の金貨10枚を。

 その瞬間少女の口が真っ赤に裂け、歓喜の表情で金貨を引き裂き始めた、まるで親の敵のようだ。 

 たっぷり時間をかけ金貨を原型が分からないまでに破壊した少女の悪霊は、それで多少満足したのか出てきた時の様に窓から消えていった。

 だが俺達は少女の霊が居なくなってからもじっと息を潜め一言も喋れずにいた。

 何の気まぐれで少女の霊が戻ってくるとも分からないからだ。

 それからどれだけの時間が経っただろうか?

 今更になってさっきまでの生暖かい風が収まっている事に気付く。

 ドンドンッ


「っ!?」


 不意に鳴り響いた音に心臓が跳ね上がる。 


「お嬢様、アーク様お食事の支度が整いました」


……音の主はメイドだった。


「はぁぁぁぁぁ……分かった、すぐに行く」


 俺はランタンに火と灯すとシエラに語りかける。


「とりあえず気分転換に食事にし……シエラ?」


「…………」


 なんとシエラは立ったまま気絶していた。

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