第15話霊酒って何?

 霊酒を求めてやって来た依頼主オチャー(偽名)は言った、恋人の霊に命を狙われていると。


「お願いです! すぐに必要なんです!!」


 恋人に命を狙われているねぇ、怪しい事この上ないな。


「一体何があったら恋人に命を狙われるんですか? はっきり言ってアンデッドになってまで襲ってくるなんて相当に恨まれてなければありえませんよ」


 いやほんと、アンデッドなんてそうそう発生するモンじゃないんだ。

 何年何十年と続く戦争なんかで大量の無念や陰気が溜まった戦場跡や邪教の儀式で生贄の魂を拘束支配する禁術などを使えばアンデットが生まれる事もある。

 だが恋人を殺す為にアンデッドになったなんて話聞いた事もない。

 精々が昔話などで殺された恨みでアンデッドになって相手を呪い殺したとか位だ。それも眉唾物の説教話だが。普通に死んだ位じゃアンデッドになるだけの執着も陰気も足りない。


「そ、それは……か、彼女が私を深く愛しすぎていたからだ!! だ、だから私を殺してあの世で一緒に成ろうとしているのだ!!」


 うーん、何と言う能天気な考え、っつーかそれが本当ならシエラが死んだら俺確実に連れてかれるんだけど。


「愛ねぇ」


 まぁ一方的に深く愛しすぎた所為で騒動になったなんて話はたまに聞くけど、アレは生きた人間の起こす事件であって一歩通行な好意の推し売りってだけだしなぁ。


「そう言うのは神殿の仕事じゃないですかね?」


 悪霊払いは神殿に頼む、子供でも知っている事だ。


「し、神殿は駄目だ!! どこも徐霊の依頼が詰まっていて早い所でも二ヶ月待ちだと言われた!!」


 依頼が詰まってるってドンだけ悪霊が居るんだよ……あ、そうか夏だからか。

 今はアンデッドの増える季節、夏。

 さっきアンデッドはそう簡単に生まれないといった、しかし増える事はある。

 そう、人間を媒介にしてだ。

 それというのも、夏に成ると有志が集まって怪しげな儀式怪談をした所為で悪質な霊に憑かれたり、心霊スポットや墓場へ肝試しに行って霊の怒りを買う連中が現れるからだ。

 それで霊に憑かれるくらいならまだ良い、最悪の場合は本物のアンデッドに遭遇する事だ。

 自然発生するアンデッドは少ない、だがそのアンデッドによって殺された子アンデッドが誕生する事は少なくない。

 夏のアンデッド発生件数は殺人事件の件数よりも多い。

 教会もアンデッドを呼び込む危険があるから怪談の禁止や危険な場所に入るのはやめるように言っているが無軌道な若者が止まらないのもまた自明の理である。

 そして神殿には取り憑かれた連中が徐霊を求めにやって来て、神官達は新たに増えたアンデッドの退治と葬式でてんてこ舞いになる。

 あまりにも多い馬鹿に業を煮やしたは神殿は、戒めの意味も込めて徐霊料金を高くしているのだとか。

 特にアンデッドを退治できる実力を持った神官はアンデッドの数に反比例している為、現在退魔魔法を使える神官の早期育成が検討されていると言う噂だ。


「とりあえず聖別された部屋を借りたらいかがですか?」


「とっくに借りている!!」


 まぁ当然か。

 聖別された部屋というのは文字通り儀式によって清められた部屋で、魔族や悪霊の浸入を拒む力を持っている。もっとも維持に金が掛かるのでここに入っていられる時間は限られてくる訳だが。


「神官が言っていた! 退魔魔法を使わなくても霊酒があれば霊を成仏させられると! そして酒魔法に詳しい君なら霊酒についても何とかしてくれると言っていたんだ!!」


 面倒だから俺に押し付けたな。


「私が聖別の部屋に入っていられる間に霊酒を作って彼女を成仏させて欲しい!! 報酬は望む額を支払おう!!」


 望む額とおっしゃるか、だがそれを馬鹿正直に信じるほど馬鹿ではない。

 俺は机の引き出しを開けて一枚の紙とインクを取り出す。


「こちらも口約束で依頼を受ける訳にはいきませんので、こちらにサインをお願いします」


 そう言ってオチャーの前に紙とペンを差し出す。


「コレは契約書か?」


 紙に書かれた内容を見てオチャーが呟く。


「はい、制約のスクロールです。 契約に違反した者はコレに書かれた罰則に強制的に従わされます」


「こ、コレが!?」


 オチャーは普通に驚いているが高額取引では割とよく使われる品だ。

 コレにサインした者はその内容を実行しないと罰則を受ける。

 罰則の内容は契約書の文面に書かれた罰になるので使用者次第で軽い罰から命の危険に及ぶ物まで千差万別だ。

 俺の契約書の罰則はオーソドックスな指を一本提供である。

 コレを見た事が無い辺りオチャーが家督を継いで居ない所かまともに働いていないのも丸分かりである。


「このインクをご使用ください」


「う、うむ」


 インクも魔法で内容を改竄できないようにする特別製の対魔法インクである。

 どちらもそれなりにお高い品だが取引の際に相手に踏み倒されない為には絶対必要な品だ。

 実際は罰則云々よりも、支払いを踏み倒そうとした事が公に成るのが一番の罰則なのだが。

 誰だってそんな奴と取引したくなんて無いからね。


「か、書けたぞ」


 お、この馬鹿ホントに書いたよ。

 普通報酬の額を決めてから書くものなのにな。

 なんか怪しいし、精々吹っかけさせてもらおう。


「では報酬は金貨100枚、前金で金貨10枚です」


「ひゃく!? 高すぎる!! いくらなんでもボッタクリ過ぎだ!!」


 だったら望む額なんていわなければ良かったのに。


「望む額といったのは貴方ですよ、それに命が掛かっている時に金額の心配ですか? 霊酒の生成には時間が掛かりますし材料だって普通のものでもない。それを今から急いで集めるには相応の経費が掛かります。時間が掛かっていいのなら相場で材料を集めますが、何時集まるか分かりませんよ」


 コレは本当、霊酒の材料というのは貴重、というか面倒な手順の物が多いのですぐに作れる訳ではないのだ。


「ああ、お金が無いのならAランクの魔法書でもかまいませんよ。もちろん私が持っていない物ですが。もしくは同じAランクの魔法触媒でも構いません」


「……分かった、それで構わないからすぐに作ってくれ」 


 はーい、馬鹿一名様ごあんなーい。


 ◆


「と、とにかく頼む! 霊酒を作ってくれ!!」


 泣く泣く相場の数十倍の報酬を支払う事を飲んだオチャーは前金の金貨10枚を支払い、そそくさと屋敷を出て行く。

 教会の聖別された部屋に篭って恋人の霊をやり過ごすつもりなのだろう。


「じゃあ作りますかね」


 霊酒の造り方は教会の秘伝となっている、というのも霊を退治する技術、というか魔法は教会が秘匿しているからだ。

 教会に長年勤め上げた素質ある者だけが退魔の技術を受け継ぐ事を許される。

 勿論何事にも例外はある。素質がずば抜けている事を理由に若くして退魔魔法を伝授される天才や、個人の家系で代々退魔魔法を引き継いできた秘伝の後継者などだ。

 特に後者は教会とは関係無い自力で編み出した技術なので教会も何も言えない。

 んで、俺の場合なんだが、これは単純に教会が酒造魔法が使える俺なら霊酒の造り方も知っている筈だと適当に言って、ワガママで扱いが面倒な貴族の息子を追い払う口実に使われたわけだ。

 教会も俺が知っていると断言していないので責任をとる必要は無いし、もし俺が知らなくても酒造魔法の使い手なら知っていると思っていたと言えば逆にこちらの力不足が原因に出来ると思ったのだろう。

 なにしろ退魔技術は教会の秘伝なのだから。


 しかし、しかしだ。世の中には嘘から出たまことという言葉もある。

 教会は知らなかったようだが、実は俺には霊酒を造る知識があった。

 かつて陛下より賜った5冊の魔法書のひとつ「大帝呪酒体系」と言う名の本にそれが載っていたのだ。

 この本はいわゆる魔法酒の技術書だったのだ。

 今は亡き古代の大国を治めていた大帝と呼ばれた王が編纂した魔法酒の技術書、この本の一節に霊酒の作り方について書かれていたのである。


 実の所、霊酒の作り方自体は非常にシンプルだ。

 聖水の中にちょっと特別な材料を入れ月光に七日間浴びせるだけ。

 朝になったら日の光が霊酒に差す前に聖水を交換し、冷暗所に保管、また夕方になって日の光が沈んだら月光に浴びせる。これを一週間続け最後に漬けた聖水が霊酒になる。

 問題は材料が特殊である事と途中で曇りの日や雨の日が来て月光が遮られ続けるとまた最初からやり直しに成ってしまう事だ。

 コレは7日間月光を浴びせるという手順が最も重要だからである。

月光は月の女神の象徴、月の女神は安らかな眠りを司っており、その力を借りた退魔魔法はアンデッドを最も安らかに眠らせることの出来る。

 そして材料、コレも当事は集めるのが大変だったが、今の時代は転移魔法や大量運搬飛行魔法具で遠くの土地の品も運べる。

 お陰で必要な材料も簡単に手に入る。良い時代になったもんだ。

 勿論その為には転移門の使用料という手数料が必要となるが、時間というメリットには替えられない。

 ちなみに霊酒は月の女神の加護によって生み出された酒で、古代の神話にその始まりが記されている。

 曰く


 まだ地上に神々がいた時代のある国のお話。

 その国は優しい王に統治された幸せな国だった。

 その国は月の女神に祝福され、繁栄を約束されていた。

 月の女神は王を我が子のように可愛がり、王も女神を母のように慕っていた。

 だがそれを良く思っていなかったのは月の女神の夫である夜の神。

 夜の神は王に呪いをかけて毎晩悪夢を見せて苦しめた。

 日に日に弱っていく王。

 月の女神は夜の神に王を許して欲しいと願う。

 人間に肩入れしすぎた事を女神が反省した事で夜の神は王の呪いを解いた。

 だが時すでに遅く、衰弱した王は病に掛かりあっけなく死んでしまった。

 女神は深く悲しんだ。

 女神の悲しみに呼応する様に王の魂も悲しみ、国は悲しみに満ちた。

 さすがにやり過ぎたと思った夜の神は月の女神に王の魂を癒す為の酒を造ったらどうかと助言を与える。

 王の魂を癒す為、女神は自らの涙を使って酒を作り上げた。

 女神の作った酒を飲んだ王の魂は悲しみより解き放たれ天に上っていった。

 天に上がった王の魂は月の女神の子供に生まれ変わり永遠の幸せを手に入れたという。


 ざっくりだがコレが霊酒の神話である。


 という訳で、俺は霊酒の原料になる聖水と酒精、そして素材を用意するようにメイド達に命じる。

 後は材料が揃うのを待つだけだ。

 ……待つだけなんだが、なんか嫌な予感がするので念の為に……


 ◆


「と、言う事があったんだ」


 帰ってきたシエラに依頼の話をする。


「そ、そうか……」


 おや?やけに静かだな。

 てっきりもっとグイグイ依頼について聞いてくるかと思ったのに。

 珍しい事もあるもんだとシエラのほうを見ると、そこには青い顔をしたシエラがいた。

 もしかして……


「怖いの苦手なのか?」


「……」


 図星か。そういえば昔から誰かが怖い話をする時はいつの間にか居なくなっていたっけ。

 長い付き合いだがたまにこうした意外な弱点が見つかるから新鮮だ。


「そう心配する事はないって、狙われてるのはあくまで依頼主だけなんだからさ」


「そ、そうか! うん、そうだな!! そうそう霊に襲われることなんて無いもんな!!」


 そうこうしている内に日が沈み始めて外が暗くなって来た。

 最近は外が暗くなるのも早くなったな。夏の終わりが近づいている証拠だ。


「灯りをつけるぞ」


 そう言ってシエラが魔法でランタンに灯を灯す。

 こういう時便利な魔法が使えるのが羨ましく感じるわ。 

 ランタンの灯りに照らされながらメイドが用意した聖水に酒精と素材を漬け月光にさらす。

 漬け込む素材は夜顔の花の蜜、星砂糖、氷飛燕の羽、そして涙草の夜露だ。

 涙草は夜になると水を滴らせる事からその水は女神の涙とも呼ばれる。コレで準備は万端。

 あとは夜明けまでじっと待つだけ。朝日に気をつけないとな。

 霊酒作りは只待つだけなので非常にらくちんだ。もっとも雨や曇りなど自然の影響をモロに受けるが。

 天気魔法使いの予測した今夜の天気は晴れだし、特にトラブルも無く霊酒は作れそうだ。


 なんて考えたのがいけなかったのか。

 突然部屋の明かりが消える。


「なんだ!?」


 そして間髪入れずに生暖かい風が部屋の中に巻き起こる。


「室内に風?」


 しかも窓を閉めた密室だ、魔法でもなければ風など起こるはずも無い。

 シエラの悪戯か?

 そう思ってシエラの方を見ると、其処には顔面蒼白になったシエラが凍りついていた。


「?」


 シエラにつられて視線の先を見た先には、真っ赤に輝く光が一つ。


 その赤い光に照らされ、般若の形相をした真っ白な顔の少女が窓に張り付いている事に気付いた。


『あ"ぁあ"あ"あ"あ"あ"あ"あぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁああああああああぁっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』

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