第14話霊酒を求める者

「霊酒を作って頂きたい!!」


 ある日の朝、突然やって来た依頼主は挨拶も無しにそう言った。


 『霊酒』文字通り霊が吞む事の出来る酒の事だ。

 霊体を潤す特殊な酒で、邪悪なアンデッドに変じた霊体を浄化する事も可能だという。


「はぁ、まぁ落ち着いて下さい」


 興奮する依頼主を落ち着かせようと宥めるものの、なかなか落ち着いてくれない。


「すぐに必要なんです!!」


 埒があかんな。


「一体何故必要なんですか? 理由が分からなければこちらとしても依頼を受けかねます。それに私は貴方の名前すら伺っていないのですよ」


 俺の強気な指摘を受けた事でようやくこちらの機嫌を損ねたら不味いと気付いた依頼主が慌てて名乗ってくる。


「も、申し訳ない、わ、私はサイ……オチャーです」


 明らかに偽名です。

 だがこの手のひらの返し様からオチャーは切羽詰っていることが伺える。

 挨拶をした事で少しは落ち着いたのか、オチャーは乗り出していた身を椅子に沈める。

 見た感じ年の頃は十代中盤より少し後ろ位、成人はしているだろう。

 髪の色は濃い目の茶色で瞳の色は青みが強い緑か。

 確か濃い茶色の髪は海が近くにあるハチャーン地方に多いんだよな。

 容姿は結構な美形だ。さぞ女にもてる事だろう。だがその美貌も今は憔悴しきっている。


「で、何で霊酒なんてモノが必要なんですか? アレを作るのは簡単じゃないですよ」


「そ、それは……」


 俺の言葉に口を濁す依頼主、何やら言いにくい事情があると見える。


 コンコン

 沈黙した部屋にノックの音が鳴り響く。


「お茶をお持ちしました」


「入れ」


「失礼致します」


 メイドが紅茶と茶菓子をテーブルに置く。


「ありがとう可憐なお嬢さん、貴方のような麗しい方に奉仕して頂けるアルフレイム名誉男爵が羨ましい」


「え、あ、その、恐縮です」


 流れるようにメイドを口説くなよ。こういう方向には口が動くんだなこの男。

 オチャーはメイドから差し出された紅茶を口に含む。

 その動作は洗礼されており、間違いなく相応の財力のある家庭で育てられた人間だと分かる。

 先ほどの礼を失した慌てようを考えると海千山千の大商人の息子ではないだろう。

 彼等は若い頃から商売の鉄則を叩き込まれる。故に慌てるような事態であっても取引相手にそれを悟らせたりなどしない。

 となれば残る可能性は一つ、貴族の子息だ。躾は行き届いているが経験が圧倒的に足りていない。恐らく甘やかされて育ったボンクラ息子なのだろう。

 そんな奴ならこちらも舐められない様に態度を改めなければな。


「言えないのなら結構です。こちらも暇ではありませんのでお引取り下さい」


 いや、実は結構暇である。

 基本俺は婿養子なので特に仕事もないし、領主の仕事は義父さんがバリバリやってる。

 通常シエラは宮廷魔術師見習いの仕事に出ているからイチャつけないし、酒造りはあくまで趣味の領域だからだ。

 酒を求める客も趣味人や珍しい酒を求めてたまにやって来るだけなので基本暇だ。

 勿論魔法を覚える前にやっていた魔法書の翻訳も続けているが、こちらは翻訳する本が無い事には意味が無い。

 トランザから翻訳の依頼が来るのを待つか、飛び入りで翻訳を求めてくる依頼主を待つか、どちらにしろ受身である事には変わりない。

 そしてコレがある意味最大の理由なのだが、俺は金に困っていない。

 魔法を覚える為にがむしゃらにやって来た翻訳や、俺が使えなかった希少な魔法書の取引で金や貴重な品などを手にして一財産築いてしまっていたからだ。

 以前にも言ったが、そこそこ節約すれば一生過ごせるだけの財力が今の俺にはある。

 もっともその節約は『貴族レベル』の節約なのだが。

 なおやってる事は変わりないので財産は今も増えていたりする。

 コレも複数の古代語や外国語の知識を学んだからである。

 教えてくれた先生には大感謝だ。


 なので暇をもてあました俺としては本当は帰られたら困る。

 金はあるので帰られても困らないし、働かない事で家族に穀つぶしの様に思われるからでもない。

 実の所それなりの爵位の貴族の息子というのは基本暇人なのだ。

 何しろ金も地位もある、けれど貴族の仕事は数に限りがあるので大抵世襲制となり跡継ぎ以外が仕事を引き継ぐ事は非常に稀だ。

 かういうアルフレイム家もシエラが跡を継ぐのでので俺の出番は無い。

 そうなると後は副業で何か商売をするか、戦闘魔法が使えるなら遺跡探索を行なう探索者か未知の土地を開拓する冒険者で稼ぐかになる。それもできなければ3馬鹿のように昼間っから遊び歩くボンクラ息子が出来上がるのだ。

 だがそれも悪い事ではない、なぜなら彼等が金をばら撒く事で民に金が行き渡るからだ。

 金は天下の回り物、その回る金は誰が出しても金は金。

 とはいえ昼真っから遊び歩くのもなんか気まずい。

 独り身の頃ならともかく今は既婚者だ、世間体と言うものもある。

 いやホント、酒魔法の使い手とはいえ日がな一日酒の事だけを考えるのも苦痛なんだよ。

 他の貴族子弟なら可愛いメイドさんとキャッキャウフフしたり町で女の子を口説いて暇を潰すなどすれば良い。

 そういうのも貴族の嗜みなのだ。

 だが俺は新婚、さすがに複数妻を持ったり愛人を囲うのが当たり前の貴族の世界でも新婚で他の女の尻を追いかけるわけにも行かない……そう言う人も居るけどね。

 なので妻を裏切る事無く良い感じに金を稼いで暇つぶしの出来る依頼主というのは貴重なのだ。

 こういう人物に貸しを作れば新しいコネもできるしね。

 だが依頼の理由を教えてくれない依頼主は困る。

 過去の経験からそういう依頼は大抵面倒事になると分かっている。

 だからはっきりと説明してもらう必要がある。 


 始めは言い淀んでいたオチャーだったが観念したのかこちらに顔を向ける。


「大変言いづらい話なのですが……」


 わかったわかった、そういうのはもう良いからサッサと言え。


「私は……恋人の霊に命を狙われているんです!!」


 はい、面倒事来ましたー!

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