第11話道端で宴会
シエラに連れられてやって来た酒の楽園だったが、そこは意外なほどに牧歌的な光景だった。
なんと言うか牧歌的と言うか田舎のお爺ちゃんの村と言った風情だ、お爺様は実家の屋敷で一緒に住んでいたけどな。
「見ろアーク、あの小川の水は全部清酒だ。どこかの気が狂った酒好きが水を酒に変化させる魔法道具を作り上げて近くの水源に埋め込んだらしい」
狂人の所業である。
「しかもその所為で川の生き物はほぼ全滅しかけて酒に耐えられた生き物だけが新たな生態系の頂点に立ったそうだ、そしてその生き物達は天然の酒の肴として美味しく頂かれている」
大自然に対し五体投地しなければいけない。
「まぁ飲んでみろ」
どこからかグイ飲みを出してきたシエラに勧められるままに川の水を口に含む。
「酒だ」
確かに酒である、ちょっと辛めの味ではあるが中々上手い、フラットな味わいのつまみがほしい所だ。
良く見ると川を小魚が泳いでいる、酒の中を泳ぐ魚か・・・・・・
「マジックアーム」
彼らはアッサリと嫁によって捕獲された、合掌。
「食べてみろ、上手いぞ」
イキナリ生食を進めてくる嫁、上級者過ぎる。
「ふむ、ならば」
懐から金属製の容器を出したシエラはその中に炭を投入し魔法で火を付ける。
そしておもむろに取り出した金網を敷いて先ほど捕獲した魚を乗せ焼き始める。
そしてここは道の真ん中だ。
魚が焼けると共に香ばしい匂いがして来る。
「さあ」
そして丁度いい具合に焼けた魚を串に差してオレに差し出してくるシエラ。
流石にここまでされたら受け取らないわけには行かないので意を決して口にする。
「あ、美味い」
焼いた魚は中々に美味だった、焼いたことで過剰なアルコールと水分が飛んで丁度いい感じだ。
◆
ふと気が付くと周囲に人だかりが出来ていた。
しまった、魚に夢中になって忘れていたが良く考えたら道のど真ん中だったわココ。
慌てて場所を移動しようとするオレだったのだが。
「なぁ姉ちゃん、俺達にもソレ分けてくんねぇか?」
「かまわんぞ、どうせココの魚だしな」
そう言って追加の魚を確保するシエラ、瞬く間に道路は宴会場になってしまった。
酒の楽園恐るべし。
こうして酒を飲みながら話を聞いてみると実に色々な場所から人が来ていた事が分かった。
南方の海洋国家の住人、北方の帝国の軍人、東洋の名も知らぬ国の住人、そんなはるか遠い異国の住人達が何のわだかまりも無く酒を楽しんでいる。
「ちょっとした理想郷だなぁ」
ポツリと呟くと近くで飲んでいた耳聡い男達がやってきて酒を注いでくる。
「堅い話は言いっこなしよ、飲め飲め!!」
「ども」
宴会が進んでくると自国の酒自慢、肴自慢と話が移ってくる、そして気が付くと世界各国の酒とツマミで道が埋まってしまった。
さらに言うと先ほどよりも人が増えている、明らかに。
さらにさらに言うとどう見ても人間でないのが混ざっている。
動物に人間の手足の付いた獣人のような生き物、金属のような光沢の亜人、頭と目がやたらとデカくて体は子供の様に小さい白銀の小人、円柱に細い触手の生えた本当に知的生物か疑わしい何か。
ただ一つ分かっているのはココにいる住民は皆酒が好きだという事だ。
宴会も盛り上がってきたのでオレも騒動に参加する事に決めた。
「じゃあ折角だからココで新しい酒でも作るかな」
「おお!もしかしてあんちゃん酒造魔法が使えるのか?」
「ええ、美味い酒を飲ませて貰ったお礼に自慢の酒を提供しましょう」
「「「おおー!! やれやれー」」」
ああ、そういえば材料が無いわ、どうしよう。
「こんなもので良いか?」
何時の間に用意したのかシエラが酒の材料を持ってやって来る。
「ああ、こんだけあれば十分だろう」
造るのは勿論シエラとの結婚式で造った酒だ、名前はまだ無い、そろそろ考えないとな。
容器に材料を入れてイメージを重ねていく、飲みやすさを重視した爽やかな風味。
瞬間、容器の中に酒が満ちていく。
「「「おおー」」」
出来上がった酒を全員に配ってゆく。
「それじゃあ、あんちゃんの酒を頂くとしますか」
「カンパーイ!!」
「「「カンパーイ!!」」」
もう何度目か分からない乾杯をして酒を口に含む。
「おお?中々美味いな」
「ちょいと味が薄いかねぇ」
「辛いのばかり飲んどるから麻痺しとるんじゃろ」
「私は好きだわこの味、飲みやすいのも好感が持てる」
比較的好評だが中には辛口の意見もあるな、さすが酒好き、味に関しては妥協はないか。
「所でこの酒の名前はなんて銘なんだい?」
俺の造った酒を飲んでいた貴族らしい男が聞いてくる、むむむ・・・
「ああ、いや、まだ決まってないんです」
「ほう、これだけの酒ならそろそろ銘を決めたほうがいいと思うよ」
「そうですね」
ふむ、やはり銘か。確かに完成した酒の銘を決めるのは重要なことだな。
どんな名前にしたモノか・・・・・・
「ヴェントデルアモール」
貴族の男が呟く。
「愛の風と言う意味さ、この爽やかなお酒の銘にどうだい?」
愛の風か・・・・・・なるほど、確かに色々と自由なシエラに似合いの名前だ。
「いい名前ですね、宜しければその名前を頂いても宜しいですか?」
「喜んで」
貴族の男は爽やかに微笑みながら許可をくれる。
「良いの?」
シエラが言いたいのは他人の付けた名前でいいのかと言うことだろう。
「生みだされた意図を考えれば中々的を得た名前じゃないか」
この酒はシエラと自分が生涯を添い遂げる記念に作り上げた酒だ、ならこの名前ほど相応しい名前も無いのではないだろうか?
「アークが気に入ったのなら構わない」
「ありがとうシエラ、よし!今日からこの酒の名はヴェントデルアモールだ!」
「「「おおー!!!」」」
「これは目出度い! よし飲むぞ!!」
「祝いの酒だ!」
「ココで飲まずして何時飲む!!」
お前等飲みたいだけだろう。
◆
数時間に及ぶ宴会がようやく終わる頃には夕方になっていた。
酔っ払い達はグデングデンになりながらも家に宿に帰っていく。
「俺達も宿を探すか」
「うん」
シエラはピンピンとした足取りで歩き出す、コイツもザルだよなー。
「君、良かったら私の経営する宿に止まらないかい?」
そう提案してきたのは先ほどの貴族の男だった。
「それはありがたい申し出です」
「君とはもう少し話したいことがあってね、もちろん御代は勉強させて貰うよ」
宿代が安くなるなら尚良い、結婚した直後から無駄に浪費する必要も無いだろうな。
シエラのほうを見ると彼女は何も言わずに頷いた、好きにしろという事だ。
「それではお誘いをお受けします」
「ああ、それじゃあウチの宿に案内するよ、私はメラン、メラン=キチン」
「アーク=テッカマー=アルフレイムです、こちらは妻のシエラ」
「シエラ=デル=アルフレイムです」
俺は婿入りしたのでアルフレイム性になったのだ。
◆
宿に向かう道すがらメランさんがガイド代わりに酒の楽園について話し始める。
「この酒の楽園はね、数百年前の大禁酒時代に発生した組織の名残なんだよ」
大禁酒時代、それは765年前に起こった酒災害である。
酒を媒介として感染する危険な病気『クイラ』
クイラは酒だけでなくミリンなどの調味料から酒粕のようなアルコールを使用したもの全てで発祥するためその被害者は子供にまで及んだ。
クイラによって多くの命が失われた事で世界中で酒廃棄令が出され多くの酒が失われたのである。
後にクイラの原因となる存在『ジスコ』が発見され、治療法、駆除法が生み出された事によって騒動は収束していく事となり酒禁止令も解かれていく事となる。
もっともクイラが突然発生した事についてはいまだ不明で歴史学者と生物学者が絶賛研究中らしい。
「我々はクイラによって失われた過去の酒の再現を目的として集まった集団『ジャーキー』の子孫なんだ」
それツマミの名前が語源だろ絶対。
しかし意外にちゃんとした理由で出来上がった場所だったんだなココって。
「もっとも今では日がな一日酒を飲む為の集団となっているがね」
時間は人を腐らせるなぁ。
「いや、一応古代の酒の復元も続けているんだよ、その結果としての試飲だよ」
慌てて弁解をしてくるがもう遅い。
そうこうしているうちに先のほうに大きな建物が見えてくる、あれがメランさんの宿か。
随分と低い宿だな2階建てって所か、余り見たことのない建築方式だな。
横に倒した2等辺三角柱のような形状の屋根の上にたくさんの板が貼り付けてある。
「あれは東洋の国の建築形式だ、屋根に積もった雪を下ろすのに適している」
「へぇ」
今まで黙っていたシエラが建物の説明をしてくれる、こいつは仕事でいろんな所に言っているからな、
変わったものを見る機会が多いんだろう。
「良く知っているね、この酒の楽園に定住した酒好きの大工が設計した宿なんだよ、建築してから400年以上経っているがいまだに壊れる様子のない素晴らしい宿だよ」
ほう、建築物の事は良く分からないが400年と言うのは大したものなんだろうな。
宿が近づくと分かるがこれまた俺達の国には珍しい木造の建物だった。
そこは絵本に出てくる森の妖精の家を大きく豪華にしたような幻想的な建物だった。
「おぉう」
「ここは私も初めてくる」
「そうなの?」
「そう」
前回シエラが来た時は仕事中だった事もあり日帰りで帰ったらしくこの宿の事は知らなかったそうだ。
「ようこそ我が宿『のんべぇ』へ、歓迎しますよお客様」
ストレートにもほどがある名前の宿だった。
◆
のんべぇの中にはいった俺達は宿帳に名前を書き込んで部屋に案内される。
「こちらがワインの間でございます」
使用人に案内された部屋は不思議な匂いのする板が敷いてある部屋だった。
「こちらの部屋は畳と言う板が敷いてあり土足厳禁です、靴はこちらの靴箱にお入れください」
「分かりました」
「それではごゆっくり」
夫婦である俺達に気を使ってくれているのか使用人はそそくさと部屋を出て行った。
「畳って面白いな、なんかイイ匂いがするし」
「絨毯のようなものなのかも、結構手間のかかる作り」
なぜか畳を調べる俺達、まだ先ほどの宴会の酒が抜けきれていないのかもしれない。
「べたー」
シエラが畳の上に寝転がる。
「はしたないぞー」
「これひんやりしてて結構いい」
む、そうなのか? 見るとシエラが手招きしている、お前も来いという事か。
折角のなのでオレもシエラの横で寝転がる、ああ、確かに悪くない、草の匂いがイイ感じだ。
畳の上でゴロゴロしていた俺達は自然と身を寄せ合いそのまま抱きしめる。
新婚なのだ当然だろう。
顔が近づき唇が触れ合うその瞬間。
「すまない、メランだがちょっと良いかな?」
ノックと共に聞こえて来たメランの声が中断を要請してくるのであった、無念。
◆
「すまないね、おくつろぎの所を」
「全くだ」
邪魔されたシエラはご立腹の様子だ、後で可愛がってあげるから落ち着きなさい。
「実は先ほどの話の続きなんだが」
「続きと言いますと?」
「先ほど言ったよね、宿代を勉強すると」
「ええ」
安くして貰えるのはありがたいことだ。
「その代わりと言っては何だが是非君に協力して欲しい事があるんだ」
「協力ですか?」
うん、美味い話には裏があるよね。
「ああ、それも先ほど話した事だが、われわれはクイラによって失われた酒の再現を目的としている」
ああ、なるほど見えてきたぞ、つまり頼みたい事とは。
「君にも我等と共に失われた酒を復活させる事を手伝ってはくれないだろうか?」
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