第10話酒の楽園

「なんちゅう阿呆らしい……」


酒の楽園に入る為の条件のあまりの阿呆らしさに思わずひっくり返ってしまった。


「そういう事もある」


無いだろ普通。


だが冷静になって考えてみると意外にアリなのかもしれない。

条件型結界の肝はいかに相手の思考の裏をかいた条件を付けるかだ、だから馬鹿馬鹿しくて誰も考えない条件付けというのは理に適っている。


「単に酔っぱらって考えただけという可能性も……」


シエラが恐ろしい事を言う、やめてよ、ホントにありそうだから。


「じゃあ行こう」


「お、おう」


さっそくシエラは酒とグラスを持ってくる。

ついでに旅行に必要な物をメイドに命じて用意させ、荷物がそろった所で二人して酒を飲んで酒瓶を抱え条件の合言葉を口にする。


「「酒の楽園で腹いっぱい酒を飲みたい」」」


すげぇ恥ずかしい。


 ◆


そう思った瞬間俺達は青空の下に居た、比喩ではなく文字通りの青空の下だ。

つまり空中と言う奴である、遥か下には地面が見える。

用意はいいかい?


「おわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


ちょ! どういう事だよ、酒の楽園に来たんじゃないのかよ。


「大丈夫」


「おいおいおい!落ち着きすぎだろう!!」


やたらと落ち着いているシエラに思わず突っ込みを入れるがよく考えたらコイツ飛べるじゃん。

そうか、飛べるからこんなに落ち着いているのか。


「いや、落ちてないから」


「え?」


シエラに言われて気付いたが確かに落ちていない、良く見ると足元には透明な石が敷き詰めてある。

これはいったい……


「はっはっはっ、引っかかったな兄ちゃん」


驚いた俺に対して陽気な声が掛けられる。

声のしたほうを見るとそこには数人のおっさん達が酒盛りをしながら笑っていた。


「よー、ねーちゃん久しぶり」


「久しぶり」


「そっちの兄ちゃんがねーちゃんのいい人かい?」


「結婚した」


「は! そいつは目出度ぇや、コイツは乾杯しねぇとな!」


おっさん達が乾杯の音頭を取ながら口々に祝いの言葉をシエラにかけていく。


「さっきのはここに初めて来た奴が受ける洗礼なんだよ」


祝い終わったおっさんの一人がグラス片手にこちらに声を掛けてくる。


「そうそう、コイツなんかションベン漏らしてたもんな」


「うるせぇ! お前なんか「おがぁじゃぁぁぁぁん!!」って叫んでたじゃねぇか」


「うるせぇよ!!」


おっさん達が勝手に喧嘩を始めるが周りのおっちゃんは笑ってみているのでいつもの事なんだろう。


「酒の楽園に転移してくると必ずここに出る、ここは絶景を楽しむ為の透晶石で作られたエリア」


透晶石と言うのは透明な石で水晶やガラスよりも頑丈なので建材として重宝されている。

おそらくここを作った職人は空からの風景を肴に酒を飲む空間を演出したかったのだろう。

だがここに転移するように調整した結界師は最悪の人格と言わざるを得ない。


「それにしても酒の楽園がこんな高い所に建造されていたなんてな、これだけ高い場所の建物と言うとウェーパー山脈かバルサミ山脈辺りに作られた建造物なのか?」


「残念どちらも違う」


なんと、その二つでないとしたら一体どこにこれだけ高い所から眺める事の出来る立地を確保できるのだろうか?


「アーク、下を良く見て」


シエラの言葉に従い下を見るが見えるのは森と平原ばかりだ、おっと向こうには湖が見える。

だがそれだけだ、他には特筆すべきものは特に見当たらない。


「森と平原、それに湖だな」


「ウェーパー山脈やバルサミ山脈の麓にこんな森林がある?」


言われてみれば、真下に広がるのは肥沃な森林と平原、とても山脈のふもとには見えない、

ここで初めて周囲を見回すが周りに山脈のさの字も無い、空と地面、後ろは壁と扉が一つ。


「まるで空に浮いてるみたいだな」


「正解」


「え?」


何気なく呟いた言葉に正解と答えるシエラ、空? ここが?


「ここは空を移動する浮遊都市、ではなく浮遊庭園、それが酒の楽園」


「お、おう・・・・・・」


浮遊都市、西の帝国が国家の威信をかけて作り上げた驚異の建造物。

多くの魔法技術と貴重な素材と莫大な資金を惜しげもなく投入してそれは完成した。


「確か維持に物凄い費用がかかって国の経済が傾いたんだよな」


「そう、浮遊都市は大きければ大きいほど浮き続けるのが難しくなる、維持費も凄いかかる。

だからウチの国だけでなく各国が建造を見送った、帝国に感謝」


つまり皆して帝国が作った現物を見てから建造を考えた訳だ、恐らく帝国が浮遊都市を作るに至った経緯の中にも各国の手が人知れず伸びていたからなのかも知れない、まぁ俺達には関係ないことだけどな。


「だとしたらこの酒の楽園も凄い維持費が掛かってるのか?」


「そうでもない、飛んでいるのはごく一部」


「??」


一部とな?


「中に入るから付いてきて」


「お、おお?」


シエラに付いて後ろにあったドアの奥に入っていく。



そして目の前に広がっていたのはのどかな田舎の風景だった。


「どうなってるんだ?」


「ここが本当の酒の楽園」


いい加減こんがらがってきた、さっきまで居た所はなんだったんだ?


「順に話す、まずさっきまでいた所は酒の楽園の玄関、転移してきたら皆必ずあそこに行く、その後門番達に審査されて許可が出たら本当の酒の楽園に入れる、それがここ」


「ここってさっきの場所のどこに門番なんて居たんだよ」


「いたでしょ、沢山」


「もしかしてさっきのおっさん達か?」


「イエス!」


親指を立ててサムズアップのポーズで肯定してくる、マジかよ。


「あの人達割と強い、伊達に門番じゃない」


「マジか」


「マジマジ」


そっかー強いのかー、つーか俺審査なんかされとらんが入って良かったのだろうか?


「あの人達が止めなかったから入って良しと判断されたんだと思う、それに」


「それに?」


「アークの良い所は前に来た時にタップリ話した」


「ヒィィィィィ!!」


シエラが両手を頬に当てて可愛いポーズを取るが俺はそれ所では無かった、オレの良い所だと!?

そんな「ウチの子ったらねー、ああ見えて~」とか言ってウチの子自慢してる下町のおばちゃんみたいな事言ったんじゃないだろうな!!


「問題ない、酒の肴に子供の頃の馴れ初め『から』話した」


グッとサムズアップするシエラ、『から』!? 全然大丈夫では無い、断じて無い。


「さぁ、そんな些細な事は置いておいて酒の楽園を楽しもう」


「寧ろ一大事だ! 一体何をどこまで話したんだー!!」


「ホラホラあっちに酒の川があるぞ、行ってみよう」


シエラはどこまでもマイペースに酒の川とか言うモノがある方向に歩いていった。


「おーい、置いていくぞー」


「オ、オレの話を聞けー!!」


酒の楽園にオレの叫びがむなしく響き渡った。

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