第9話レッツ新婚旅行
「新婚旅行に行こう」
シエラが唐突に告げる。
「旅行?」
「うむ、新婚夫婦なら新婚旅行に行くのは当然だ」
まぁ、言わんとする事は分からなくもない。
ただ一つ言うなら
「また上級貴族みたいなことを言うなぁ」
そう、新婚夫婦が旅行をするなんてそれこそ上級貴族のすることだ。
俺達貴族はその権力の問題で国外に出るにはやや手続きが必要になる。
それは相手国に対してウチの貴族が遊びに行きますよ、と言う挨拶をするためだ。
もしも相手の国で自国の貴族がトラブルにあったらお互い知らなかったでは済まないからだ、下手をすれば国際問題にもなりかねない
更に言うと他国の人間が自国の貴族と勝手な取引をされても困るからだ。
その土地の名産品を売る為に多く買い入れたいと言った平民レベルでの商売の話ならば問題はない、だが金属など軍事や魔法開発に関わる品を勝手に契約をされるといざ自国で金属が必要になった時に在庫が無いでは困るからだ。
鉱山は貴族が管理するモノ、更に言えば鉱山は国の所有物。
国から鉱山の管理を任された貴族はその報酬として採掘量の一部を己の利益とできる、勿論必要経費は計算した上でだ。
だから鉱山で採掘した金属はその素材の種類に応じて民間に流通して良い量が国によって厳重に管理されている。
逆に考えれば民間との取引で許可された量以上を流通させたら「何でこんなに必要なんだ?」と疑われてしまうのだ。
特に取引相手が敵対国ならなおさらだ。
商人が敵対国のスパイで金属を国外に出すことが目的だったとしたら?
戦時になればそれが理由で金属の不足がバレ、上層部直属の監査役が買い付けた商人達の足取りを追う、その結果商人が出国手続きをした国境で金属を売った貴族の身元が判明する。
国境を出る商人は取引の内容を正確に報告しなければ出国できないからだ。
またその際に嘘をついても嘘を暴く審問魔法でバレてしまう、そうなれば間違いなくその貴族は国家反逆罪に問われるだろう。
だから鉱山を預かる貴族は不正をしない、そんな事をしなくても儲かるからだ。
もっともそんな貴族を騙して不正をするように促し鉱山の管理権を奪おうとする貴族もいるのだが、まぁそれはまたの機会に話そう。
もっとも下級貴族の場合は数が多いし何かあってもそれほど重要視されないからお互いに面倒を嫌って報告はしない、しても良いがまず報告する下級貴族はいない。
そしてウチは中級貴族、報告をしないと国から怒られる程度には家格がある貴族だ。
では中級貴族は新婚旅行に行くか? 答えはノーだ、わざわざ面倒な手続きを取ってまで外に出ようとする新婚家庭なんていない。
それだったら国内の名所に出かければ済むからだ、何しろ貴族と言うものは基本的に外に出ない。
隣あった領地の貴族の下に遊びに行くくらいならあるが領地持ちの貴族は領主の仕事があるのでそうそう出歩けないのだ。
とはいえそれにも抜け道がある、そう、魔法だ。
魔法で空を飛んだり転移魔法で目的地まで行けば地上を移動するよりも早く目的地に着ける。
これもまた貴族と庶民の格差の一つ、時間短縮だ。
転移魔法の使い手は専用の転移施設に常駐しており高額の料金で人と荷物を運ぶ。
一応庶民でも利用できるが転移魔法の使い手は少ないので自然割高となる。
ただ時間の短縮と言うものは時に値千金の価値がある、戦中に高い金を払って最前線の戦場近くの転移施設まで転移し大量の治療薬を売った事で財を成した商人もいた。
その時は安いポーションから高価なハイポーションまで売れ、極めつけは失った肉体まで再生させるという希少なエクスポーションまで売れたのだとか。
なにしろ最前線、死にたくないから皆こぞって薬を買ってくれる、それが負傷した貴族なら尚更だ。
さらにその人物、戦後判明したことなのだが、なんと戦争をしている相手国にまで薬を売っていたことが分かったのだ。
正直言って顰蹙モノなのだが助かった本人達にとっては命の恩人なので不問とされた。
その後その商人は戦場の生の商人と言うわけの分からない渾名を頂くこととなった、まぁ死の商人と逆の方法であこぎに稼いだという皮肉なのだろう。
まぁそんな物騒な話だけでもなく海から取れたての魚を運んだりといった生鮮食材を運ぶ商売などもある、陸路ではどうしても鮮度が落ちてしまうからこれも貴族相手の良い商売だ。
「それで転移装置でも使うのか」
「使える」
そうだった、コイツは天才と言われる才媛だった、当然転移魔法も使える。
転移魔法を使えるだけで各方面の重鎮から引っ張りだこなのだからコイツが天才と言われるのも当然だ。
「どこに行くんだ?」
「酒の楽園に行く」
「ああ、酒の楽園ね・・・・・・って! な、何ぃ!!!?」
酒の楽園、それはこの世のあらゆる酒が揃うといわれる酒飲み達の楽園。
だがその所在はようとして知れず何時しか御伽噺の類と言われるようになっていた。
しかし何時の時代でも突然姿を消したと思ったらある日ひょっこりと酔っぱらって帰ってくる者達がいた。
彼らはみな口を揃えて酒の楽園に行ってきたと言う。
そして彼らの手には決まって見たことも聞いたことも無い銘柄の酒瓶があった。
年齢も性別も住んでいる場所もバラバラな彼等の唯一の共通点、それは酒好きである事のみ。
その事から酒の楽園は心から酒を愛する者にしか姿を見せないと言われるようになった。
そんな酒の楽園の場所をシエラは知っているという。
「一体どうやって」
「宮廷魔術師の仕事の帰りに偶然見つけた」
なんとまぁ、シエラは宮廷魔術師候補、つまり見習いであるがその能力の高さから正式にお役目を受けることがある。
酒の楽園はそんなお役目の合間に見つけたようだ・・・・・・って
「マジか!!」
「マジマジ」
「ど、どこにあるんだ?」
「どこにでも」
「どこにでも?」
えらいファジーな答えが帰ってきた。
シエラの事だから謎かけって訳でもないんだろうな。
とりあえず自分だけで考えてみたが良く分からないって言うかヒントが少なすぎる、ここは素直に降参して答えを教えて貰うとしよう。
「降参だ、教えてくれ」
「情報料は20ハグ」
20ハグとは20分抱きしめる事だ、素直に情報料を支払うとシエラはハグられながら過去の出来事を話しだした。
「酒の楽園はいわゆる隠れ里だ、なにしろ年中酔っ払いが酒を飲んでいるような場所だから外敵に襲われたら抵抗ができない、その為に強固な結界に覆われ容易には入って来れないようになっている」
「じゃあどうやって入るんだ?」
「酒の楽園は強力な条件型結界を使用している。だから条件さえ満たせば世界のどこからでも酒の楽園に行くことができる」
条件型結界、魔法には特定の条件が鍵となる術式が幾つかある。
この魔法は条件が難解であればあるほど効果が高くなる魔法だ。
例えば箱の中に宝石を入れて条件型結界を張る、使用者は宝石を奪われたくないので結界を解く条件を自分の持っている指輪に指定する。
この場合指定された指輪を持ってい無ければ絶対に箱は開かない、逆に指輪を持っていれば誰でも箱を開けて宝石を取り出せる。
この条件は物に限らず謎賭けや特定の状況でも構わない。
絶対に守らなくてはならないのが必ず結界を解く方法がなければならないと言うこと。
先ほどの例なら結界を解く鍵の指輪を破壊して誰にも結界を解けなくしてしまったら結界魔法は自然に消滅してしまう。
これは結界と指輪の間に魔術的な繋がりがある為でこの繋がりが断たれてしまうと術式が成り立たなくなる所為だ。
家だって大黒柱が無ければ崩れてしまう、この術式の強みは弱点を利点に替える事だ、むろん逆もありうるが。
「条件ってのは何なんだ?」
「酒に楽園に行く条件、それは・・・・・・」
「それは?・・・・・・」
シエラが緊迫した顔で俺を見るとこちらも思わず顔がこわばってしまう。
「・・・・・・」
沈黙に息を飲む。
「酒を飲んでから酒瓶抱えて「酒の楽園で腹いっぱい酒を飲みたい」と叫ぶ」
「・・・・・・」
俺はひっくり返った。
んなアホな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます