第8話結婚式と祝い酒

成人直前に魔法を覚えて貴族落ちを免れた。

旅行に行って伝説の酒を手に入れた。

国王陛下の依頼を果たし爵位を手に入れた。

それもこれも全てシエラのお陰だ、いつもシエラが俺を引っ張ってくれたから、影に日向にオレを支えてくれたからだ。

アーク=テッカマー=ローカリットはシエラ=デル=アルフレイムという一人の女の愛があったからこそここまで来る事が出来た。

正に純愛、正に一途、物心付いた時からオレだけを見つめてきた女の一念はここに成就した。



俺とシエラは純白の衣装を纏って真紅の絨毯の上を歩いていた。

ここは愛と婚姻を司る女神マーグリーアの神殿、生涯を共にする事を誓う者達が必ず足を踏み入れる場所。

その最奥、誓いの石壇の広場

周囲には家族、友人、客人が、目の前には見届け人が

そして俺の横には妻となる最愛の女性が居た。


「アーク=テッカマー=アルフレイムはシエラ=デル=アルフレイムを妻とし生涯愛することを誓いますか?」


「誓います」


「シエラ=デル=アルフレイムはアーク=テッカマー=アルフレイムを夫とし生涯愛することを誓いますか?」


「誓います」


「それでは女神の御前で誓いの儀式を行なってください」


誓いの儀式、それは愛と婚姻を司る女神マーグリーアの前で愛を誓う儀式。


『我等愛を誓う者、我等共に死する者、制約を誓いに愛しきを尊ぶ者、共に寄り添い共に支えあう者、神前神後に捧げるは恋心、命を育み後の世を営む者、神の愛を地に満たす者也』


愛し合う一組の男女が誓いの石壇の前で制約の言葉を唱える

広場いる全員が目に見えない光を感じる。

それは女神マーグリーアの光臨だ。

女神は人間には見えない、だが確実に此処に居る、俺達は女神の前で愛を誓う。


「私アーク=テッカマー=アルフレイムと」


「私シエラ=デル=アルフレイムは」


「「女神の名の元に永遠の愛を捧げ合う事を誓います」」


その瞬間俺の、俺達の体が熱く燃え盛る、実際に燃えている訳では無い、これは女神の審判だ。

愛し合う二人の魂を女神の愛の炎で燃やす、もしその愛が偽りであるなら女神の炎は邪な魂を焼き尽くす。


だがその愛が本物なら、


体中の炎が体内に吸い込まれていく、その途端全身から活力が漲って来る、女神の祝福だ。


本物の愛を認められたなら、女神の炎は祝福の熱となり愛し合う二人に活力を与える。


「女神がお認めになられました、これより二人は夫婦として共に生きる事を許されました、女神に感謝を」


「「女神に感謝を」」



周囲で儀式をを見守っていた皆が盛大な拍手を送ってくれる。

父上、母上、二人の兄上、友人達、魔法書の売買や翻訳の仕事で関わった多くの人々が俺達を祝ってくれる。

そして


「おめでとうアーク君、シエラ」


「おめでとう」


「ありがとうございます父様、母様」


「ありがとうございます義父さん、義母さん」


俺の義理の父と母となったシエラの両親も祝ってくれた。


「とはいえ、シエラが日ごろ君と結婚すると何度も言っていたから既に私の中では義息子の気分なんだがね」


「ふふ、私もですよ」


「はははっ」


どうやらシエラは両親に対して自分の気持ちを全く隠さずに過ごして来たようだ。


「正直二人は駆け落ちすると思っていたよ」


「それは・・・・・・」


「成人になるまでに魔法を覚えれない者は決して少なくない・・・・・・だがそれが娘の望みならそれでも良いかと思っていたんだよ」


「義父さん・・・・・・」


そんな事になれば自分達の風当たりも強くなるというのにこの人達は・・・

それだけ娘を愛しているということか。


「それに私達が反対してもシエラは貴方を攫ってでも駆け落ちしたでしょうから」


絶対する、こいつなら必ずやる。


「折角南の無人島に作った隠れ家が無駄になった」


そんな物作ってたのか・・・


「お爺様の魔力探知も潜り抜ける自信作だったのに」


シエラが物騒な事を言い出した、シエラのお爺さんはわが国の宮廷魔導師筆頭で最強と謳われるほどの実力者だ。

なにしろ二つ名が『無敵』と言われるくらいなのだから。


「あれ? そういえば義爺さんは?」


結婚が決まった事を知った義爺さんは使者からその話を聴いた途端、瞬間移動の魔法でシエラの元に転移し号泣しながら祝ったらしい。

その直後俺の所に転移して死ぬ気で幸せにしろと恫喝された、あの人はシエラにとてつもなく甘い。

将来は自分を越える逸材になるとシエラをマンツーマンで鍛え上げたのと同時にシエラを思いっきり甘やかしたのもあの人なのだ。

幸いにもシエラは我侭に育つことも無く義爺さんの常軌を逸した修行を水を吸い上げる綿のように吸収していった。

大の大人でも義爺さんの修行は異常に見えたほどで、その修行を当時僅か8歳で完遂したシエラは『無敵』の後継者と呼ばれた。

そんなシエラを誰よりも可愛がっている義爺さんが孫の結婚式に来ないなんてどういうことだろう?


「父さんはドラゴン退治に行っているよ」


「ドラゴン退治!?」


そりゃあの人ならドラゴンくらい余裕で倒せるだろうけどなんでこのタイミングで?


「昨夜突然王都からの緊急魔法通信があってね、北の地にブラッドドラゴンが現れて街を襲い始めたから即座に殲滅して欲しいと頼まれたんだよ」


「ブラッドドラゴン!!」


ブラッドドラゴン、その名の通り血の様な赤黒い体色のドラゴンだ。

体長50m、性格は残忍で凶暴、数居るドラゴン種族の中でも上から数えたほうが早い位の強さ。

何より問題なのはブラッドドラゴンの主食は血液だという事。


「人里を襲うということは人間の血が好物の奴か」


シエラが冷静にドラゴンの嗜好を判断する。

ブラッドドラゴンは個体ごとに特定の生物の血を好む。

それは馬であったり鳥であったり、そして人間であったりと様々だ。


「それじゃあ仕方ありませんね」


人が襲われているとあっては宮廷魔導師として出陣しないわけにはいけない。

しかも義爺さんは筆頭、これほど危険な相手なら自身が出るのは必然だ。


「まぁお爺様なら5分くらいかな」


「え?何が?」


「倒すの」


シエラの言葉に呼応するかのように式場にどよめきが走る。


「ほら来た」


慌てて視線を向けるとそこには血まみれの巨漢が居た。

血まみれの巨漢はこちらに向かって歩いてくる、その後ろに赤い足跡が出来てしまっている、後が大変だなぁ。


「遅れてしまってすまないな」


「残念、誓いの儀式は終わってしまいました」


「なにぃぃぃぃぃぃ!!!」


シエラの即答に絶望したように叫ぶ血まみれの巨漢。


「何という事だ、孫の晴れ舞台を見ようと急いで帰ってきたというのに・・・・・・」


「残念でした」


そう、シエラはこの人の孫だ、宮廷魔導師筆頭、『無敵』のベイク=バウ=アルフレイムの。


「父さん、祝いの席なんだからまずは血を拭いて下さい」


打ちひしがれる義爺さんにメイドからタオルを受け取った義父さんが何事も無かったかのようにタオルを手渡す。

超クール。

アルフレイムの一族は何と言うか淡々と話を進める所がある。

良くも悪くもマイペースなのだ。


「お前と言うやつは、傷心の父を慰めようとは思わんのか?」


「父よりも娘です、ほらほら花嫁の祖父が血まみれじゃ何を言われるか分かったものじゃありませんよ」


「分かったわい、シエラ、すぐ戻ってくるからの」


そう言って義爺さんは笑顔で姿を消した、血まみれの笑顔超怖い。

恐らく服を着替えに屋敷に転移したのだろう、転移魔法って物凄い難易度の筈なんだけどなぁ。


暫くすると義爺さんは正装に着替えて戻ってきた、だが盛大に祝おうとする寸前に義婆さんに捕まって式場の外に連れ出されてしまった。

おそらく説教をされているのだろう、義婆さんは義爺さんを制御できる貴重な人材だ。



儀式が終わった所でアルフレイムの屋敷に戻る、道中領民達が盛大に祝ってくれる。

領主の娘の結婚式なので祝いとして市民には酒や料理が振舞われる、勿論酒は俺が魔法で作り出したものだ、こうやってオレが魔法を使って民を幸せに出来ると言う事をアピールするのが貴族の流儀だ。

これが炎や氷の魔法なら花火を打ち上げたり氷の彫像を作ったりするわけだが。


「へーこれがシエラ様のだんな様が作った酒か」


「飲みやすくて美味しい」


「こっちは辛い酒だな」


「お母さんこのお肉美味しいよ」


「そうね、シエラ様とその旦那様の感謝しながらいっぱい食べなさい」


「はーい」


こうして領民達の不満を解消しつつ人気を得るわけだ。

こういった振る舞いが盛大なほど両家の貴族としての格が示されるわけで、それゆえ見栄を張るため身の丈に合わない振る舞いをして後でカツカツの生活を強いられる貴族も多い。

家格の違う貴族の結婚が余り無いのもこういった事情があるからだ、間違ってもこっそり相手の家の振る舞いに援助をしてはいけない、これは貴族の暗黙のルールだ。

援助をするということは相手の家は格下だと見られる事に他ならない、夫婦である以上、その親の家は対等かそれに近くなくてはならないからだ。


またこういった祝い事の際はしょぼい罪をした罪人が恩赦で釈放されることもある。

食い逃げやスリなんかは牢に入れるのも無駄な金がかかるのでさっさと処分したいが死刑にするほどでもない、つまり体の良い厄介払いである、ただし領地からは追放されるので次に捕まったらどうなるかはいわずもがなだ。


こうして領民達と小悪党に祝われながら俺達は屋敷に戻り関係者達と披露宴を行なう、

儀式の間は神聖な場所なので祝い事は披露宴で盛大に行なわれる。


「二人共おめでとう」


「ありがとうございます皇太子殿下」


「私達のような大して格の高くない貴族の結婚式に参加して頂いて恐縮です」


この人はシャーハ=ライセ=レカー、そうレカーの性である、この方こそが国王リオリィ=セッチー=レカーの長男シャーハ皇太子殿下だ、何故か俺達の結婚を祝いたいと披露宴に参加を希望してきたのだ。

後でシエラや義爺さんと親交があるとシエラ本人から教えられて納得したのだが


「嫉妬した?」


と言う、期待に満ちた視線にはどう答えたものか随分困った。


「はははは、シエラの祖父殿は宮廷魔導師筆頭だしアーク君は陛下のお気に入りだからね、本当は陛下が直接祝いたいといっていたんだが流石にそれは問題があるからシエラと親交のある僕が来る事になったんだよ」


「ははは・・・それは、その、ありがとうございます」


来なくて良かった、国王陛下が来たら色々と大変な事になるところだった。


「その代わりと言っては何だが陛下から君達に祝いの品があるから後で見てみると良い」


「へ、陛下から!?」


おいおい、国王が一家臣に祝いの品を送るって相当な事じゃないのか!?


「まぁ君は陛下のお気に入りだしね、そうすることでシエラとの釣り合いがとれていると周りにアピールしているのさ」


「そこまで買って頂いて感謝の言葉もありません」


「逆に言えば気楽に無茶振りしてくるだろうから、周囲もやっかみ半分哀れみ半分と言った所だろうね」


「え?」


何か嫌な言葉が聞こえたような。


「陛下のお気に入りって事は気軽に無理な頼みをされるって事さ」


「そういえばお爺様が陛下に頼まれてゴールデンドラゴンの角を取って来た事があったな」


「はぁ!?」


ゴールデンドラゴン、ドラゴン種族の中で最強を謳われる種族だ。

非常に高い知性、強靭と言う言葉では説明できない頑強な肉体。

呼吸の必要も無く何百年も食事をする必要がないといわれている。


神話の時代の存在であり数百年に1回しか存在を確認されない幻の存在だ、そんな存在の角を取って来いって陛下・・・


「ゴールデンドラゴンの角は魔力の固まり、魔法の杖にすれば素人でも大魔法使い並の魔法が使え、剣にすれば一振りで山を切るという話だな、お爺様からお土産に小さな欠片を貰った事がある」


「も、貰ったってシエラ、欠片でも金貨数千枚の価値があるんだよ」


平然と言うシエラに殿下が引き気味に言う、まぁお土産の饅頭みたいに気軽に言うもんじゃないわな。

かく言う俺は小さい頃にシエラに見せてもらったから知っているのだが、正直興奮したのは今でもよく覚えている。

そっかーアレ本人が直接取って来たモノだったのか。

そう言う意味ではほんと凄い人なんだよなあの爺さん、普段は孫バカだからそんな感じしないんだけど。


「というか、そんな無茶を要求されるんですか?」


「可能性の問題だけどね」


さすがにそこまでは行かないだろうと殿下は笑って流す。


「陛下なら神酒を作れとか言いそう」


「いやまさかそんな」


「幾ら陛下でも、いや、しかし・・・」


おいおい、冗談じゃないよ。


その後軽く祝いの言葉を述べて殿下は去っていった、後続の人達の為に手早く切上げてくれたみたいだ、貴族の格として父上達家族は別枠として来客では王族である殿下が最初に祝いを言うのが筋だ、もし殿下よりも格の低い貴族が先に祝ったりすれば色々と問題になる。


そういった事も考慮して参加者の人選は考えられており、会場に居る来客達の家臣はあらかじめ参加者の名簿と順番を確認しているので挨拶の順番が来ると主にそれとなく伝える様になっている。

同じ爵位の場合は爵位を持っている本人かその家族かで、同じ条件の場合は家格の高い方から、問題はその相手が犬猿の中だったりすると面倒な事になる、幸いウチの客にはそういった相手は居ないので良かったが大抵は誓いの儀式の席順と祝いの順を逆にする事でバランスをとる、一勝一敗というわけだ。


「おめでとう、アーク君」


「ありがとうございます、お久しぶりですオーシキーヤ伯爵」


次に来たのは南の伯爵領の領主であるモーサン=シャアケ=オーシキーヤ伯爵だ。

魔法書を捜し求めていた時に翻訳の仕事をくれた人でこの人の伝手で何冊も魔法書の翻訳をした。

オーシキーヤ伯爵は海に面した領地を持っていて外国との貿易で様々な品物を扱っていてその際に手に入れた魔法書を翻訳出来る人間を探していたそうだ。

とはいえ、ある事情により誰でも良いという訳ではなく口の堅い信頼できる人間を探していたので人選は難航していたらしい。

オーシキーヤ伯爵には一人娘がいる、名前をトーラ=トウ=オーシキーヤと言って遅くに出来た娘だ。

実はトーラは8歳になっても魔法が使えずこのままでは9歳の節目の祝いの席で魔法が使えないとばれてしまうと困っていたそうだ。

この世界では9と言うのは終わりの数字と言われていて子供は9歳までが子供、10才からは大人になるための準備期間といわれ15歳で成人する。


オレの様な微妙な格の貴族には余り関係ないが伯爵クラスの貴族となると節目の祝いの席では多くの貴族を呼んで派手にやるらしい。

で、その時にどんな魔法が使えるのか披露する訳だがその時に披露する魔法が無いと大変な恥になるわけだ、それで外国の魔法でもいいので魔法を覚えさせようと魔法書を入手したらしい。


そんな訳で同じ魔法が使えない境遇で魔法書の翻訳をしていた俺は呼び出すのにうってつけの人材だった訳だ。


「君が結婚すると聞いて驚いたよ、私としては是非ウチの娘を娶って欲しかったのだがね」


「ははは、伯爵のお嬢さんは大切な一人娘じゃないですか」


「いやいや、娘も珍しく君に懐いていたからこの話を聞いた時は先を越されたと思ったものだよ。

君の奥方は随分と行動力のある女性だ」


何しろ10年かけて外堀を埋めてましたからねぇ。

トーラは8歳まで魔法を使えなかった劣等感からか随分と口数の少ない子だった、当時12歳だった俺が魔法を使えないことを知ってすごく驚いて泣き出したくらいだ、あの時は年下の女の子に泣くほど同情されてちょっとへこんだんだが、そのおかげと言うか親近感が沸いたのか翻訳が終わる頃には随分と懐いてくれた。

幸い翻訳した数冊の魔法書の中にトーラと相性の良い魔法が数点あった事で彼女は晴れて魔法が使えるようになった。

帰る時には大泣きされて引き止められたっけ。


「本当なら側室に貰ってほしい所だがそうも行かんか、大人しく諦めるとするがこれからも娘とは仲良くしてやってくれ」


「私などで宜しければ」


「それはありがたい、ではぜひ近いうちに失恋した娘を慰めに来てくれたまえ」


ん? 失恋? そうか、トーアももうそんな年か、大きくなったんだな。


「分かりました」


「アーク・・・」


「ん? どうした?」


「え? 気付いてない?」


「ん?」


「・・・・・・いい・・・ちょっと可哀想になって来た」


シエラがため息を付くとオーシキーヤ伯爵も額に手を当てて天を仰ぎ見ていた。

何だ?


そうして何人もの知己が祝いに来てくれた最後に見覚えのある三人がやって来た。


「おめでとうございますアルフレイム名誉男爵様」


「陛下から直々に爵位を賜わっただけでなく宮廷魔導師候補であらせられるシエラ様と結婚までされるとはこれはめでたいことですな」


「我等も家臣として鼻が高いですぞ」


・・・ええと、誰だっけ?

シエラの方を見るがシエラも誰だっけこいつ等といった顔をしている。

うーん、家臣とか言っているけどそんな話した覚え・・・・・・家臣?


「あ」


あーあーあー、思い出した俺が魔法を覚える前に絡んできた3馬鹿だ。

俺が魔法を覚えたら家臣になるとか軽口叩いてた奴等だ、その後も俺が魔法書を手に出来ない様に買占めをしていたっけ、あの後トランザから仲間が良い儲けになったと言っていた話をしたっけ。

御丁寧にシエラが本当に家臣の申請を国にしたんだよな、すっかり忘れてた。


「ほら前に俺が魔法を覚えたら家臣になってやるって言ってた奴等だよ」


「ああ、あの3馬鹿か」


「さっ!」


さすがに3馬鹿と言う言葉は聞き逃せなかったようだが主の祝い事の席で声を荒げることが出来るほど度胸は無いようだ。


「三人ともありがとう、祝いの言葉、心から感謝するよ」


「いやー、ははは」


忘れてたけどな、陛下から無茶振りされたらこいつ等をこき使おう。


そうして3馬鹿も席に戻って挨拶が一巡した後、暫く歓談を経て花嫁の衣装替えの時間になった。

花嫁の衣装替えも貴族の見得の一環であり、ぶっちゃけると、ウチは祝い事のドレスを何着も新調できるぞ、こんな素晴らしいドレスをつくれる職人が領内に居るぞ、そして俺の嫁はこんなに可愛いぞと自慢するための時間だ。

客としてもそれを見る事は新郎新婦の領地の裕福さを図ったり優秀な職人が居るかを知る重要な機会なので必須のイベントといえる、そういった理由から職人は領内限定と言う暗黙の了解がある。

最後の嫁自慢についてはそっとしておいてほしい。


だがそれだけでは芸が無いので夫の魔法で演出などの仕込みをする貴族も多い。

俺もそれに習って仕込みを入れておいた、メイド達が見栄えの良い小さなグラスに淡いエメラルドグリーンのカクテルを渡して回る。

全員に行渡った直後に扉が開く。

扉の向こうから現れたのはカクテルと同じエメラルドグリーンのドレスに身を包んだシエラだった。


「綺麗」


「ほう、これは面白い、花嫁に合わせた酒か」


流石に男にとって他人の嫁のファッションショーは退屈だろうからそれに合わせた酒を出すことで楽しんで貰おうというわけだ。


「軽めの味がドレスの軽やかさと合っていますな」


シエラのドレスは薄めの生地でシエラの動きに合わせてフワフワとすそが揺れて草原に居る花の妖精の様だ。


客人の席を半分回ってから俺の席に来たシエラは俺の周りをくるくると周りながらたくさん見て言わんばかりに微笑む。

回りきった後で残り半分の客の席を回ってシエラは退場する。

ウチは子爵家なので大体5回くらいこのやり取りを行なう、上位貴族なら10回ぐらい着替えるそうだ、正直真似したくない。


そんな訳で客のお腹を考慮してグラスは小さめに、悪酔いしないように軽めで混ぜても大丈夫な酒を調べてある。


数回ドレスを替え最後の衣装替えの番が来た、メイド達は今までとは違う特注デザインのグラスに注がれた酒を配ってまわる、グラスのデザインが変わったことからこれが最後の衣装だと客も気付く。

実は最後のドレスについては秘密だと教えてもらえなかった。

そうなると酒のチョイスに困るのだが、そんなオレにシエラは


「一番自身を持って出せる酒で良い」


と言った、まったく無茶振りである。

酒が行渡った所で扉が開く。


「「おお」」


扉の向こうから現れたシエラはこれまでの軽めの色使いではなく、真っ赤な真紅のドレスだった。

しかもそのデザインは間違いなくウエディングドレス、スタンダードなデザインのウエディングドレスをベースに花のようにアレンジされたドレスは歩くたびにゆらゆらと揺れて炎の薔薇の様だ。

赤の薔薇の花言葉は基本愛を謳うモノばかりだ、それを示すようにドレスの箇所によって赤の色合いも違う。

緋色、紅色、黒赤色、真紅、スカートやフリルの色の濃さを替える事でメリハリがついて美しい。

そんなドレスに一点だけつぼみを模したアクセサリが付いていた。


後から聞いたことだが薔薇の蕾と言うのは告白と言う意味があるらしい。

10年間オレを愛し続けたシエラらしい告白の仕方だ、こういう所は控えめで可愛らしい。


「花嫁のドレスも素晴らしいがこの酒は一体何と言う銘なのだ?」


「ふーむ、ロメン地方のワイン?いやイーパンの地酒か」


「プグレの名産酒を思い出すがアレは此処まで透明感が無い」


「これは件の伝説の酒か?」


「いや私はあの酒を飲んだがここまでさわやかさが無かった、それに伝説の酒と比べてこの酒は飲みやすさを追求していると感じるな」


「同感ですな、私余り酒が得意ではないのですが衣装替えの酒は少量で飲みやすく私の様な酒の弱い者にたいしても深く配慮されていた」


「それでいて観ているだけでも楽しめるように酒の色を花嫁のドレスと合わせた訳か」


「そして最後のドレスでは花嫁の真紅のドレスを引き立てるように無色で透明度の高い酒を出してきた」


「心配りが聞いた酒のチョイスですな」


「爵位を得た若年貴族にありがちな傲慢さの無い気の使い方は好感が持てるな、これも成人直前まで魔法が使えなかったからこその処世術の成果か」


「ふぉふぉふぉ、陛下のお気に入りと言うのは本当かも知れませんな」


「何はともあれ、あとでこの酒について教えてもらうとしますか」


「ですな」


後で義父さんが記憶力の良いメイドに命じて客人の言葉を覚えさせていたと知った時にそんな会話があったと知った、道理で後日客がたくさんやって来てあの酒について聞いてきたわけだ。


最後の衣装替えが終わったことでシエラは俺の隣の花嫁席に戻り再び歓談を行なった後でお開きとなった。

近くの貴族達は領地に帰り、領地が近くに無い客人はそのまま客人用の宿泊棟に泊まっていった。

帰る客はメイドから祝い返しの品を受け取っていく、その中には最後の衣装替えの時の酒も入っている。



「疲れた・・・」


「お疲れ様」


俺達はアルフレイムの屋敷の離れに新たに作られた小さな家に居た。

アルフレイム家は代々新婚夫婦の為に家を建て子が生まれるまではそこで一緒に暮らす。

要するに子作りをしやすくする為だ、すがすがしいくらいシンプルな理由だ。


「着替えたらメイドが用意してくれた食事を取ろうか」


結婚式の最中の新郎新婦に食事の時間など無い、俺達はひたすら空腹で式を過ごした、

式の前にたくさん食べれば良いと思うかもしれないがたくさん食べれば入った分出るモノもある。

大勢の人の前でその為に席を立つ事などあってはならないのでそんな事にならない為にも前日の夜から食事を抜くのだ。


「のどが渇いた」


面倒な式が終わったのでシエラは甘えん坊モードだ。


「お茶を入れるよ」


「お酒が良い、最後に配ってた取って置きのアレ」


「はいはい」


シエラにせがまれて後で二人で飲もうと思っていた酒を注いで渡す。


「乾杯」


「乾杯」


こくこくと美味しそうに酒を飲むシエラ、式の最中は飲み物もほとんど飲めなかったからな。

理由は食事と同じ。


「伝説の酒に似てるけど違う?」


「ああ、今出せる最高の酒さ」


この酒は俺が魔法で作った、伝説の酒をベースにしたシエラとの結婚式の為の酒だ。


「今日の為に作ったオリジナルの酒だよ」


「私の為?」


「シエラの為」


「私のお酒」


「そうとも言えるな」


「ふふ・・・」


自分の為の酒と聞いてシエラは上機嫌だ。


「おかわり」


「あんまり飲みすぎるなよ」


酒の弱い人でも楽しめるように飲みやすさを追求したこの酒は幾らでも飲めるので気がついたら深酒をしかねない。


「分かってる、だから・・・」


シエラが俺に抱きついて口移しで酒を飲ませてくる。


「一緒に飲も」


そういってシエラは2口目を口に含む。


「料理が冷めるぞ」


シエラは気にしないと再び口移しを行なってくる。

こうなると二人共止まらない、口移しからお互いの唇を貪る流れに変わって行きドレスの奥の純白の肌に手を伸ばす。


「いっぱい愛して」


情熱的なドレスの色に負けないほどに熱を帯びたシエラの頬に口付けをしながら灯りを消す。

体中の熱が燃え尽きるまで目の前の女を愛せと叫ぶ。


女神の祝福の炎が俺の愛情に更なる熱を加える燃料になる。

シエラも同様に燃え盛っているようだ、オレを抱きしめ唇を求めてくる。


オレは万感の思いを込めてシエラに伝える。


「愛しているよシエラ」


こうしてオレとシエラの初めての夜は日が昇るまで、いや、日が昇っても燃え盛るのだった。

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