第2話ささやかな宴

 その日はパーティだった。


 父上と母上が魔法を覚えた祝いと成人祝いを兼ねて、ささやかだがパーティを開いてくれたのだ。


「……うう、アーク、本……当に良かった……わ……」


 パーティが始まってから母上はずっと泣き続けている、嬉し泣きなんだろうが何とも気恥ずかしい。

 父上も母上ほどではないが「よく頑張った」と近年稀に見る笑顔だった。

 顔には出さないが随分と心配されていたようだ。

 これまでずっと放置されていて、いまさら親面と思う気持ちが無いでもないが、父上には自力で魔法書を入手できる様になるまで迷惑をかけていたし、母上には心配の掛け通しだった。


 ちなみに兄上達は一応参加してくれたがすぐに部屋に戻ってしまった。

 かろうじて貴族に残れはしたが、兄上達から見れば魔法を使えない落ちこぼれから魔法を1つしか使えない落ちこぼれになっただけだからだろう。

 一緒に乾杯してくれただけでも兄弟の情は残っていたと思う事で良しとしよう。


「おめでとうアーク」


「おめでとうございますアーク様」


 身内のみのパーティだったのだがなぜかシエラとトランザが居た。


「ありがとう、シエラは分かるけど何でトランザまで?」


「御館様に誘われたんですよ、アーク様に本を融通してくれていた礼にとね」


 なるほど、トランザには魔法の本を探す際にかなり世話になっていたからな。

 父上が恩義を感じていてもおかしくない、ウチの家訓は「恩には義を持って応えよ」だからだ。


「アーク、本当によかった」


「シエラにも世話になった、魔法書を持っている貴族を紹介してくれたお陰で助かったよ」


「結局役に立たなかったけどな」


「そんなことは無い、シエラの紹介で他の貴族とつながりを持てたことでこの町に流れる魔法書の量が増えたんだ」


 魔法書は貴族が魔法を独占する為、流出するのは落ち目の貴族や没落貴族が金策の為に売りに出すか、文字の読めない平民が偶然手に入れたは良いが、本の価値も分からずそれが何の本かも知らずに売りに出すかがほとんどだ。

 なおどちらも買い叩かれるもよう。

 魔法使いの魔法独占という政治的な理由で、市場に出回る数が少ない為、必然的にお値段も高くなってくる。

トランザが魔法書を貸してくれる様になったのも俺が異国語や古代語の読み書きが出来たからだ。

 貸本の対価として渡す魔法書の写本はトランザに相当な利益を与えた、もっとも魔法書は高いので新しい魔法書を大量に入荷すればすぐに売り上げは無くなってしまうらしい。

 だが数が豊富というのは大きなアドバンテージだ。

 それに長期的に見れば翻訳した写本は多くの貴族に売れるのでやはり金になる、貴族にとって1つでも多くの魔法を使える様になるのはライフワークといっても良い。

 俺には縁が無い話だったが。

 特に貴族が秘匿している、本人には読めなかった魔法書の翻訳は良い金になる。

 高名な魔法使いの遺跡から発見されたり、祖先が巧妙に隠していた魔法書が発見された場合、発見者が本を秘匿する事が多い。

 それというのも、その魔法書が読めない言語で書かれていたとしても、使える様になればそれが自分にとって利益をもたらす魔法である可能性が高いからだ。

 その為翻訳が出来る人間は非常に高額の報酬を得る事が出来る。

 これは翻訳だけではなく、魔法書の内容についての口止め料も兼ねているからだ。

 平民は魔法を覚える事を許されない。

 魔法は貴族だけの権利だからだ。

 これを破って魔法を使える様になった平民は厳しく罰せられ、魔法を封印され重労働の刑に処される。犯罪者なら裁判をされる事も無く死罪とだ。

 そうなると魔法を覚えられない平民の翻訳者にとってのメリットは翻訳料だけとなる。

 そこで翻訳料がしょぼいと彼等は他の貴族に翻訳した魔法書の内容を売りに走る。一人でも多くに貴族に打った方が金に成るからだ。

 だから貴族は大金を支払うのだ。

 もっとも、今では翻訳者の大半はそんな事が起きない様に特定の貴族に囲われているパターンが多い。

 異国語や古代語が読めるほど教養に溢れた平民は貴重だからだ。

 そして俺の場合は金よりも写本作成の許可を対価とする事の方が多い。

 勝手に写せば良いじゃんと言われそうだが写本の一部を世に出せば高い確率で売ったのが俺とバレる。

 そうならない様に持ち主に許可を貰い、許可が出た魔法のページのみを薄い写本にして市場に流す。

 持ち主としても使えなかった魔法や旨みの少ない魔法なら翻訳料代わりにした法が安上がりだからだ。

 その本を売るのはもちろんトランザの役目になる。


 他にもシエラ経由で知り合った貴族がオレの魔法書コレクションの中から探している魔法を持っていないか聞かれる事もある。

 俺の私物で他人に教える事の許可を貰っている写本なら対価を頂き教えるし、許可の無い物なら原本の持ち主に交渉の仲介を行う。

 元本の持ち主も他の貴族に貸しを作れるので大抵は許可をくれる。

 俺は仲介料とコネを手に入れるわけだ。

 だからシエラの協力は非常に助かっていた、シエラの紹介のお陰でトランザが俺の使える魔法書を入手出来たのかも知れないからだ。

 つまりこの世はコネである。


 ◆


「アーク様。お客様がいらっしゃいました」


「ご苦労、通してくれ」


 本日のメインイベントの始まりである。

 少し待つとドアの向こうから人影が入って来る。 

 メイドに連れられやって来たのはあの三馬鹿だった。


「三人とも、私の成人祝いのパーティーによくぞおいで下さいました」


 主賓として恥ずかしくない様に三馬鹿を出迎える。

 あえて魔法を覚えた祝いとは言わないでおく。

 それを聞いた三馬鹿は顔を引きつらせながら祝いの言葉を述べていく。


「お、おめでとうございますアーク殿」


「いや全く目出度い」


「これでローカリット家は益々安泰ですね」


 当たり障りの無い祝福の言葉で流そうとするが、その言葉使いには以前のような侮蔑に満ちた汚さが無くなっていた。

 つまりこれから何が起こるか分かっていて、俺がその事を忘れている事に期待しているのだ。


「ええ、多くの人の協力で、無事『魔法』を覚える事に成功しましたよ!!」


 あえて魔法を強調して喋る。


「「「う”……」」」


 青い顔になる三馬鹿。忘れている訳が無いだろう。


「おやおや、誰かと思えば三馬鹿じゃないか」


 今気付いたと言わんばかりにシエラがやってくる。

 ずっとタイミングを計っていたよな。


「こ、これはシエラさん」


「ははは……今日は一段とお美しい」


「まるで女神のようだ」


 三馬鹿はシエラを誉めそやすが、兄達におべっかを使う時の様な精細に欠けている。


「はははは、なにせ今日はアークが『魔法』を覚えた祝いだからな」


 魔法を強調するシエラ。忘れてないぞと言外に語っている。


「うう……」


「おやこれはお三方ではないですか」


 そこに漸く母上から解放されたトランザもやって来る。


「いやー、お三方のお陰で『魔法書』が高く売れたと知り合いの商人達が喜んでいましたよ」


「そ、それは良かったな、は、はは……」


「しょ、商売繁盛だな……」


 三方向から魔法を連呼され、とうとう観念したのか三馬鹿が俺の前で膝をつく。 


「「「……アーク=テッカマ=ローカリット様」」」


「私、ユーゼス=ムギ=ジア」

「ケイサル=カツ=ヨアケー」

「ガンロ=ゴリン=プルア」


「我等三人、アーク様の家臣としてお仕えする事を此処に宣言いたします!!」


 三馬鹿が家臣の宣言を行なう。

 これで三馬鹿は公式に俺の家臣となった。


「ああ……」


「言っちまった……」


「全部ユーゼスの所為ですからね」


「お前等だって成るって言ったろうが!」


 小声で喋っているつもりだろが、思いっきり聞こえてるから。

 忠誠心は足りないが、それはおいおい教育していくか。

 ともあれ、これで三馬鹿に対する意趣返しは完了した。

 壮絶な自爆だったとも言えるが。


 ◆


 宴は進みパーティは宴会といった風情になってきた。


「トランザ君には本当に世話になった」


「いえいえ、アーク様には儲けさせてもらいましたから」


「本当にありがとうございますトランザさん」


「涙をお拭きください奥方」


トランザは父さん達に捕まったらしい。


「アークの作ったお酒美味しい」


「普通だと思うけどな」


「美味しい」


 シエラは俺が魔法で作った赤ワインを飲んでいる。

 魔法書の説明では天上の甘露を生み出す魔法とか書いてあったんだがこれはどう見ても普通の赤ワインだった。

 材料さえあれば色んな酒が作れるらしいのでコレからは色々試していこう。

 成人になったおかげで酒も解禁だから色々な酒を集めるのも良いかもしれない。


「おお、これがアークの作った酒か、私も一杯貰おうか」


 トランザと話し込んでいた父上が現れる、どうやらトランザは解放されたようだと思って視線を動かすと彼はまだ母上に捕まっていた。頑張れ。


「どうぞ父上」


 父上のグラスに俺自らが注ぐ、こういうのは使用人のお仕事だが今日くらいはいいだろ。


「では頂こう」


 父上が吟味する様にゆっくりと味わって飲む。


「なんというか……普つ……まぁ上手いな」


 素直に普通と言って良いんですよ。


「酒魔法は熟練度によって味わいが変わるようです、これからは酒の勉強をして最高の酒を造りますよ」


「そうか、うむ、そうだな。お前のやりたい様にするがいい。いつかお前も王室御用達になれると良いな」


 王室御用達とは文字通り王室の方々に定期的に飲食物を納める事を許された栄誉ある商人の事で、もちろんそれはとんでもない狭き門だ。

 素人に毛が生えた様な俺には夢のまた夢である。


「国王陛下の巡礼も近いですしね」


「うむ」


 この国の王様が行う公務の一環で、王都からスタートして国内の町を視察していくというものだ。

 勿論1日2日で終わるものではないので、国王陛下は何処かしらの町にお泊りになられる。

 スケジュールがきっちり決まっているので今年の巡礼はこの街に止まるなどとあらかじめ決まっており、街の責任者は巡礼が始まる前から入念な準備を始めている。

 他人事でこんな話を出来ること事も分かる様に、ウチの町はその宿泊コースからは外れている。一安心だ。

 正直、王様のおもてなしとか考えるだけで胃が痛くなりそうだ、ウチは関係なくて本当によかった。


 ◆


 宴会は珍しく母上が酔いつぶれたことでお開きとなった。

 父上は母上を連れて寝室へ行き、トランザは千鳥足で帰って行った。

 三馬鹿は俺に挨拶をしてから帰って言った。礼儀は大切である


 で、シエラはというと、


「すーすー」


 俺のベッドを占領して寝ていた。


「ソファーで寝るか」


「根性なし」


 何か聞こえたような気がするが気の所為だろう。

 この時の俺は、自分が大きな人生の岐路に差しかかっている事に気付いてはいなかった。

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