魔法貴族の優雅でない酒造り奮闘記

十一屋翠

第1話 魔法覚えました

 この世界では魔法が全てだ。

 魔法を使えるものは貴族となり、使えないものは平民となる。


 それというのも神話の時代、神々の戦争で善の神々が勝利する事に大きく貢献したのが魔法使いだったからだ。


 それ以降魔法使いは特別な存在としてこの世界で頂点に君臨することとなった。


 だが俺は魔法が使えない。

 中流貴族ローカリット家の三男

 アーク=テッカマー=ローカリットは14歳になっても未だ魔法の使えない出来損ないだった。


 貴族の子は成人を迎える15歳にまでに一つでも魔法を覚えねばならない。

 それができなければ無能の烙印を押され平民落ちしてしまうのだ。

 平民落ちは恐ろしい、家を追い出され貴族達から笑い者にされ平民からは哀れみの目で見られる。

 魔法の勉強をサボる子供をしつける時は平民落ちした貴族を見せてちゃんと魔法を覚えないと平民落ちしますよと怒られるのだ。


 だったら俺は不真面目だったかというとそうじゃない、寧ろ真面目だった。

 立派な魔法使いになれるように日夜勉強に励んだ。

 だがいつまで立っても魔法を覚えることはできなかった。

 西に珍しい魔法書があれば求め、東に異国の魔法書があれば異国語を勉強した。


 だがダメだった、最初は応援してくれた親も今では放任だ、兄達も俺をダメなものを見る目で見る、使用人ですら裏では俺を嘲っている。


 俺を色眼鏡で見ない人間は少ない、ゼロで無いだけましか。


 成人を1月後に控えた俺は本当に焦っていた。

 魔法を使えるものだけが貴族になれる

 成人までに魔法が使えなけえれば平民に落とされる。

 焦りに身を焦がしながら俺は本屋に向かう。


 ◆


「いらっしゃいアーク様」


 本屋の主トランザだ、こいつは魔法を使えない俺を馬鹿にしない数少ない人間だ。


「新しい本はあるか?」


「今回はこの本だけだね」


「・・・これはキスメル語か」


「判るのか?」


「ああ、かなり珍しい言語だ、オレも完全には読めない」


「けど読めるんだろう?」


「ああ、だが余り時間は……」


「新しい本があったら連絡するよ、それまでその本を解読してくれ。いつもどおり翻訳した本を一冊貸し本代にするってことで」


「わかった」


 始めのうちはトランザから魔法の本を買っていたのだがいつまでたっても魔法を覚えれないオレに同情して貸本として貸してくれる様になったのだ。

 その対価として異国語の本を入荷した際は俺が翻訳をして写本を販売する契約になっている、


 転んでもただでは起きないというか、只の善意で終わらないのがトランザの良い所だ。

 商人として好感が持てる、それに写本の売り上げの一部は翻訳者として一部が俺にも入ってくる。

 お陰で結構な金が個人資産として貯まっている、正直贅沢をしなければ一生楽に生きれるかもしれない。

 古代語や異国語の魔法書の翻訳は本当に金になるのだ。

 実際俺は希少で難解な古代語の魔法書の翻訳に成功しその界隈ではかなり有名になっており、オレの元に翻訳を依頼してくる者もいる。


 だがオレの場合その名声よりも魔法を覚えれない貴族落ち目前としての汚名がある為正当に評価されることは無い、それが魔法を覚えれない落ちこぼれへの正しい反応なのだ。


 だがトランザはそんなオレに貴族落ちしたら自分の所で専属の翻訳者として働けと言ってくれた、

 本当にありがたいことだ。


 ◆


 トランザの店を出て俺は家路を歩く、早く本の翻訳に取り掛かりたい。


「おやーそこに居るのはアーク君じゃないですか」


 嫌な声が聞こえた。

 兄貴の取巻きのユーゼスだ、他の取り巻きのケイサルとガンロもいる最悪だ。


「おや本当だ、魔法書の翻訳で有名なアークさんじゃないですか」


 物凄く癇に障るわざとらしい台詞だ、棒読みじゃねぇか。


「だけど魔法を一つも使えないアークじゃないか」


「おいおい、本当のことを言うなんてかわいそうだろ」


「魔法をおぼえる為に頑張って魔法書の翻訳をおぼえたのに未だに魔法を覚えれないなんていったら駄目だろ」


「いってんじゃん」


「「「ははははは!!」」」


 無視だ無視。


「おい!無視すんなよ!!」


 知ったことか。


「貴族落ちのクセに生意気なんだよ!!」


「まだ落ちてない!!!」


 しまった、やってしまった。

 貴族の本能か、貴族落ちと言う言葉はどうしても聞き逃せない。


「もう落ちたようなもんだろ」


「後一月だぜ、今更覚えられるかよ」


「もし奇跡的に覚えられたらお前の家臣になってやるよ」


 貴族にも家格がある、通常貴族は王に仕えるもので爵位が違っても皆平等にである。

 建前上は。

 だが例外もある、それが「制約」だ。

 貴族が誓いの言葉を紡ぎ王以外の者に仕える事を「制約」と言う。

 「制約」によって仕えた貴族を家臣と呼ぶ。


「はははは、そりゃーいいやそれならオレも家臣になってやるよ」


「使えたらな」


「その言葉しかと聞き届けた」


「「「え?」」」


 凛とした声に馬鹿3人が固まる。


 振り返った先の馬鹿3人の向こうには美しい少女がいた。

 うん、よく知ってる顔だ。


「貴公らの制約はこの私が聞き届けた、王宮への諸手続きは私がしてやろう」


「ええ、あ、いや今のはモノの弾みでしてね」


「そうですよシエラさん」


「ジョークですよ」


「……ほう」


 底冷えするような声でオレの幼馴染シエラ=デル=アルフレイムは応えた。


「「「ひぃ!」」」


みっともなく怯える三人。だが無理もない、相手はあのシエラなのだから。


「天下の往来で、それも大声で、「制約」を口にし、それが冗談だと?」


 シエラの目がヤバイ光を放っている、あれはまずい。


「貴公らには貴族の誇りが理解できていないようだな、この件たとえ未だ成人を迎えていない子供でも流されぬ案件だぞ」


「い、いえ、僕たちはアーク君に激励をかけていたんですよ」


「そ、そうそう、ちょっと厳しいのも彼を思っているからこそですよ」


「はははは、何と言っても彼は僕らの尊敬するゲオルグさんの弟ですし」


「……激励だと?」


 あ、怒りワードだ、取り繕う為に思ってもいないことを言うから手遅れになるんだよ。

 あいつは他人を馬鹿にするやつを嫌う、特に言い逃れをして自分を正当化する奴は大嫌いだ。

 このままだと街の大通りに血と臓物で出来た花の絵画が出来上がる。


「その辺にしておいてやれよシエラ」


「アーク、だがこいつ等はお前を侮辱したんだぞ」


 シエラが全てを言い終わる前に抱き寄せ、その美しい水色の髪を手でとかす。


「そんな怖い顔をするなよ、お前のサファイアの様に綺麗な瞳は怒りに濁らせるよりも穏やかな空のような優しい眼差しのほうが魅力的だ」


「っ!」


 うん、自分でも何言ってるのかよくわからない、トランザの店に来る常連のオッサンから女はこのくらい臭い台詞のほうが効果があるとか言っていたんでついやってしまった。


「お、お前がそこまで言うなら仕方ないな」


 顔を真っ赤にして恥ずかしがるシエラ、流石に天下の往来でこんなことを言われたら恥ずかしいか。

 悪い事をしたな。

 だが落ちついた様で何よりだ、流石に幼馴染主導の殺戮現場は見たくない。


「ええと、じゃ僕らはこれで」


 シエラに対して話す振りをして逃げようとする馬鹿三人に、と言うより遠巻きに見ているギャラリーに対して大声で告げる。


「それに彼等三人がオレが魔法を覚えたら家臣になると約束したのは事実だしな」


「「「!!!」」」


「シエラも聞いていただろ」


「聞いていた、公の場で制約を口にした以上、反故にしたら最悪本人が平民落ちするだろう」


「「「っ!!」」」


「だってさ」


 馬鹿3人のほうも向かずに俺は言う。


「「「っ!……」」」


 これ以上口を滑らせるわけにはいかないのだろう、馬鹿3人は口をつぐみ逃げ帰っていった。


「所でどうしてここに?おじさんから仕事を頼まれたのか?」


 シエラは未成年だが既に50を超える魔法を使えるスーパールーキーだ。

 しかも魔法の精度も熟練者顔負けのいわゆる天才という奴だ、将来は宮廷魔術師筆頭候補とまで言われている。

 そんな彼女だからこそ隣のアルフレイム領の領主であるグレアム=ダム=アルフレイム子爵は我が子の将来の為、経験を積ませる為に自分の仕事を手伝わせていた。


「幼馴染に会う為に来たら駄目?」


「いや、嬉しいけど……俺は立場が微妙だから」


「大丈夫平民落ちしても私が守ってあげる」


「気持ちは嬉しいけどおじさん達に迷惑はかけられないよ」


 貴族落ちを雇っているなんて知れたら笑いものにされかねない、だというのにおじさん達は俺に優しくしてくれる。

正直言ってあの人たちに迷惑はかけたくない。


「私は迷惑じゃない」


「そっか、ありがと」


「折角会いに来てくれたんだ、お茶くらい飲んでけよ」


「うん、ご馳走になる。アークの入れてくれるお茶好き」


「褒めても何にもでないぞ」


「お菓子が出る」


「こいつっ」


 はははと二人でで笑いあいながら屋敷に帰る。

 何故か周囲の人達が砂を吐きそうな顔をしていた。


 ◆


「モールティーとリンプティーの良いのが入ってるけどどっちが良い?」


「モールティー砂糖3つ」


 はいよ、モールティーは光の届かない地下で咲くお茶の葉だ。

 モグラ獣人のモール族が育っているのでモールティー、まんまだ。

 モールティーは味が弱めなので渋いのが苦手な人がミルクティーにして飲むことが多い。


「はい、砂糖三つ入り」


「いただきます」


 一口飲んだあとシエラは大きく息を吐いて脱力する。


「やっぱりアークのお茶は美味しい」


「勉強したからな」


 お茶関係の魔法書を持っている人に本を見せてもらう条件としてお茶を入れるマナーを勉強した事があったからだ。


「私の魔法書を読みたければ私が上手いと思うお茶を入れなさい」


 そういわれてお茶の入れ方をマスターするまで2月かかった、

 しかも見せてもらった魔法書の魔法は使えなかった。

 まぁお陰でお茶系の魔法についての知己と紅茶スキルが手に入ったのだが。


「ほいクッキー」


「いただきます」


 クッキーというかお菓子に関しても察してくださいだ。


「おいしい」


「そりゃどうも」


 お菓子にご満悦なシエラを横目に見ながらトランザから借りた魔法書を読む。

 目次から見たことも無い魔法を検索、過去駄目だった魔法と似たような魔法は後回し。


「それは新しい本?」


「ああキスメル語のな」


「また難しい言語、本当アークは王宮お抱えの古流魔法使い並にいろんな珍しい言葉を知っている」


「この国の言葉以外でかかれた魔法書も多いしな」


「出来そうか?」


「まだ判らん、ただ知らない魔法が何個かあるな。解読する価値はある」


「私も珍しい本があったら持って来る」


「うん、ありがとうな」


 暫く本を詠む俺のそばでゴロゴロしたらシエラは帰っていった。



 翻訳の完了した魔法から順に試していったが魔法は未だ使えず、まだ翻訳が終わっていない魔法はあるがそれも半分を切っていた。

 こんな時はトランザの店に行こう、何か新しい本が見つかるかもしれない。


 ◆


「悪いなアーク様、最近本が全然来ないんだ」


「全然?一冊もか?」


「ああ」


 そんなはずは無い、魔法の本は数が多いとは言わないがそれなりの数が流れる物だ。

 なによりこの街は俺が魔法書を集めていることで有名だ……悪い意味で。

 だから金策に困って魔法の本を売りたい落ち目の貴族や少しでも高く転売したい商人が売りに来るはずだ。


「恐らくだが誰かが本を買い占めているんだろうな」


 買占め、そんな奴……いや、居る。

 あの3馬鹿だ、おそらく万が一にも俺が魔法を覚えて家臣にならないで済む様に魔法の本の買占めに走ったんだ。


「買占めねぇ、貴族様も大変だ」


「とりあえず古本関係者に魔法の本を買いたがる貴族関係者がいたら吹っ掛けてやれって伝えといてくれ。そうすりゃいい商売になるだろ」


「おう、しっかり吹っ掛けてやるぜ」


 これでは魔法の本を確保するのは無理か、今は借りている本の解読に全力を尽くすしかない。

 あの馬鹿共が高笑いをしている姿が目に浮かぶ。

 絶対に見返してやる!!


 ◆


 館に戻った俺は魔法書の解読を進めた、一つまた一つと解読した魔法を試してみる、だが一つとして魔法を覚える事は出来なかった。

 未解読の魔法は後一つ。

 残り三日、解読に1日魔法の準備に1日、魔法の準備と発動までの時間に1日、もし使えた時の登録手続きに1日。

 ギリギリだ。


 1日経ち貫徹でなんとか解読が完了した、眠いがこの魔法に必要な触媒を集めなくては。

 この所休んでなかったから頭がボーっとする。

 その後、必要な道具を集めた俺は椅子に座って一息つく。だがそれがいけなかった。


 ◆


 気がついたら夜になっていた、なんてこった油断して半日も寝過ごしてしまった。

 魔法の使用にどれだけかかるか判らないのにとんでもないミスだ、魔法を使えても明日の夕方までに書類を提出出来なければ意味はない。

 書類を明日集める為の時間を引くと今晩中に儀式の用意を完了させなければならない、

 だが発動に時間がかかる魔法だったら提出期限の夕方までに間に合わないかもしれない、その辺りの翻訳は済んでいない、まだ使用法しか翻訳できていなかったのだから。

 焦る俺は急いで準備にかかる。


「あせるな、書類は用意しておいた」


 ふと聞き覚えのある声が部屋の入口から聞こえた。


「シエラ……」


「安心しろ、書類は私がそろえておいた。お前は魔法の準備にだけ専念しろ」


「あ……すまん」


「礼なら後にしろ、書類は使える様になった魔法について書き込むだけだ、すぐ終わる」


「わかった」


 寝ぼけた頭を引き締めるように両手で頬を叩く。


 工房に入り翻訳した術式を再度確認する、問題無い。

 魔方陣を工房の中央に配置する、触媒を術式にあわせ配置、清浄な水と房が小粒で張りのある葡萄、そしてグラス。


 魔方陣を書くのに時間がかかったがまだ空は明るくなっていない。


 葡萄の粒を洗わずそのままグラスの中に入れるグラスに7割入ったら触媒に手をかざし呪文を唱える。


 グラスに入った葡萄が少しずつ崩れていく、実が崩壊し液体となって溜まっていく。

 焦るな、まだ魔法は完了していない。俺は逸る心を必死で押さえつけ確実に呪文を唱えていく。


 永遠とも思える時間が過ぎた後グラスの中の葡萄は溶けて無くなり、その代わりに透き通った赤紫の液体が残っていた。


「……成功したのか?」


 シエラが聞いてくる、俺は震える手でグラスに入った液体に口をつける、その味は辛く体の芯が熱くなるのを感じた。


「飲んでみろ」


「いいのか?」


 おそるおそるグラスを受け取り、


「……間接キス」


 なにやら聞き捨てならないセリフを口走った後にグラスに口をつける。


「……?……ワイン?」


 どうやら俺の勘違いじゃなかったようだ。


「正解、ワインを作る魔法だ」


「っ!」


 喜びを分かち会おうと両手を広げ抱きしめ合おうとした俺だったが凄まじい勢いで突進してきたシエラに押し倒された。


「おいおい、落ち着……むぅぶっ!!」


 次の瞬間シエラにキスの雨あられを受けた、それも熱烈な奴を。

 幾ら幼馴染とはいえ他人事に喜びすぎだろ。


 その後俺はシエラが落ち着くまでたっぷりとキスの洗礼を浴びた、途中から俺も気持ちよくなって進んでキスしていたが。



 ともあれ俺は無事魔法を習得した、その名も「酒造魔法」を!!

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