第70話「鏡合わせの僕ら」

「……そろそろ帰った方がいいな」


「え?」


 すっかり話し込み、同じ顔の二人が打ち解けあった頃、ジスランは悲しげに呟いた。


「俺のことは、本当は秘密だからさ。城の外の人間と……おまえには」


「…………」


 どうして? と訊こうとした言葉を引っ込める。


 悲しそうな、どこか申し訳なさそうな顔をしたジスランにそれを尋ねることは、どうしてかできなかった。


 エドウィンは無言で立ち上がったジスランの背中を見つめる。


 ジスランが部屋の扉を開けると、暗い牢屋が部屋にぱっくりと口を開けた。


 振り返ったジスランが寂しそうに笑った。


「じゃあな、エドウィン」


「……ねえ、また来てもいい?」


 咄嗟に、そう言っていた。


 ジスランの目……エドウィンにそっくりの赤茶色の目が、驚いたように見開かれる。


 そしてすぐに、ぱぁっと晴れるような笑顔になって、


「ああ!」


 ……それから、エドウィンは地下のジスランの部屋を訪れるようになった。


 エドウィンは会うたびにジスランのことを知っていった。


 ジスランは人生のほとんどをこの部屋で過ごしていること。

 ジスランにとって勉強はとても簡単なこと。

 この部屋で、二年前からずっと魔術を勉強していること。


 ジスランはエドウィンのことをよく知っていた。

 なんでも、ジスランは昔から退屈すると食事を持ってくる係の者に「エドウィンのことを聞かせてくれ」とせがんでいたのだそうだ。


(どうして、僕のことを知りたがるんだろう?)


 この自分と同じ顔を持った少年は。


(どうして……)


 ジスランは、僕と同じ顔をしているんだろう──?


「魔術はさ、親父に頼まれたんだ。親父は、でかくなったら俺にやってほしいことがあるんだってよ。だから、俺はそれまでに立派な魔術師になるんだ!」


 いつだったか、ジスランはキラキラした瞳でそう語っていた。


 ──父親。


 それが誰なのか、尋ねてもジスランはニタニタと笑うばかりで、絶対に答えてはくれなかった。


(父親、か……)


 王子であるエドウィンの父親は、現イルナディオス国王のクリスト・イルナディオスだ。


 クリストとエドウィンは、実の親子といえども会う機会はとても少なかった。


 国王である父はいつも忙しくしていた。


(……忙しいのが原因、ってわけじゃないんだろうけど……)


 そもそも、父は自分の子どもというものに興味がないようだった。


 クリスト・イルナディオスが本やおとぎ話の中に出てくる父親のような、愛情に満ちた目でエドウィンを見てくれたことなど一度だってない。


(……別に、寂しくなんかないけど)


 血縁関係のある大人と子ども。

 血の繋がった他人。

 それが、エドウィンにとって当たり前の「家族」だった。


(でも、ジスランは……)


 父とそっくりのの顔を持ちながら、屈託のない笑顔を向けてくれる少年。


 エドウィンに会えたことが本当に嬉しくてたまらないというように笑う、地下牢の少年は……。


(ジスランが、僕の本当の兄だったらいいのに……)

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