第59話「開かずの扉」
シルヴィアが亜空間と呼んだそこは、ただただ光に包まれた世界だった。
(何も見えない……)
一歩前を歩くシルヴィアの姿も見えない。
振り返ってもラクロの姿も見えない。
自分の姿さえ、見えない。
足を動かしているのに、進んでいる気がしない。
音も、何も聞こえない。
時間の感覚もわからない。
ただ確かなのは、両手に感じる仲間の体温だけ――
そんな状態が、唐突に終わりを告げる。
……気が付いたら、セシルは凝った意匠の柱に囲まれた回廊の中に立っていた。
「……よかった。全員いるわね」
隣には、安心したように微笑むシルヴィアの姿。
その横にはラクロとテレジオもいる。
どうやら、亜空間を抜けたようだ。
セシルはほっと息をつき、
「……あれ?」
辺りを見回して、ここが『廃墟』ではないことに気がつく。
先ほどまで歩いてきた王宮は、何年も前に破壊され、捨て去られたボロボロの建築物だった。
しかし、ここはまるで今でもまだ使われているかのように美しい建物の中だ。
柱の装飾も煌々と輝く照明も、まだ立派に生きている。
「ここ……どうしてこんなに綺麗なままなの?」
「言ったでしょ。ここは『どこにも繋がっていない場所』なの」
シルヴィアが言う。
「ここに通じる物理的な通路は存在しない。だから、外の世界で起きた大厄災の被害を受けずに済んだのよ。そのおかげで、ここを美しく保つための魔術もまだ健在なんでしょうね。……で、あたしたちが目指してるのが、あそこ」
シルヴィアは長く伸びた回廊の先を指さす。
その先には、大きな白い扉が口を閉ざしていた。
「いまだ人類が一度も開けることに成功していない、世界最強の『開かずの扉』」
「……開かずの扉?」
「そ。……もっとも、あの魔術師がまだ開けていなければ、の話だけどね」
シルヴィアは白い扉に近づき、扉に書かれた見慣れない文字を手でなぞって、
「『乙女の牢獄』……」
とつぶやく。
乙女の牢獄……それがこの部屋の名前なのだろうか。
(誰か、女の子が入れられてたんだろうか……?)
「……やっぱり、開けられてる」
シルヴィアの顔が悔しそうに歪んだ。
「ジスランが開けたんだわ……」
シルヴィアはきつく歯を食いしばり、固く拳を握り締める。
赤く染めた長い爪が、白い手のひらに食い込んでいた。
「……アンシーリー躁術は、もう失われてしまった秘術だと思われていたの。でも、あのジスランってやつはそれを使っていた……」
桃色の魔術師はゆるゆると頭を振り、自分を落ち着かせるように深く息を吐く。
「古代魔術の聖地、ここルルセレアは魔術師たちによってすでに調べつくされているわ。この開かずの扉の向こう……乙女の牢獄を除いてね。……だから、やつが何か手掛かりを見つけたのなら、ここしかないと思ったの。まだ誰にも開けられていないはずの、この乙女の牢獄しか……」
絞り出すような声で、
「本当は、あたしが見つけたかったのに……!」
セシルはその肩にそっと手を置く。
「……扉を開けよう、シルヴィア。開けて、僕たちも見ようよ。ジスランが見たものを。そしたら、アンシーリー躁術のことだって何かわかるかもしれないだろ?」
シルヴィアは顔を上げて、
「そうね……」
わずかな間、長いまつげを伏せた。
そして、すぐに凛としたエメラルドの瞳でテレジオを見つめた。
「……触媒を貸して、テレジオ。あたしもここを開けて見せるわ。
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