第60話「乙女の牢獄」

 今までになく長い解除の術のあと――


「……やった! 開いたわ!」


 輝くような白い扉が、ゆっくりとこちら側に開いてきた。


「おめでとう! シルヴィア……!」


「ええ……やったわ!」


 開かずの扉を開けた――それは、たとえジスランが一度開けていたとしても、間違いなく偉業だった。


 今まで数多くの人が出来なかったことを、シルヴィアはやってのけたのだ。


 セシルとシルヴィアは笑顔でハイタッチを交わした。それを微笑ましく眺めていたテレジオが扉の中に視線を移し、


「これは……女性の部屋、でしょうか?」


 セシルは部屋の中を覗き込み、「わ……」と声を漏らした。


 まず目に入ったのは、レースがふんだんに使われた天蓋つきのベッド。

 次に天井に吊り下げられた、巨大な王冠のようなシャンデリア。部屋の端には、脚に金の装飾が施された白い机と椅子がある。床にはふわふわの絨毯が敷き詰められていて、その真ん中に、


「なにこれ……血?」


 茶色い大きなシミが広がっていた。


「……みたいだな」


 白い絨毯を土足で踏んで入室し、シミを間近で覗き込んだラクロが言う。


 この部屋も外の回廊と同様、清潔を維持する魔法がまだ続いているのだろう。


 今にも主が帰ってきそうなその部屋に広がる、茶色く変色した血の跡……。


(なんなんだ、ここは……?)


『乙女の牢獄』なんていう物々しい名前を付けておきながら、こんなお姫様みたいな部屋が出てくるなんて――


「……ジスランの血、でしょうか?」


 テレジオが言い、


「どうかしらね。……千年前、牢獄ここに閉じ込められていた誰かの血ってこともあるかもしれないし」


「千年前に閉じ込められてた、誰かの血……」


 ぞっとして、セシルは思わずつぶやく。


(……なんか気味悪いな、ここ。早く出たい……)


 シルヴィアは部屋を歩き回り、机の引き出しの中やベッドの布団の下など、細かいところを確認する。特にめぼしいものはなく、


「……血痕以外、気になるものは特ないわね。アンシーリー躁術の手がかりになりそうなものもなさそうだし……。ジスランが持ち去ってしまったのか、あるいはここは元から術とは何の関係もなかったのかは、わからないけど」


 悔しそうに言って、申し訳なさそうな顔でセシルたちを見回した。


「……つまり、ここは外れだったってことね。あたしの読み違いだったわ……ごめん」


「あなたのせいではありませんよ」


 テレジオは朗らかに笑う。


「あなたが謝る必要はありません。あなたがいないと、僕たちだけじゃ何も調べられなかったのですから。……シルヴィア、あなたは十分がんばってくれましたよ」


 シルヴィアは目を大きく見開き、


「……ありがとう」


 照れ臭そうに笑った。


***


 明日からは、旧宮殿の別の場所を調査する。


 そう決めたセシルたちだったが、しかしその取り決めが果たされることはなかった。


 ヴィクトル王から伝令があったのだ。


 乙女の牢獄から帰ってきたその日の夜、宿のシルヴィアの部屋にやってきた小鳥の姿の式神は、王の声でこう言った。


「緊急事態だ。イルナディオスの進軍が始まった。

 敵は国境に向かって進軍中。マジスタ・シルヴィア。ルルセレアでの調査を中断し、即刻王都エンデスに帰還してほしい。一緒にいる騎士の三人には、マンダール村で兵士隊と合流し、敵軍の侵攻を食い止めるよう伝えてくれ」

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