第58話「誰一人欠けることなく」

 神殿の向こうには幅の広い廊下が伸びていた。


 一歩進むたび、壁際に取り付けられた照明器具が一つずつ光を灯していく。壊れてその役割を果たさないものもいくつかあったが、歩くのに不自由はなかった。


 丁字路に突き当たり、シルヴィアが右に折れる。


 しばらく進むと、高い天井と同じくらいの高さの大きな両開きの扉が行く手を塞いだ。


「……さ、やるわよ」


 テレジオが背負ったリュックサックから、シルヴィアが触媒を取り出した。


 封印解除の術のあと、扉がゆっくりと開く。


 扉の奥には真っ直ぐに伸びる廊下があった。左右の壁には部屋が等間隔で並んでおり、


「ここから先は、王族の居住スペースになっていたみたい」


 エルフの王宮の内部地図が載っている本に目を落としたシルヴィアが言った。


 四人は長い廊下を進み、突き当りまでやってくる。

 すると、正面に幅の狭い下りの階段が現れた。


「……ここね」


 シルヴィアの顔に緊張が走る。


 階段は長く、今までの場所と同じように、一歩進むごとに頼りない明かりが足元を照らしていた。


(……どれくらい下ったんだろう? ずいぶん地下深くまで潜った気がする……)


 永遠に続くかのように思われた階段は、唐突に終わる。


 四人の前に、大きな黒い扉が現れた。


 頼りない明かりに照らされてぼうっと浮かび上がるその扉は、異様な存在感を醸し出していた。


 この先にいったらもう後戻りはできないような、そんな不安な気持ちにさせる……。


 シルヴィアが無言で封印解除に移った。

 その横顔には、畏れにも似た緊張が浮かんでいる。


(あの自信満々なシルヴィアが、こんな顔するなんて……)


 セシルの胸に不安が広がっていく。


(僕たちは、一体どこに向かおうとしているんだろう……?)


 ……やがて、黒い扉がゆっくりと開いた。


「……?」


 扉の向こうは鏡になっていた。


 セシル、ラクロ、テレジオ、そして魔法陣の中で杖を握りしめたシルヴィアが、ゆらゆらと揺れる水面みなものような鏡に写っている。


「……ここから先には、物理的な通路は存在しないの」


 シルヴィアが真剣な顔で、セシルたち一人ひとりの顔を見回した。


「物理的にはどことも繋がっていない場所向かって、魔術で作り出した亜空間の通路を伸ばし、無理矢理アクセスするの。途中で迷ったら大変なことになるわ。……だから、手」


 シルヴィアが白い手を差し出す。


「誰一人迷わないように、四人で手を繋いでいきましょう」


「……うん」


 セシルはその手をとった。


「……ラクロ」


「……ああ」


 そしてラクロと手を繋ぎ、ラクロはテレジオと繋いで、


「それじゃ、いきましょうか」


 シルヴィアを先頭に、四人は音もなく鏡の中に一歩足を踏み入れた。


 セシルたちを飲み込んだ鏡に、湖面のような波紋が広がる──……。

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