第57話「ユートピア」

 扉の向こうには、メランデル宮殿の謁見の前を彷彿とさせる広い空間が広がっていた。


 高い天井を支える太い円柱が、真ん中に道を開けて等間隔に並んでいる。

 ホールの奥には祭壇のような台があり、日光をさんさんと取り入れる明かりとりの大きな窓はすべて割れ、床に砕け散っていた。


 シルヴィアがハイヒールでカツンカツンと歩き出し、三人はその後に続く。


「……ふと、気になったのですが」


 テレジオが口を開いた。


「僕たちが調べているアンシーリー操術、それをエルフが編み出したのだとしたら……本当に、エルフと人間とアンシーリーはこの街でともに暮らしていたのでしょうか?」


「さあね」


 とシルヴィア。


「知らないわよ。見たことないもの。……でも、あんたは本当に、エルフや人間がアンシーリーとともに手を取り合って生きるなんてことができたと思う?」


「思いませんねぇ」


 テレジオはあっけらかんと答える。


「アンシーリーは基本的に狂暴ですし、言葉をしゃべることができません。エルフや人間とコミュニケーションをとることはまず無理でしょう。仮に、奴らがもし知性ある生き物とともに暮らすことができたとしても、せいぜいが……飼い慣らされることくらいでしょうね」


「あたしも同じ意見。前にも言ったけど、エルフの時代に関する資料はとても少ないのよね。それもエルフの手で書かれたものはなく、後になって人間が書いたものばかりだし……。要は信憑性がないのよ。……だから、この話も嘘なんじゃないかしら、と思うの。異種族がともに暮らしてたなんて」


(……そう、なのかな……)


 セシルはわずかに俯く。


(……嘘、なのかな)


 違う者同士が、手に手を取り合ってともに生きていた時代があったなんて……


(都合のいい幻想なのか……?)


「……それと、これは最近の研究でわかってきたことなんだけど」


 シルヴィアの声がわずかに険を帯びる。


「ルルセレア中心部に入る前の屋敷の並んだ通り、覚えてる? あそこ、どの屋敷にも、家畜小屋みたいな建物があったでしょ?」


「ええ、そういえばありましたね」


「あそこには奴隷が入れられてたみたいなの。アンシーリーか……それか、人間の」


「え……人間の、奴隷?」


 セシルは思わず口を挟む。ええ、とシルヴィアは険しい表情で頷いた。


「エルフの時代は、エルフと人間とアンシーリーが仲良く暮らしていたのではなく、エルフが人とアンシーリーを支配していた……そんな説が上がっているのよ、今。研究者の間では」


「そんな……」


 シルヴィアは続ける。


「アンシーリー躁術は、言葉の通じないアンシーリーを従えるために編み出された魔術なんじゃないか。それが、今の学会で一番支持されている意見」


 だからあたしたちもここ、ルルセレアに来たの、とシルヴィア。


「…………。だとしたら、どうして『エルフと人間とアンシーリーが一緒に暮らしていた』なんて……」


「そういうことにしておきたかったんじゃないの。後の時代の人間が」


 シルヴィアが吐き捨てるように言う。


「人間は、エルフに支配されていたという忌まわしい過去を葬り去りたかったのかもしれないわね。大厄災の、恐ろしい記憶と一緒に……」


「…………」


 そうして生まれた夢物語……それが、


(エルフの築いたユートピア……エルフと人とアンシーリーが、異種族が手を取り合って暮らす楽園、だったんだろうか……)

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