第56話「封印解除」
「さ、ここからは骨が折れるわよ」
宮殿――旧メランデル宮殿とでもいうべき廃墟の門の前で、シルヴィアが言った。
「テレジオ、リュック貸して」
「はい」
テレジオがパンパンに膨らんだリュックサックを地面に置き、シルヴィアがその中から拳ほどの大きさの黄色い石がついたペンダントと、手のひらサイズのメモ帳とペンを取り出した。
シルヴィアはペンダントを首にかけ、メモ帳に一文字、見慣れない文字を書いては千切り、書いては千切りを六回繰り返す。
リュックサックのポケットから小さなケースを取り出し、その中に入っていた銀色のピンで六枚の紙を等間隔に、自身を中心に直径二メートルほどの円を描くようにして地面に突き刺した。
「さっきよりも時間がかかるわよ」
言って、シルヴィアはセシルたちに離れるように手で指示する。
「さっきも言ったとおり、街の中心部に入ってこられるのは、エルフの魔術を解く力を持っている魔術師だけ」
壁の外にはちらほらといた観光客らしき姿は、今は一人も見当たらなかった。
「つまり、もしもここであたしたち以外の人影を見つけたら、そいつはかなり力のある魔術師だってこと。……さあ、ここからが護衛としての仕事よ」
ふわふわと、シルヴィアの周りで風が渦を巻き始めた。
「もし怪しい人物を見つけたら、あんたたちは術中のあたしを守って」
「任せて」
セシル、ラクロ、テレジオはしっかりと頷いた。
シルヴィアが目を閉じ、呪文の詠唱を始める。
……数分。
シルヴィアを囲んだ六つの紙が、チカチカと明滅するように輝いた。紙は隣に並んだ紙に金の弧を伸ばし、シルヴィアを中心に金色の魔法陣が浮かび上がる。
魔法陣から伸びた光が地面を走り、宮殿の扉にあたって弾け飛んだ。
大きな扉が、ゆっくりとひとりでに開き出す。
門の中に見える景色は、やはり王都のメランデル宮殿に似ていた。朽ち果てて、人の気配はまったくないけれど。
「……お待たせ」
瞼を上げたシルヴィアが言い、セシルたちは門をくぐって玄関扉の前にやってきた。扉の色はもう剥がれてしまっているが、凝った装飾はいまだ健在だ。
「……さ、もう一回いくわよ」
シルヴィアはリュックサックから魔術の触媒を取り出し、再び先ほどとほとんど同じ封印解除の術を行った。
扉が開き、中の様子が見える。
ぽっかりとしたホール。その奥に続く広い通路。
玄関ホールを包み込むようにして両サイドに伸びる、円曲した階段。
吹き抜けになった天井の高い二階には、奥に続く通路と左右に向かう通路が伸びていた。
メランデル宮殿と同じ造りだ。
「……それ、扉があるたびにやるの?」
「そうよ。疲れるけど、しかたないわ」
シルヴィアが気だるげに答える。
「このあたしでもこれだけ時間がかかる魔術を鍵代わりにしてたっていうんだから、エルフはほんと化け物よね……」
中に足を踏み入れると、勝手に照明器具が点いた。
ビクついたセシルに、シルヴィアが「魔力が供給されると自動で点くようになってんのよ」と説明する。
シルヴィアはテレジオの背負ったリュックサックから、一冊の本を取り出した。その本を見ながら、「こっちよ」と廃墟の中を歩き出す。
四人は左右の階段の間から伸びている正面の通路を進む。入口以外は、さすがに王都のメランデル宮殿とは違う構造になっていた。
広い通路を抜け、大きな扉の前にたどり着く。
シルヴィアが足を止めた。
「ここが神殿よ。ここより奥は、実際にエルフの王族が暮らしていたところなの。魔術の史料としてもとても価値があるのよ。王族っていうのは、魔術が得意だと言われているエルフの中でも、ずば抜けて力があったと言われているから……」
シルヴィアはテレジオのリュックサックの中から触媒を取り出した。
「……ま、御託はいいから、まずはこの扉を開けろって話よね」
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