第55話「壁の向こう」

 眼前に広がる白い街に、セシルは既視感を覚えた。


王都エンデスに似てるな」


 ラクロが言う。

 セシルもちょうど同じことを考えていた。


「王都の街はここをモデルに作られたそうですよ」


 とテレジオが言って、へぇ、とセシルは相槌を打った。


「……と、さっき買ったガイドブックに書いてありました」


「ガイドブックなんていつの間に買ったの?」


「さっきセシルがお土産物屋さんと喧嘩しているときですよ」


 壁の向こうの街には、先ほど見たような高層の建物はなかった。


 シルヴィアがゴールドに染めた爪で街の中ほどを指さし、「あたしたちが向かうのはあそこよ」と言った。


 見やった先に、見覚えのある建物があった。


「……メランデル宮殿?」


 アルファルド王族が住まう王宮・メランデル宮殿。


 なぜかそれが、ここ、ルルセレアにあった。


「……のモデルになった建物ね。あの建物は、王宮でもあり、街の人々が祈りを捧げる神殿でもあったと考えられているのよ」


「へぇ……。神殿って、王宮で神様にお祈りしてたってこと?」


「そうよ。王の権力っていうのは、昔から神への信仰と強く結びついていたから」


「……? そうなんだ?」


 セシルが首を傾げると、シルヴィアは呆れたように言う。


「あんた……もしかして、どうして王族が偉いのか、とか知らないわけ?」


「な、なんだよ。どうして王族が偉いのか……? そんなこと、考えたこともないけど……」


(だって、王族ってもともと偉いものじゃないの?)


「呆れた」


 わざとらしく大げさにため息をつくシルヴィアに、セシルはちょっとむっとする。


「まあ、大した学もない平民の娘なんてこんなもんよね」


「なんだよ……。一応、学校には行ってたけど」


(まあ、シュティリケが平和だった頃だから、かなり昔の話だけど……)


「はいはい」


 シルヴィアは仕切りなおすように肩をすくめた。


「あのね。すごく簡単に言うと、王族が偉いのは神にその力を認められた一族だからなのよ」


「え? 神? ……王様って、神様に会ったことあるの?」


「ないわよ。でも、そういうことになってるの」


「ふうん……?」


「あまりピンときていないようですね、セシル」


 テレジオが笑う。


「まあ、無理もありません。僕らシュティリケ人の信仰は、もうほとんど日常に溶け込んでいましたから」


 セシルは再び首を傾げる。


「日常に溶け込んでる?」


「ええ。わかりやすく言えば、『それはもうシュティリケの文化になっている』ということでしょうか。例えば、祝日ってシュティリケとアルファルドで全然違うでしょう? ああいう、いわゆる『文化の違い』というやつは、突き詰めればほとんどが信仰の違いから来ているんですよ」


「へえ……?」


「その顔はよくわかってないわね……」


 と呆れ顔でシルヴィア。


「ま、わかんなくても別に困ることはないけど」


「おまえら、いつまで無駄口叩いてんだよ。さっさといくぞ」


 ラクロが言って、一人で先に歩き出す。


『はぁい』


 セシルとシルヴィアが声を合わせて、四人は白い廃墟の街の中を歩きはじめた。


 大昔に建てられた神殿が、ゆっくりと近付いてくる。


(信仰……神様、か……)


 神様なんているのか、セシルにはわからないけれど。


(でも……この巨大で文明を作ったエルフたちが、信仰していた神というものがいたのなら……)


 それは一体、どんな神だったのだろう――?

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